中露分断はできるのか?──日中同盟論考察──
※本記事は「日中同盟について考察する」を読みやすいように分割し、さらに加筆・編集したものになります。独立した記事として完結していますのでここだけ読んでも大丈夫です。
中露の挟撃を回避せよ!
前回、「トランプは日米安保を破棄するか」にて日米安保の存続について考察しました。その結果、トランプ政権は日米同盟を重視しており、すぐさま安保を破棄する可能性は低いと結論付けられました。その一方で日本側の役割拡大が求められ、相対的に米軍が縮小していく可能性も裏付けられました。
アメリカとの安保条約を破棄されたうえで、日本が気を付けるべきはなんであるか。作家の冷泉彰彦は次のように指摘しております。
まず大事なのは、中国とロシアに挟撃(はさみ撃ち)されないことです。仮に挟撃された場合は、作戦的に防衛が難しいだけでなく、戦闘が「占領して活用する」という目的から、「破壊して折半」という性格に変わります。これは日本にとって最悪です。
これは地政学的には理にかなった安全保障論です。地政学って言っても難しいものではなく、地図上を盤上に見立ててチェスゲームすることを想像していただければいいです。わかりやすく図1に示します。

このように手を組んだ中露が日本に二方面での対処を強いております。この構図になった場合、日本単独では現在の防衛体制はおろか、将来的に強化された防衛体制でも対処しきれません。というか戦前の大日本帝国でさえ厳しいですね。そこで冷泉氏は次のように提案しております。
そうなると、中国と緩い同盟関係を結ぶというのが一つの選択肢になります。条件としては、中ロが冷戦末期のように仲違いをしていることが日本には有利になります。ですから、中ロを引き裂く工作というのが一種の前提になります。(同上)
提案されているように日中で同盟を組めば図2のようになり、今度はロシアに二方面での対処を強いることができます。

このアプローチは冷戦時代に米中が接近した時のことを念頭に置いており、その結果ソ連を崩壊へ追い込みアメリカが冷戦で勝利できたと言われております。現在においても同様のアプローチを提唱する識者は多く、エドワード・ルトワック氏やジョン・ミアシャイマー氏などがいらっしゃいます(ただし彼らが提案するのはロシアとの同盟ですが)。
中露分断は可能?
では早速日中同盟が現実的な選択肢であるかを検証していきます。冷泉氏は条件として中露が冷戦期のように仲違いしていることを念頭に置いておりますが、果たして現代において中露分断は可能でしょうか?
結論から申し上げますと、現時点で中露分断は不可能に近いです。これは決して感情論ではなく、過去の歴史的経緯と現在の比較によって導き出されます。よく言うでしょう「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と。単に過去にできたって理由だけで、また同じことができるという発想は、一歩間違えれば重大なミスを招きます。
中ソ対立の経緯と背景
では早速、冷戦期の中ロ関係もとい、中ソ対立についておさらいしましょう。大戦期から戦後初期の段階では中ソ関係は比較的良好でした。中国のコミンテルンから始まった中国共産党は、ソ連から多くの技術援助と経済支援を受けており、それは原子力技術にも及びます。しかしスターリン死後、中ソ関係が大きく変わります。
1956年:ソ連共産党第20回党大会で後任のフルシチョフ主席はスターリン批判を行って西側との共存を採択。ここから中ソのイデオロギー対立が始まります。
1958年:フルシチョフは北京を訪問し、毛沢東との会談で中ソ共同艦隊結成の提案をしますが、毛沢東はこれを拒絶。
1959年:ソ連が原子力爆弾の供与に関する中ソ間の国防用新技術協定を破棄。改めてフルシチョフが中国を訪問するも毛沢東と意見が一致せずに終わります。
1960年:人民日報と紅旗が共同論説でレーニン主義を掲げ、中ソの論争が表面化。ソ連が中国に派遣していた技術専門家を引き揚げるなど、両国の関係は急速に悪化しました。
1964年:新疆ウイグル自治区で中国初の核実験。
1969年:ついには国境紛争にまで発展し、中ソは事実上の敵対関係になってしまいます。
1971年:アメリカのヘンリー・キッシンジャー氏が極秘で訪中して、米中接近が始まります。
以上からわかるように中ソ対立はイデオロギー対立とみられるのが一般的ですが、その背景には中国(中華人民共和国)のソ連からの自立があることに着目する必要があります。
まずスターリン時代、中華人民共和国はソ連に対して弱い立場にいました。国共内戦や朝鮮戦争で国力が割かれていたこともあり、ソ連からの支援に依存していたためです。しかしフルシチョフの時代においてその支援が滞り、特に中国への原爆供与に慎重になります。それでも中国は何のこれしきとばかりに1964年に核実験を強行(この時日本では東京オリンピックが開催されていました)。核保有国になります。
次にキッシンジャーが訪中した同年、第26回国際連合総会にてアルバニア決議が採択され、共産党政府が中国の代表として認められ常任理事国入りします。その背景には中国の多数派を得るための外交努力があります。近年、アフリカでの中国の影響力の拡大が注目されますが、このころから中国によるアフリカ支援は始まっていたのです。
そしてその後は日中国交正常化、米中国交正常化によって中華民国(台湾)は国交を断絶され孤立の道へ、対照的に中華人民共和国は核保有国として正式に認められます。その後は日米の莫大な経済協力と技術移転を受けることで急激な経済成長を実現し、現在のような軍事強国への道を歩んでいったのです。
つまり米中接近はアメリカの対ソ連戦略だけでなく、中国の自立国家としての成り上がり戦略でもあったことを理解する必要があるのです。
中露結束、分断以前の話
翻って今はどうでしょう? 中露は接近していますが、中国はロシアからの自立を求めているでしょうか? いいえ。冷戦期と異なり中国は自立した国家としてロシアと接しており、ロシアもまた対等の立場でパートナーシップを結んでいます。
例えば2021年10月から、中国海軍とロシア軍からなる10隻の大艦隊を組み、日本列島と堂々と一周するという示威行為。奇しくもフルシチョフが望んでいた中露共同艦隊の実現です。またウクライナへの全面戦争が勃発する直前の2022年2月4日には、北京冬季五輪に合わせて訪中したロシアのプーチン大統領が習近平国家主席と首脳会談を行い「友情に限界はない」と共同声明を発表しました。
そして昨年の2024年には包括的戦略パートナーシップを深化させることで一致しています。「新時代」と言っているあたり、かなり将来を見据えていることがわかります。
中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領は16日、北京で会談し、両国への圧力を強める米国を非難し、防衛・軍事関係をさらに深化させる「新時代」を築くことで合意した。
それは中国にとってロシアが戦略的に価値がある国だからです。資源依存国だから将来性がないと言われていますが、中国は世界有数の石油輸入国です。日本もそうですが製造大国は多くのエネルギーが必要であり、多角的な石油輸入先が必要になるのです。ウクライナ戦争で欧米はロシア産の原油や天然ガスの輸入を制限しましたが、中国が買い支えることでロシアは戦争を継続、中国は安く原油を手に入れてきたのです。
中国が2023年にロシアから輸入した原油が、22年比で3・5%増の606億ドル(約9兆円)となった。ウクライナ侵略が始まる前の21年比で約5割増加しており、ウクライナ侵略で制裁を受けるロシア経済を中国が下支えしている構図が一段と明確になった。
またロシアは北極圏に面しております。従来氷で覆われた北極海が温暖化により溶けて、航路として使える可能性が出てきたのです。「米中世界覇権戦争を理解しよう」でも解説しましたが、北極海ルートが使えれば北東アジアから欧州への交易路がインド洋・地中海を通るルートより6割5分に短縮できます。実際ロシアは中国の一帯一路の参加国であり、氷上シルクロードという構想もありますからね。
そして中露は統治システムにおける価値観を共有する関係です。両国にとって西欧の自由な言論と民主主義思想は政権の存続を危うくする因子であり、その干渉を排除するのが最優先事項となっております。単に旧共産国同士のよしみってだけで組んでいるわけじゃないのです。つまり対中包囲網にロシアを加えようとする西側の戦略家たちもここで挫折する可能性が高いです。
だから日本が中国に「対ロシア同盟」を持ち掛けても100%相手にされません。冷泉氏は威勢よく「中ロを引き裂く工作」などとおしゃっておりますが、それこそビジネス右翼レベルのファンタジー、逆に中露の結束を強めて返り討ちにされるのがオチでしょう。
目には目を歯には歯を、二方面には二方面を
以上が「日中同盟を結んで中露からの挟撃を防ぐ」戦略についての論考です。お気の毒ですが、序盤で出ばなを挫かれるという残念な結果になってしまいました。中露の政治体制は組織や個人が長期にわたり政権を独占する権威主義体制であるため、政権批判は常にタブーとなっています。それだけに政権批判し放題の我々西側の言論空間は彼らにとっては居心地が悪く、圧力などは逆に結束を強める要因となりがちです。東欧民主革命やアラブの春というのもまた彼らが西側を警戒する理由でしょう。
仮にどうしても中露を分断したい場合はミアシャイマー氏のようにロシアへのアプローチを選択した方がいいです。現在ロシアはウクライナ戦争の影響で強力な制裁を受けており、前述のように中国に原油を買い支えてもらうことで体制を維持しております。制裁解除や経済協力を駆使すれば中国からの自立心を刺激できるかもしれません。しかしながらそれにはロシアの独裁体制や侵略行為を全肯定しなければならないため、逆に西側が分断される結果に終わる可能性が高いです。国際社会は流動的で常に変化しているとはいえ、今の時点では中露の分断を前提とした安全保障戦略に国運を賭けない方がいいでしょう。
では本記事の最後として日中同盟とは別に冷泉氏が提唱していたもう一つの選択肢を引用させていただきます。
アメリカが頼りにならない、中ロが日本を挟撃する可能性があるという場合には、最後の手段として英仏との何らかの同盟を構築して国家の延命を図るべきだと思います。
現実路線で考察すれば、この提案が最も最良であるといえます。「最後の手段」とか「延命」と言わず、今から志向してもいいくらいです。といってもイギリスやフランスが日本を守るために戦ってくれる可能性は全くのゼロです。ではなぜ意義があるかというと、図3を見ればわかります。

御覧の通り北東アジアでは日本が中露に二方面の対峙を余儀なくされていますが、東欧では英仏を含めたNATOがロシアと対峙しており、日本がNATOと連携すればロシアに二方面での対処を強いることができるのです。前記事冒頭で触れたとおりフランスは自国の核を抑止力としてNATOに提供する提案をしました。およそ290発程度の核で数千発規模の核大国に対抗できる微妙ですが、ロシアには効いているようです。
ロシアは6日、マクロン仏大統領が「欧州への核の傘拡大」の可能性を示唆したことについて、ロシアに対する「核による脅しのニュアンスが感じられる」と非難した。
中国もそうですが彼らが反発するときは都合が悪い時で、フランスは悪くないアプローチをしたと言えます。正直日本が彼らの核の傘に入れるかは微妙ですが、そこはアメリカとのパートナーシップを維持することで凌ぐしかないでしょう。
対中国に関してはクアッド(Quad)に参加するオーストラリアとインドと連携するのが効果的です。もちろんこれらの国々も日本を守るために戦うことはしませんが、中国も多方面に対応しなければならなくなるため動きにくくなります。トランプさんもこれを重要視しており、就任式の翌日に4か国の外相会合を開くくらいです。
日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国の協力枠組み「クアッド」は21日、トランプ大統領の就任後初となる閣僚会合を開催し、自由で開かれたインド太平洋にコミットする方針を確認した。
外相が共同声明で、武力や強制で現状を変えようとするいかなる一方的な動きにも反対する考えを示した。
こちらは中国がきっちりと反発しております。何かと不安のある石破政権ですが、前例踏襲という日本人が得意な習性により、今のところは路線を踏み外すことはないようです。
こうして見ると改めて安部さんの偉大さを思い知らされます。
さて日米安保が破棄された場合の代替案についてはすでに纏まっていますが、せっかくですので日中同盟についてもっと掘り下げてみたいと思います。次回「日中同盟はナンセンス!」へ進みます。
(扉絵はMicrosoft Designer [DALL E3]より作成)
(2025/3/27 「中ソ対立の経緯と背景」において中国が核保有国として認められたという記述を追加)
(2026/1/16 一部表現を修正)
