たとえ病気や障がいを持っていても、いきいきと生きている、生きようとしている状態こそが「健康」である
福井県おおい町国立健康保険名田庄診療所の中村伸一所長が、講演をされました。
中村先生が宮崎で講演するという案内に、狂喜乱舞して待ち構えたところ、腓骨を骨折して宮崎には来られずに、オンラインで福井県からの講演でした。
しかし、中村伸一先生の講演は、笑いと涙の2時間でした。
診療所で33年間やってきた地域医療の話をされるかと思っていたら、その期間の在宅ケアと看取りから学んだ人生100年時代の健幸学の話でした。
健康学ではなく、健幸学です。
いい意味で裏切られました。
自治医大出身の中村先生は、福井県立病院での初期研修と外科の専門医研修以外は、名田庄診療所に勤務しており、歩く「地域包括ケア」だと思いました。
国保名田庄診療所を中心に、村役場の保健福祉課、村のデイサービスやホームヘルプサービスを手掛けている社会福祉協議会、開業歯科医、高齢者の居住スペースを巻き込んだ、保健医療福祉総合施設「あっとほ~むいきいき館」を平成11年に開設したのです。
予防~治療~介護~看取り、在宅医療・ケアを支える拠点を構築しました。
オープン当時は全国でも珍しいものでした。
現在では、福井県内でも珍しくないそうです。

この施設をつくったことで、動きがありました。
ボランティアの人たちが名乗りを上げて来たのです。
手伝いたいと、お年寄りの介助にやってきてくれた女性がいました。
医療・福祉に熱心に取り組んでくれた村会議員の男性がいました。
その女性は、後に脳梗塞となり後遺症で要介護4となり、デイサービスの利用者となりました。
村会議員の男性は、後に大脳皮質基底核変性症で要介護5となり、亡くなる1週間前までデイサービスを利用しました。
情けは人のためならず。
利他的行為が、自分の利益となりました。
きっちりした肺線維症の94歳の女性は、自分の葬儀費用まで計算づくで逝きました。
前向きな85歳の男性は、肺がん末期で、在宅酸素療法から歩行訓練を始めた翌日に逝きました。
二人ともいきいきと生きていました。
いきいきと生きようとしていれば、たとえ末期がんでも健康なのではと思いました。
人は最期まで「健康」でいられる!
一番好きな健康の定義は、順天堂大学スポーツ健康科学部の島内憲夫名誉教授のもの。
たとえ病気や障がいを持っていても、いきいきといきている、生きようとしている状態
有名なWHOの定義より、これが一番しっくりきます。
健康に気を付けないで長生きするこは最高で、健康に気を付けて早死にするのは最低です。
名郷直樹先生の「健康第一は間違っている」(筑摩書房)は、参考になります。
結核と死亡率の関係からみた治療薬や予防接種の力を見てみると、治療薬が登場するのは1940年代後半、BCGワクチンは1950年代です。
これらにより死亡率は下がりました。
結核菌が発見されたのは1880年代ですが、実はそれより前から死亡率は下がっています。
これは、栄養と衛生の改善が原因です。
英国でも米国でも同じような状況です。
医療の力も凄いのですが、それ以上に栄養状態や身の回りの衛生を改善することで死亡率は低下していくのです。

幸せを感じる心、主観的幸福感は、経済の状況とは比例しません。
日本のGDPは上昇しましたが、幸福度はあまり変わりません。
アメリカとの比較では、日本人の幸福度は15歳がピークであとはずっと下がっていきます。
一方、アメリカは、35歳が最低で、それ以降は上昇していきます。
35歳は子育てと仕事が一番大変な時期です。
それにしても日本人はもっと幸せを感じるべきです。
矢沢永吉さんも言っています。
アーユーハッピー?
福井県は平均寿命は最下位に近かったのが、男性は昭和30年半ば、女性は昭和55年に全国平均を越えました。
そして、平成12年には全国一位を達成しました。
福井県民は長寿だけでなく、元気、しかも幸福度も日本一です。
当初は理由が不明でしたが、いろいろ調べてみると福井県民の生活習慣力・地域の絆力が関係しておりました。
全国一位のもの
・米類摂取量
・いも類摂取量
・女性の月別平均労働時間
・1世帯当たり貯蓄
・信仰祭祀費
全国二位のもの
・共働き世帯割合
・三世代同居世帯割合
・持ち家住宅面積
・救急告示病院
ほかに、交際費3位、ボランティア行動者率5位、離婚率43位。
将来・老後の収入でストレスを感じている人の割合47位。
イチロー・カワチという先生がいます。
怪しい関西芸人ではなく、ハーバード大学公衆衛生大学院の教授です。
この教授が、日本人が長寿である理由について述べております。
食事や運動といった生活習慣ではなく、国民皆保険制度でもない。
主たる原因は、ソーシャル・キャピタルだ。
ざっくりといえば、地域における人的ネットワーク、つまり、地域の絆が強い。
これは、30万人を対象とした148の研究を解析した研究でも、明らかになっています。
寿命に影響と与える要因は、つながりがあるが一番強く、二番目がタバコをすわない、三番目がお酒を飲み過ぎない、四番目がからだを動かす、五番目が太り過ぎない、でした。
退職した後に、参加している組織の数と要介護リスクの関係について調べた研究では、参加なしの要介護リスクを1とした場合、1種類の組織に参加した人は0.83,2種類は0.72,3種類は0.57となり、参加する組織が多いほど介護予防になるという結果でした。
運動よりもつながることが介護予防になることもわかっています。
ゲートボールでエースだった人が、体力の限界を感じていきなり引退するのはよくなくて、プレイヤーにならなくてもサポーターとして参加することが大事です。

笑顔と寿命の関係についても調査されています。
1952年にアメリカのプロ野球に入った選手230名について、寿命に影響する他の要因(生まれ年、活躍した年数、婚姻状態、肥満度、教育歴など)を考慮した上で、プロ野球年鑑での笑顔と寿命の関係を見ました。
笑顔なし ➡ 72,9歳
つくり笑 ➡ 74.9歳
自然な笑顔 ➡ 79.9歳
笑顔と結婚生活の関係も調査されています。
1960年にアメリカのミルズ大学(女子大)を卒業した141名を30年間追跡調査しました。
卒業写真での笑顔と結婚生活の関係を見ました。
容姿の影響は統計学的にコントロールしたという謎の処理もしています。
自然な笑顔の女性はほとんどが結婚し、かつ長続きして卒後30年間、心身ともに健康でした。
また、ポジティブ思考とネガティブ思考と寿命の関係の調査もあります。
1930年代にノートルダム修道女会に入った180名の20代前半に書いた日記を調べました。
「とてもうれしい」や「幸せ」などのポジティブな言葉の割合と寿命との関係を見ました。
85歳まで生存した割合は、ポジティブな言葉が多い人は90%、ポジティブな言葉が普通は34%という結果が得られています。
しかし、1921年に10歳前後の子ども1600人を対象に80年間追跡調査をしたら、ポジティブ(陽気で楽観的)な人は早死にしていたという逆の結果も出ています。
ポジティブな人は「大丈夫だろう」と慎重さに欠ける判断を下しがちです。
例えば、大腸がん検診の結果、出血があるので精密検査が必要という通知をみて、自分は大丈夫だろうとスルーすることもあるのです。
人は、ときにより、ポジティブな判断をしたり、ネガティブになったりします。
この比率で一番いいのは3対1です。
この3対1の黄金比は、個人の幸福度が高まり、チームの生産性も上がるという研究結果もあります。
国民生活基礎調査によると、介護をする人は、配偶者(25.2%)、子(21.8%)、介護サービス事業者(13.0%)、同居の家族(12.2%)、子の配偶者(9.7%)の順番です。
夫婦介護が一番多いという結果です。
日本人の要介護者191人を2001年12月から51か月追跡調査をした結果があります。
女性要介護者129人の場合に、女性の亡くなりやすさについて、夫が介護をした場合を1とすると、娘は1.9倍、息子の嫁は4.3倍となりました。
男性要介護者62人で、息子の嫁が介護をした場合と妻が介護をした場合の生存曲線を比べると、息子の妻のほうが高いという結果が得られています。
仲睦まじい老夫婦で、妻が高度認知症の場合に、夫は献身的な介護をしますが、他人に任せることをよしとしない場合があります。
これは介護心中、介護自殺、介護殺人のパターンになることがあり、うまく介護サービスを利用しないと悲劇的な結果になることがあるので、注意が必要です。

幸福論のバイブルに、「ハーバードの人生を変える授業」があります。この本の52講の第一講は、「感謝する」です。
中村先生は、幸福度が上がる行動をいくつか紹介していました。
感謝の手紙を書いて、それを持参して訪問して、目前で読み上げると幸福度が向上し、抑うつの徴候が減少します。
この方法は、早期に結果が出て、1か月は効果が持続するそうです。
自分の強みを新しい行動で活用すると幸福度が向上し、抑うつの徴候が減少します。
1週間、寝る前に3つのいいことを挙げ、それがなぜ起きたかを書くこと。これをすると、自分に恵まれたものを想起し、
ポジティブ感情が増幅され、幸福度が向上し、抑うつの傾向が減少します。
この効果は6か月持続するとのこと。
最後のまとめです。
人生100年時代に向けて、より多く幸せを感じるには、以下が大事です。
情けは人の為ならず。利他の行動。
地域の絆が健康寿命の鍵
笑顔が幸せの第一歩
ポジテフィブ:ネガティブの黄金比は3:1
感謝することで幸せに(感謝の訪問)
強みを活かす
3つのいいことを挙げる(睡眠前に1週間継続)
将来、愛情を受けるため、今、愛情を注ぐ

中村先生が、看取った頑固なじいさんが奥さんに告げた最期の言葉が素敵でした。
おおきにな。
家で死ねて、いい人生だった。
お前も中村先生に看取られて死ねよ。
それから18年後に、おばあさんが亡くなりました。96歳でした。
くーっ。
この一言が医師を育てる!

もう一度、生まれ変わったら
また一緒になろうな。
そう夫から最期に言われた場合に、どう答えたらいいのか。
中村先生のアドバイスがよかった。
肯定する方は、「うれしい」
そうではない方は
「私はごめんだわ」とは言わずに
「あなたはそう思うのね」と肯定も否定もしない。
人生を学びました。
感謝の手紙を書いて、福井に訪問して、目前で読み上げたいです。
