自分の軸は、好きなものの中にあった
こんにちは、harapecoです。
最近「自分の軸がありますね」と言っていただくことがありました。
でも実は、昔の私は自分の軸がないことに悩んでいました。
自分の軸がわからない
周りの空気に敏感で、不機嫌な人に振り回されてしまう。何気ないアドバイスも、責められているように聞こえる。
「やりたいこと」もわからないまま、年齢ばかり気になって、いつも見えない何かに追い立てられているような焦りがありました。
相談するといつだって「自分の軸がないから揺さぶられるんじゃない?」と言われます。
「自分の軸」とは何なのでしょうか。
仕事がテキパキできること、いつも笑顔で余裕があること?
浮かんでくるのはどれも「なりたい自分」ばかりで、今の自分とかけ離れていて落ち込むばかり。
考えるほど、できないことや足りない部分ばかり目についてしまいます。
「自分じゃない」ならこんなに苦しまなくていいのに、とさえ思っていました。
生きる意味は小さな気持ちでいい
そんな時に、Superflyの「Gift」という曲と出会いました。
合唱コンクールの課題曲として書き下ろされたこの曲は、月の光のようにやさしい。
その歌詞の一節に、ハッとしました。
「食べたいおかずとごはんがあるから
あなたの生きてく意味はある」
生きてく意味ってこんなに些細な自分の気持ちでいいのか、と気づいたのです。
思い返せば目まぐるしい毎日をやりすごすことに必死で、「理想の自分」と比べては、足りない部分ばかり見ていました。
それは外から見た自分を通して「軸」を探していたから。
理想や目標は地図になるかもしれないけど、自分を見失ってしまったときに戻る場所にはなれないのかもしれません。
自分にとっての心地よさとは
その日から、少しずつ自分が好きだったものを書き出してみたり、お気に入りの本を読み返してみました。
見えてきたのは、
子どもの頃「エルマーのぼうけん」を夢中になって読んでいた時のわくわくした気持ち。
憧れだった「エッグベネディクト」を再現しようと試行錯誤した小さなワンルームのキッチン。
気の置けない友達と新緑の公園で食べたバインミー。
「蜜蜂と遠雷」の物語と言葉の美しさにこぼれた涙。
振り返ってみると私は、何かを効率よく達成した時よりも、知らなかった世界に触れて心が動いた時や、穏やかで静かな時間に心が満たされていました。
どれも特別な実績や目標ではないけれど、それこそが「自分にとっての心地よさ」。
外からの評価や、誰かの目を意識しないで「わくわくする」という心の声に従い、好きな本を読んだり、おいしいものを食べたりする時間。
そんな時間の中にいる時の私は、少し肩の力が抜けていて、自分を急かしていませんでした。
「揺れない」ではなく「戻る」
「自分の感覚」は、大きな目標や具体的な姿ではないし、見失ってしまいがちなもの。
けれども、内側にある「確かな自分」だと思います。
それが分かってからは、心が揺れても「心地よい自分」に戻ってくればいいと思えるようになりました。元気な時には、自分に戻れるきっかけを集めるようにしています。
昔は、見つけた「軸」を離さないようにしなければと握りしめていました。
でも今は違います。
人の言葉に落ち込む日もあるし、不安で眠れない日もある。
それでも、自分にとって心地よい場所を知っているから、また戻ってこられる。
もしかしたら「揺れない自分」ではなく、「自分に戻れること」が私にとっての軸なのかもしれません。
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