首輪かハーネスか? ある飼い主様からのお声
首輪の方がよいか、ハーネスの方がよいか。
この件で飼い主様からお声をいただいたので、ご参考になる方もいらっしゃるかと思い、記事を書いてみます。
記事にすることをご了承頂いた飼い主様に感謝いたします。読んでくださる方も心の中で(ありがとう)とつぶやいて(笑)
今回は別の意図があり、できれば多くの方に読んで頂きたいので全文無料で書きます。ご質問くだされば、こんな感じで返答していきますので、皆様のご相談をお待ちしています。
飼い主様からのお声
パピー教室で、首輪の方がよいと聞き、以来ずっとハーネスはつけたことがない。
うちの子は散歩の時、飼い主さんの横に着いて離れない(超ビビり)ので、引っ張って首が締まることは今までほとんどない。
でも、若い頃にネコを見つけて興奮した時とか、突発的なことは確かにあった。ケホケホ、と咳き込んだりしていた覚えがある。
ただ、パピー教室のトレーナーさんに
「リードを引っ張って苦しいと感じることが大切で、そうするうちに、犬自身がどうすれば良いか学習していく」
と言われていたので、そういうものか‥と思っていた。💧 今考えたら、小さな身体に負担をかけていたのだと、申し訳ない気持ちです。
現時点で何か困っているわけではないですが、「ハーネスのほうが身体には負担がかからないよね。パピーの頃からそうしてあげたらよかったな」という、優しいお気持ちからのお話でした
結論:このケースは首輪でいいんじゃないかな。ただし長めのリードを
お会いして散歩の様子を見たわけではないので、あくまで少ない情報の中からの判断となることをご了承くださいね。
このケースは首輪でいいと思います。それと長めのリードを使用してあげたら最高です。
なぜそう答えたのか、理由は2つです。
現時点で、犬がリードをほぼ引っ張っていない
急にハーネスを装着すると、散歩に支障が出たり、装着自体にトラブルが起きる可能性もある
おそらく対象の子は、シニアの小型犬さんだと思います。超ビビリで、飼い主さんの側について歩くことを好む子であることから、運動量もそこまで高くなく、突発的な引っ張りもほぼ起きていないかと思います。なので、首への負担もそこまで心配することはないだろうと推測します。
「〇〇でなければならない!」は、ときに手段が目的になってしまうケースをよく見かけます。
今回のテーマで言えば「ハーネスのほうが身体に負担がかからない」
これは科学的にも判明していることです。
けれど目的は、その子が心身ともに健康的に楽しく散歩ができること。
これが、若い犬で引っ張りが強く、刺激に飛び出してしまうケースであれば、また別の話になります。
その場合は、散歩の練習と並行して、ハーネスをつける練習から始めましょうとお話しします。
けれども今回は、飼い主さんの側からそこまで離れない、引っ張ってもいない子です。ここでいきなりハーネスを装着すると、何が起きる可能性があるか。
ハーネスの違和感で散歩に支障が出るかもしれない、ということです。これは装着してみないとわかりません。全然平気な子もたくさんいます。お洋服を着る機会がある子は、身体に何かを装着するのが平気な場合も多いです。ところが、すごく違和感を感じた場合、もしかしたら歩く距離が減るかもしれない。中には歩けなくなる子もいます。
ここで「ハーネスのほうがいい」か「首輪のままでいい」かを天秤にかけます。
結果、現時点で引っ張りがないのであれば、首輪のままでいいのでは、という回答に至ります。
ちなみにリードを長くしたほうがいいと答えたのは「散歩の質」という面です。
それは犬にも「自分で行動を選び、環境に働きかける自由」がとても大切になります。
エージェンシーが大切という犬の福祉について、この記事の後半で詳しくお話しします。
(参考)ハーネスに切り替えたくなった時のために
同じように首輪からハーネスに切り替えたいとお考えの飼い主さんも多くいらしゃるかと思います。
今回のケースでも、その子に合わせてハーネスに切り替えたくなった時のために、簡単に触れておきます。
ハーネスの装着は、ひと手間かかります。犬がバタバタすると足が抜けた、首のところに足が入ってる、バックルをつけようとしたら犬が逃げていった……心当たりのある方も多いのではないでしょうか。
ユリウスK9型のように装着しやすいハーネスもありますが
「着けやすい=抜けやすい」ので安全性に問題があり、小型犬には重い場合もあります。肩の可動域も阻害されるので、Y字型のほうが抜けにくい動きやすいので好ましいです。
そして何より大事なのは、ハーネスは「着けにいく」のではなく「着けにきてくれる」ようにすることです。
装着のたびに犬が拘束され、足を引っ張られ、ときには怒られる
そうなると犬にとって「ハーネスを着ける時間」自体が嫌なものになりかねません。
見ると逃げる、拘束されると暴れる、それでも着けないと散歩に出られないので強引に装着……というループが、噛みつきなどの攻撃行動に発展するケースもあります。
練習のファーストステップは「輪っかに顔を通す練習」
ハーネスの顔を通す輪っかに、犬が自分から顔を突っ込んでくるように、正の強化で練習していきます。
輪っかに顔を入れる→いいことが起きる→もっと入れたくなる
というループを繰り返すことで、ハーネス自体へのイメージも良くなっていきます(レスポンデント条件づけ)。これはハーネスに限らず、洋服、エリザベスカラー、お手入れ全般にも応用できる考え方です。



すでにハーネスへの嫌悪感がついてしまっている場合は、これほどすんなりはいかないので、お近くの正の強化ベースのトレーナーさんに相談するか、私に個別でご相談ください(メンバーシップで1on1対応しています)。
※顔を通すのはファーストステップで、この先の段階もたくさんあります。この練習法の詳細は、また改めて別記事でまとめる予定です。
ここまでのまとめ
今回のケースは、引っ張りがほとんどない子なので首輪のままでOK
ハーネスへの切り替えは「身体に良いから」という理由だけで急ぐ必要はなく、その子の様子を見ながらでいい
ここからは、もう一つの提案である「長めのリード」がなぜ大事なのか、そしてその背景にある「エージェンシー」という考え方についてお話しします
リードを長くしたほうがいい理由
散歩とは何をしにいくのか。それは「発散をしにいく」ことです。もちろん歩く・走るも発散にはなりますが、それよりもすごく重要なのが「匂いを嗅ぐ」ことです。
地面・草木・電柱・ポール・壁——私たちの目には見えないけれど、匂いの中にはたくさんの情報があります。犬たちは散歩で、匂いの中からその情報を読んでいます。私たちで言うと、LINEやニュース、ドラマを見ているようなものかもしれません。嗅覚は犬の脳を刺激し、脳をたくさん使うと疲れます(嗅覚の話は、別記事でより詳しくまとめる予定です)。
ちなみに、玄関先から引っ張りが強い子は「匂いを嗅ぎに行くんだ!」というサインです。先に匂い嗅ぎをたくさんさせてから、後からリードを緩める練習をしたほうが、うまく早く進みます(この話も別記事にします)
今回のケースに話を戻すと、リードは引っ張らないし、飼い主さんの側からはあまり離れない。けれど「匂い嗅ぎをしたい」という欲求はあるはずです。ちょっとあそこの匂いが気になるな……と少し横道へ逸れることがあった時、軽く首輪が引っ張られるのを防ぐためにリードを緩めておく。リードが長ければ、張ることもありません。
少し危惧したのは、首にリードの負担がかかった瞬間に犬が「あっ……」と匂いを嗅ぎに行くのをやめたり、立ち止まったりすることがあるかもしれない、という点です。冒頭のパピー教室のトレーナーさんの言葉
「リードを引っ張って苦しいと感じることが大切で、そうするうちに、犬自身がどうすれば良いか学習していく」を、行動科学の視点から見直してみます。
苦しくなくとも、リードの張りが嫌悪刺激になる可能性
リードを張る=「苦しい」、リードを緩める=「苦しくない」。犬だって嫌なことから逃れたい生き物です。「苦しい」は嫌なこと。だからリードを緩めるために歩くスピードを落とす。
これは嫌なことから逃れるための「回避行動」で、オペラント条件づけの負の強化と呼ばれます。
「それでいいじゃん」となりそうですが、大きな落とし穴があります。
「苦しい」と感じている時、身体の中では痛み・不快感、自律神経反応(心拍上昇、コルチゾール分泌などのストレス反応)が起きています。人からすれば「引っ張らなくなってよかった」ですが、犬の方では別の学習が同時に起きています。
リードに少しでも負荷がかかる → 不快感、自律神経反応(レスポンデント条件づけ/古典的条件づけ)
人は梅干しを見ると唾液が出ますよね。酸っぱいと思っていなくても唾液が分泌される。これが条件づけです。
痛みや嫌悪のようなネガティブなことも、同じように条件づけられます。首輪への負荷だけでなく、ナスカンの音、チョークチェーンの音などに反応する子は、これが起きている可能性があります。人が意図していなくても、無意識レベルで散歩中に嫌悪刺激が不意にやってくるのです。
さらに、「行きたい!→引っ張る→苦しい、行けない」が繰り返されると、自分がどう行動しても結果が噛み合わない、あるいは常に嫌悪刺激を避けることしかできない状況が続き、行動そのものを起こさなくなる学習性無力感の状態に陥ることがあります。
散歩中に「固まって動かなくなる」「反応が鈍くなる」という状態は、一見「落ち着いた」ように見えて、実際には無力感による凍りつき(フリーズ)である可能性もあります。
※嫌悪刺激を使うことの副作用については、過去に記事を書きましたが、改めて書きたいことが山ほどあるので、また改めて別記事にまとめます。
過去記事はこちら↓
今回の子が、こうした嫌悪を実際に感じているとは限りません。全く気にしていない可能性もあります(いろいろな行動から確認はできますが、今回は割愛します)。それでも、リードを長くしたほうがいい理由はまだあります。むしろ、こちらのほうが理由としては強いです。それが「行動選択の自由」エージェンシーです。
エージェンシーとは
エージェンシーとは、動物福祉科学において「動物が自らの意思で選択・行動し、その行動が環境に対して実際に何らかの変化を引き起こす、という経験そのもの」を指す概念です。単に「自由に動き回れる」という物理的な自由とは少し異なり、「自分の行動が結果に影響を与えている」という因果関係を、動物自身が経験できているかどうかが核になります。
リードが長ければ、その子は
「あそこの匂いを嗅ぎたいな→嗅ぎにいける」
「あの車イヤだな→車から距離を取ることができる」
という選択ができます。
今回のケースでは「超ビビリ」で飼い主さんの側から離れない子でした。推測するに、過去にリードショックでの散歩指導も受けていたことから、不安や怖いものに出会った時に自分で距離を取る経験が少なかったのかもしれません(もちろん、飼い主さんの側にいると安心するのは良いことでもあります。愛犬が自分に救いを求めているなら、それは助けてあげてください)
救いを求めているならまずは助けることを最優先の理由はこちら↓
行動選択の自由が与えられると、「超ビビリ」へのアプローチが今からでもできます。それはシニアからでも全然遅くありません。明日からでも変わることが出来ます。それがほんの少しずつだとしても、少しずつでも不安が減るのであれば、やっていく価値が十分にあると思います。
本来、犬は苦手な対象に対して「距離を取る」「視線を逸らす」「地面の匂いを嗅ぐ」といった、自分なりの対処行動(コーピング)を持っています。
散歩中に
ちょっと苦手な人や犬が現れた → 少し自分から距離を取った → 何事もなかった。
この、自分が選択した行動でその状況をやり過ごせた経験がすごく大事です。
飼い主さんの側に避難する、抱っこして回避する。
これはその場ではよいのですが、飼い主さんありきの回避行動であり、飼い主さんがいなければ自己解決できないということでもあります。
刺激に対して「自分にとってなんでもなかった」という経験をしてもらうためには、行動の選択肢を作るほうが効果的です。こうした経験を繰り返していくうちに、「自転車が来たら、ちょっと避けようか」「通行人は別に問題ないね」と自分で予測できるようになり、だんだん刺激に対して不安を感じることも少なくなり、散歩がより充実していきます。もちろん、いろいろな刺激に強く反応する子の場合は、こんなにすんなりはいきませんが、基本的な考え方はこうです。
そして、散歩は匂い嗅ぎを中心に。このようなことをしていくと、散歩がより充実して、人も犬もストレスなくできるようになります。自分の行動を自分でコントロールできる感覚そのものが、犬の福祉(ウェルビーイング)にとって重要な要素です
おわりに
首輪かハーネスか、という一つの質問の裏には、「引っ張りの有無」「その子の性格」「装着練習の要不要」、そして「リードの長さがもたらすエージェンシー」まで、実はたくさんの視点が関わっています。今回のケースのように、迷った時こそ「その子にとって今、何が最適か」で考えていただけたらと思います。
なにか愛犬についてお悩みをお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。個別の状況を伺った上で、こんな形でお答えしていきます。
