リハビリテーションは、必要があると認められる場合に行う
厚労省の老健局老人保健課にいたときは、高齢者のリハビリテーションを担当しました。
老健局長がリハビリテーションについて勉強したいと言っているので、資料をまとめて欲しいという指示がありました。
正月明けに厚労省から離れた場所に会議室をとるので、そこでじっくりと勉強会をするという通告がありました。
既存の資料をとりまとめて老人保健課長まで了解をとった資料を、会議室の机上に並べました。
そこに、局長以下審議官、各課長が到着して、それぞれが席に着きました。
時間が来たので、私は声を出しました。
「それでは勉強会を始めます、まず老人保健課からリハビリテーションの説明をさせていただきます。お手元の資料をご覧ください」
局長は、資料をパラパラとめくって、突然に声を上げました。
説明はもういい!
は?
この資料に書いてあることの説明だろう?
だったらいらない。
もう読んだ。
君のいわんとすることは判った
これから先は、私の質問に答えてくれればいい
局長の声で、会議室は凍り付きました。
会議が始まってまだ1分も経過していませんでした。
局長の目は、サメの目でした。
詳しく説明すると、巨人の星の星飛雄馬の炎の目ではなく、無表情でヒトを襲うジョーズのような目でした(知らんけど)。
まず、日本では毎年何人が脳卒中になるのか。
次に、脳卒中患者について、死亡する者、障害が残って回復する者、障害が残らずに回復する者の割合はどのくらいなのか。
最後に、障害が残った者のうち、きちんとリハビリを受けることによりどれほど改善効果が見込まれるのか
ううう。予想外の質問でした。
なんだ、こんな基本的なことも判らないのか。
この資料には、「脳卒中が重要」と書いてあるではないか。
だから質問したのだ。
自分はそれが知りたいのだ。教えてくれよ
「確かに、脳卒中はリハビリにおいて重要な疾患ですが、そのようなデータをこの場に持ち合わせておりません」
資料には、急性期リハ、回復期リハ、維持期リハとかもっともらしい図がある。
これは、絵に描いた餅ではないのか。
本当にこのようなリハが我が国で行われているのか。
だったらなぜ、こんなに要介護者が増えているのか。
実際の臨床現場では、患者の状況に応じた適切なリハビリが本当に行われているのか
他の課の課長が、助け船を出しました。
「局長、それは医療で保険局マターですよ。介護保険担当の老人保健課に聞いても答えられません。医療担当の保険局と詰めてから、改めて局長にレクをしてもらった方がいいのでは……」
局長が怒り出しました。
何を言っているのだ。
上流の医療がきちんとやっていないから、下流の介護が大変なんじゃないか。
きちんとリハビリをやれと、医療側にもの申せばいいではないか。
「なにもやらない」、「できない」というなら、老人虐待だっー!
勉強会はあっというまに終了となりました。
出席した局内各課の担当者からは、なぐさめの声かけをいただきましたが、私の心は晴れ晴れとしていました。
局長の言うとおりだと思ったのです。
ここまでみんなの前で、けちょんけちょんに言われたので、あとは「スチワーデス物語」の堀ちえみさんのように、やるっきゃない!

高齢者リハビリテーション研究会という会議を立ち上げました。
ここでは、上流の医療についても、タブーなく議論しました。
保険局の案件を老健局が議論するのは厚労省内ではルール違反なのですが、なにしろ老健局長がいいと言っているので、自由に議論をすることができました。
そもそも保険局には中央社会保険医療協議会(中医協)という診療報酬の中身を決める「行列のできる会議」がありました。
これ以外の他局の会議で何を言われても、保険局は伝統的に、聞く耳は全くありません。
「中医協帝国主義」がまかりとおっていました。
「どうぞお好きに。老健局の会議報告書に何を書かれてもどうせ無視するから」という感じでした。

我が国は国民皆保険となっています。
保険医・保健医療機関が行う保険診療は、保険局が策定した療養担当規則に従って行われます。
当時の療養担当規則におけるリハビリテーションの規定は、次のようになっていました。
リハビリテーションは、投薬、処置又は手術によって治療の効果を挙げることが困難な場合であって、この療法がより効果があると認められるとき、又はこの療法を併用する必要があるときに行う。
薬が効かず処置も手術もできないので、リハビリでもするか、又はリハビリしかない。
これはまるで「デモシカリハ」の規定です。
高齢者リハビリテーション研究会は、この療養担当規則が問題だと指摘したのです。
リハビリテーションは、そろそろリハビリでもやるかとか、リハビリしかないというものではなく、必要があると認められるときに行うものです。
現在の療養担当規則のリハビリテーションは次のようになっています。
リハビリテーションは、必要があると認められる場合に行う。
療養担当規則を初めて目にする人は、当たり前過ぎて、なんでこのような規定があるのか疑問に思うでしょう。
以前は、デモシカリハの暗黒時代だったのです。
療養担当規則におけるビフォー・アフターを知れば、リハビリテーションへの理解が相当進むでしょう。
歴史の証人のひとりとして、記録を残しておきます。

厚労省を退職となり、宮崎に帰ってきました。
サメの目の元局長から、電話がかかってきました。
私が厚労省を辞めたことを知ったので、お疲れさま会をやりたいというのです。
今は宮崎に引っ越しましたので、とお断りしました。
今度上京することがあれば教えてくれ、と言われてジーンときました。
大変な局長でした!
今の私の髪が白いのは、このサメ局長のせいだと思います。
サメ局長がいなければ、日本のリハビリテーションは今もなお「デモシカリハ」のままだったかもしれません。
ちなみに、サメ局長は、乳がん検診を変えたときの局長です。
