恋愛小説【第19話】あの日、何も持ってなかったけど(光をつなぐスパイク)
【第4章】見据えるもの
あの日、届かなかった想いを、
僕はまだ胸の奥で握りしめている。
手を伸ばしても届かないなら、
今度は、自分の足で近づけばいい。
悔しさも、焦りも、
いつかは誰かを支える力になると信じて。
失った痛みの向こうに、
新しい光が、確かに見えていた。
📖前回のお話(第18話)
菜桜の言葉をきっかけに、
陽翔は初めて自分の将来と向き合い始める。
兄・悠翔との会話、
そして「無いものを数えるより、あるものを数える」という菜桜の言葉が、静かに胸の中に残っていく。
何も持っていないと思っていた自分が、
実は多くのものに支えられていたことに気づいた夜。
未来の輪郭が、少しずつ形を帯び始める。
【第19話】光をつなぐスパイク(第4章最終話)
👀新しい視線
コーチが来ると決まってから、一週間。
体育館に集められた部員たちの前で、ひとりの男が軽く頭を下げた。
「上原柊哉です。今日から皆さんのコーチを務めます。」
全体を見回して、柊哉が柔らかく微笑む。
「…といっても普段はちびっこ相手なので、どこまで期待に添えられるかわかりませんが。
どうぞ、よろしく。」
綾佳の兄である柊哉が、正式にコーチに迎え入れられた。
陽翔は、思っていた人物像と違うことに、少し戸惑った。
もっと声が大きくて、勢いのある人だと思っていた。
元気な綾佳の兄で、一生とも仲がいい。
そんな断片的な話から、陽翔は無意識のうちに、
活発で、場を明るくするような大人の姿を思い描いていた。
けれど、目の前に立つ柊哉の声は、驚くほど落ち着いていた。
言葉も態度も静かで、場を支配しようとする気配がない。
なのに、不思議と目が離せなかった。
陽翔は、自分が少し構えていたことに気づき、
小さく息を吐いた。
その日を境に、バレー部の空気は目に見えて変わっていった。
柊哉自身は、決して目立つ選手ではなかったらしい。
けれど、コートの端に立つその視線は、常に全体を捉えていた。
誰がどんな癖を持ち、どこで力を発揮できるのか。
それを見抜く力に、無駄がなかった。
彰はセッターに。
一生はオポジット。
そして――
陽翔は、ミドルブロッカーからアウトサイドヒッターへと回された。
それは、大輝と同じポジションだった。
この布陣で、春の試合を迎えることになる。
大輝と同じポジションになったことで、陽翔の胸は高鳴っていた。
自分から願い出たわけではない。
誰かに押しつけられた配置でもない。
第三者が下した判断。
それも、大輝のことをよく知らない人間が選んだ結果だという事実が、
陽翔の中に、確かな熱を灯していた。
柊哉が体育館に姿を見せるのは、毎日ではなかった。
それでも、練習に立ち会うたび、
選手の動きを黙って見つめ、
必要なところだけを、静かに指摘していった。
「ここ。肘が曲がってる。
だから、ボールの軌道がズレるんだ。」
それだけだった。
けれど、その一言が重なるたび、
チームの動きは少しずつ噛み合っていく。
いつの間にか、ボールの音も、コートを走る足音も、
以前より力強く響くようになっていた。
💭胸につかえる違和感
気がつけば、もう冬休みに入ろうとしていた。
最初は、ただ前だけを見て走っていた。
大輝と同じポジションに立てたことが、素直に嬉しかった。
練習に向かう足取りも軽く、
胸の奥には、確かなヤル気があった。
けれど、いつからだろう…
陽翔の中に、言葉にできない引っかかりが残るようになった。
(……これで、いいのか)
(これで俺は、本当に大輝先輩を超えたって言えるのか)
サーブ練習の最中。
コートの向こうで、部員たちのボールが次々と正確に決まっていくのを見て、陽翔は無意識に、ボールを握る手に力を込めていた。
(チームを強くしたのは、俺じゃない…)
(コーチを見つけたのも、俺じゃない…)
(――全部、俺の力じゃない)
胸の奥に溜まったものが、
じわじわと、重さを増していく。
「陽翔くん。ちょっと、いい?」
不意に名前を呼ばれ、陽翔は顔を上げた。
柊哉が、少し離れた場所からこちらを見ている。
「はい、コーチ!」
声は、思ったより大きく出た。
「君はさ……何を、そんなに思い詰めてる?」
「え……?」
問いかけの意味を掴めないまま、
陽翔の思考は、一瞬、止まった。
「ごめん。急だったね。」
そう言って、柊哉は小さく笑う。
「君には、目標にしてる人がいるだろ?」
「……え。どうして、わかるんですか?」
「……僕と、同じだから」
「同じ……?」
問い返した声は、思ったよりも低かった。
「うん」
柊哉は、少しだけ視線を落としたまま、続ける。
「挫折したときの僕とね。
――同じ目をしている」
その言葉に、陽翔は息を詰めた。
何かを言い返そうとして、言葉が見つからない。
「目標とか、憧れとか、強い想いとか。
それを持つこと自体は、すごく大事だよ。
それがなきゃ、人は踏ん張れないからね」
一拍置いて、柊哉はゆっくりと言葉を選ぶ。
「でもさ……
強すぎる想いは、ときどき人を追い詰める」
「追い、詰める……?」
「うん。
その挫折が、また前に進む力になるならいい。
でも――そうならないことも、ある」
柊哉は、陽翔を見た。
「……わかるかい?」
「……立ち直れない、ってことですか?」
「そうだね」
静かな肯定だった。
「それこそ、自分で命を断つところまで、行ってしまう人もいる」
「……俺は、そこまで……!」
思わず、声が強くなる。
「うん」
柊哉は、すぐに首を振った。
「僕も、君はそこまでしないと思ってる。
でもね、世の中には、そうなってしまう人もいるんだ」
少し間を置いて、続ける。
「他人から見れば、取るに足らない理由でも、
本人にとっては、人生が終わったみたいに感じることがある。
……だから、人は追い込まれる」
言葉が途切れ、体育館の音が戻ってくる。
「……」
「目標も、憧れも、立派な想いだよ」
柊哉は、今度ははっきりとそう言った。
「でも、必要以上に自分を責めなくていい。
自分だけは、何があっても――
自分の頑張りを、ちゃんと認めてあげなきゃいけない」
陽翔の喉が、小さく鳴る。
「……無いものより、あるものを数える……」
ぽつりと漏れた言葉に、柊哉が顔を上げた。
「ん?」
一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑う。
「いい言葉だね。
まさに、それだ」
「その言葉が、今ここで出るなら――
君は、たぶん大丈夫だよ」
柊哉は一度言葉を切り、陽翔の表情を静かに見つめた。
✨ 強さのかたち
「高校生ってさ、大変だよね」
柊哉は、少しだけ視線を上に向けた。
「進路のこともある。
こんなに若いのに、将来を考えなくちゃいけない。
勉強に、部活に、恋愛に……考えることは山ほどある」
「……はい」
短く返した声に、嘘はなかった。
「だからさ。
たくさんの壁にぶつかる年頃なんだよ」
柊哉は、陽翔をまっすぐに見て言った。
「ひとりで抱え込むな。
助けを借りてでも、前に進むほうが――ずっと強い」
一拍置いて、言葉を重ねる。
「誰かに頼ることは、悪いことじゃない。
君の弱さでもない。
『助けて』って言えたなら、それはもう、立派な力だ」
陽翔は、何も言えずに唇を噛んだ。
「君はさ。
目標も、憧れの姿も、ちゃんと持ってるだろ?」
問いかけるようでいて、答えを求めてはいなかった。
「それを持っていること自体が、もう一歩目なんだ。
持ち続けることが、強さになる」
柊哉の声は、穏やかだった。
「悩んでもいい。
立ち止まってもいい。
そのときは、誰かを頼ればいい」
一呼吸置いて、少しだけ口元を緩める。
「――だって、バレーはさ。
決して、独りじゃ勝てないだろ?」
「……っ……はいっ!」
声が、震えた。
「もし、チームメイトに弱さを見せたくないなら、
僕に話してくれてもいい」
そう言ってから、ほんの少し間を空ける。
「……でもね。
本当は、チームメイトも、君にそれを見せてほしいと思ってるよ」
💖響く音
柊哉は、軽く手を叩いた。
「さて。練習の邪魔をしたね。
次は――スパイク、いこうか」
「……いえ!
ありがとうございます!!」
潤んだ視界のまま、陽翔は深く頭を下げた。
唇をきつく噛みしめ、息を飲み込む。
顔を上げると、大きく息を吸った。
もう一度だけ柊哉に向き直り、軽く頭を下げる。
そして、腹の底から声を出した。
「スパイク――!!」
陽翔の掛け声に応じて、
部員たちが次々と動き出す。
体育館に、再び練習の音が満ちていった。
自分だけは、自分を認める。
助けを借りても、前に進むほうが強い。
誰かに頼ることも、自分の強さ。
無いものを数えるより、
――あるものを数える。
スパァァァン!!
陽翔が打ち込んだスパイクの音が、
体育館いっぱいに響き渡った。
「……そっか」
着地した足の裏に、確かな感触が残る。
「こんなに、簡単なことだったんだ」
じんじんと熱を持つ掌を見つめ、
陽翔は、ゆっくりと拳を握った。
「陽翔!
今の、いいな! すげーよ!」
リベロが、反応できなかったボールの行方を見て、
嬉しそうに声を上げる。
その言葉に、
陽翔は思わず、口元を緩めた。
――ニッと、自然に。

🧑🤝🧑登場人物紹介
🏐西岡 陽翔(ひろと):バレー部。恋に不器用で、ちょっと奥手。友達は多く社交的。
🧢上原 柊哉(しゅうや):綾佳の兄。かつてはバレー選手を目指していたが、今は子ども達を指導している。
🧁 長谷川 菜桜(なお):パティシエ志望の高校2年生。お菓子作りが得意。夢はフランスに行くこと。
🎭佐々木 一生(いっせい):陽翔の親友。ふざけてるけど、いいヤツ。
🎧松田 彰(あきら):陽翔&一生とつるむ落ち着き系ツッコミ担当。ニヤニヤしながら恋を見守る茶々入れ役。
🌟中森 大輝(だいき):菜桜の幼馴染。元バレー部部長。3年生。先輩としても信頼され、男女問わず人気がある。
🎀 上原 綾佳(あやか):菜桜の親友。ズバズバ言うけど、実は繊細。
▼柊哉がコーチに就任することになった経緯
▼陽翔が大輝を超えると決心した日
