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日本の国文学には空白の時代がなく、奈良時代以降の小説・エッセイ・和歌・俳句などが切れ目なく現代まで続いている

私は、厚労省に勤務していたときには、原爆被爆者の医療を担当しておりました。

アメリカは、世界で初めて原子爆弾を実戦で使用した国です。

1945年8月6日に広島、8月9日に長崎で使用してから、これ以降は使われておりません。

アメリカは、自分たちが落とした原爆による健康影響について調べるために、広島の比治山に放射線影響研究所を設置しました。

もともとはABCCプログラムと言われており、中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」にも出てきます。

調査はするけど治療はしない、「われわれ被爆者はモルモットなのか」とゲンは怒りました。

アメリカによる被爆者の健康調査はアメリカの予算だけで行われていましたが、昭和50年代の日米首脳会議の結果、日本も半分出すことになりました。

その後、ずっとその体制が続いておりました。

私が健康局の総務課の課長補佐だったときに、広島の放射線影響研究所の理事から電話がありました。

「アメリカ政府が予算を出さないと言っている。年末にボーナスがでない可能性がある」ということでした。

民主党のクリントン政権が誕生した影響で、共和党政権時代の予算について見直しが行われており、執行が大幅に遅れる可能性があるとのことでした。

放射線影響研究所の予算は、アメリカではエネルギー省が担当しており、日本では厚労省の健康局が担当していました。

アメリカの予算の実務は、日本にあるアメリカ大使館の参事官の担当となっているという情報が入りました。

放射線影響研究所の理事と健康局の総務課の課長補佐の私が、アメリカ大使館に行って参事官に直談判をすることになりました。

言葉が不安でしたが、放射線影響研究所にはバイリンガルのバリバリの女性通訳がいると言われて安心しました。

東京の赤坂にあるアメリカ大使館は、警戒が厳重でした。

2011年のテロ攻撃があった直後だったので、厳重な荷物チェックがあり、中に入るまでに1時間くらいかかりました。

鞄には白いシールが貼られました。

なんじゃこりゃー?、ガムテープかと思ったら、3時間以上経過すると色がブルーに変わるものでした。

外部から入った人物の持ち物には全て張られており、もしブルーに変色していたら、大使館員はただちにその持ち主を拘束します。

そもそも3時間以上、アメリカ大使館に滞在することは通常ない、不審人物である、という判断です。

話を聞いて、アメリカ人の危機意識や合理性に感心しました。

日本側の放射線影響研究所と厚労省では
団結して、

職員のボーナスを守れ!  

給料の遅滞は許さないぞー


と言うことにしました。

しかし、出てきた参事官は、女性でしかも若くて、笑顔で我々に握手を求めてきました。

友好的な態度で、拍子抜けしました。

放射線影響研究所の理事を見ると、「お前が先にしゃべれ」という顔でした。

医系技官の大先輩でしたので、仕方なく私から発言しました。

参事官は、「放射線影響研究所の予算は前年度と同様の額を確保する。心配ない」と笑顔で言いました。

しかし、その時期は、本国のエネルギー省の予算見直しの関係があって、執行が来年の2月にずれ込むかもしれない、というのです。

事前に得ていた情報と同じでした。

「11月中、遅くとも12月上旬までに予算が執行されないと困る」と私は言いました。

参事官は、首をかしげていいました。

「ホワイ?」

私は、通訳に言いました。

「これから先は、少し昔のこともいいますが、しっかり訳して下さいね」

通訳はうなずきました。

アメリカが建国するはるか前の日本の江戸時代には、井原西鶴というベストセラーの経済小説作家がいた」

通訳は、目をぱちくりしました。

私は、「言ったとおり通訳して下さい」と言いました。

通訳は、エド・ピリオド ジャパニーズ・ライターオブ・エコノミー、サイカク・イハラ など必死でした。

井原西鶴の「日本永代蔵」は、大晦日を前に家にやって来る借金取りたちの姿を描いている。

日本人には、年内に全ての借金を返して身ぎれいにして、新しい年を迎えるという風習がある。


そのために日本では12月にボーナスが出るのが慣習となっており、これで借金を返して、安心して新年を迎える。

もし、2月にずれ込んだら、平穏な正月を迎えることができなくなる。


こうした日本人の古くから続く習慣を無視した給与の取り扱いの突然の変更は、米国に対する無用の反感が生じる可能性がある。

アメリカの建国より遙か前に、国民的作家である井原西鶴が描いたように、日本人の文化や風習にそった対策をしていただくことを切に希望する。


こうした現場の声を、貴官から本国のエネルギー省の担当官に伝えていただきたい。

参事官は、本省に伝えると答えました。

大使館からの帰りに、まさか井原西鶴が出てくるとは思わなかったと理事から言われました。

それにしても、通訳の女性は、流れるように訳してくれました。(英語はわかりませんでしたが)

11月の半ばに、放射線影響研究所の理事から電話がありました。

アメリカから予定された額が振り込まれたとのことで、相当に喜んでおりました。

アメリカ大使館の参事官が、関係機関を調整して、がんばってくれたようでした。

後で聞いたら、文学部で学位をとった方だとのこと。

文学は人を動かすものだと感じました。

実は、日本文学は世界的にも、ものすごい蓄積があります。

日本は、隣国の中国のように、本を燃やす習慣はありませんので、古い本がたくさん残されています。

また、空白の時代がなく、奈良時代以降の小説やエッセイ、和歌集などが切れ目なく現代まで続いています。

平安時代の女流文学の流行は、世界にも例はありません。

NHKの大河ドラマ「べらぼう」を見たアメリカ大使館員は、日本の江戸時代の文化に驚いていると思います。

「光る君へ」にも驚いたことでしょう。

世界最強の国アメリカには弱点がないように見えますが、弱点はあります。

歴史がないことです。

その国のことを知るのに一番いいものは神話を読むことだそうです。

これは国際的なスパイのゾルゲの言葉です。

ということで歴史は大事ですね。

公衆衛生も(付け足しのようですが……)。

広島には何度も通いましたが、実は一度も平和公園には行かずじまいでした。

長崎の平和公園には、行っています。

いつか広島の平和公園と平家の守り神である厳島神社には行ってみたいと思っています。

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