正論は正しい。でも正論では、組織は1ミリも動かない
はじめに
正論は、正しい。 でも正論は、組織を変えられない。 私はそれを、身をもって経験しました。
正義感が仇となった日
ようやく役職がついた時、部署の中のおかしな部分が次々と目に入るようになりました。
まず自分のチームから変えました。
現場で作業する人間にとって、一般的なノートPCは使いにくい。 自分が現場で困った経験があったので、タブレットPCに切り替えました。 作業性が上がり、これはうまくいきました。
問題は、その次でした。
正論で変えようとした
自分のチームの外、部署全体に目を向けた時、組織としておかしいと感じる部分がいくつもありました。
私は正論を持って、変えようとしました。
「こうすべきだ」「これは明らかにおかしい」
論理的に正しいことを、丁寧に伝えれば伝わるはずだと思っていました。 理解してもらえれば、動いてもらえるはずだと信じていました。
でも、正論は理解されても、人は動きませんでした。 それどころか、反発を招きました。
何が起きたか
相手にとっての「正しさ」と、私の「正しさ」は違いました。
正論は、相手の感情を無視します。 どれだけ丁寧に伝えたつもりでも、受け取る側には「あなたは間違っている」と言われているのと同じように届いていたのです。
結果として、変えることはできませんでした。 それどころか、周囲に迷惑をかけ、部門を離れることになりました。
今になってわかること
今考えると、私がやっていたことは「正論で人を動かそうとすること」でした。
でも人は、正論では動きません。 感情でも動きません。
以前書いた記事でも触れましたが、上司が現場の本音を引き出せないのと、構造は同じです。相手を変えようとしても、変わらない。変えるべきは、構造の方なのです。
そしてもうひとつ、気づいたことがあります。
社内にいる人間が構造を変えようとすると、どうしても「変えようとしている人」として見られてしまいます。正しいことを言っていても、組織の中では「反乱分子」になってしまう。
これは、社内にいる限り避けられない構造的な問題です。
だからこそ、外部の人間が必要
構造のおかしな部分に気づいても、社内から変えられることには限界があります。
外部の人間だからこそ、しがらみなく現場を見られます。 社内の誰も言えなかったことを、言語化できます。 そして、構造を変えることができます。
私が今の仕事をしているのは、あの失敗があったからです。 あの経験がなければ、「正論では変わらない」ということを、本当の意味で理解できなかったと思います。
最後に
正論を持っている人が、組織を変えられるとは限りません。 むしろ正論は、変化の邪魔をすることがあります。
組織が変わる時、そこにあるのは正論ではなく、動ける構造です。
あなたの組織に、正論を持ちながらも動けない人はいないでしょうか。
その人が動けない理由は、構造にあるかもしれません。
YEES FACTORY|やすにぃ
製造組織の構造改革者
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