川南町の護国神社には、蘭領インドネシアのパレンバン油田を攻撃した「空挺落下傘部隊発祥之地」の碑がある
高校のときの歴史の授業で、新田原では戦前は落下傘部隊が訓練をしていたという話を聞きました。
蘭領インドネシアのパレンバン油田を攻撃したときに活躍をしたことが有名です。
落下傘部隊の名前は「高千穂」。
落下傘は、カイコがつくる絹で作られていました。
絹は、摩擦熱があっても燃えません。
天孫降臨のように、空から舞い降りてくるようなイメージです。

アメリカ軍は日本に精強な落下傘部隊があることを知っており、非常に警戒をしていました。
戦後、日本に進駐してきたアメリカ軍は、憎さのあまりに、落下傘部隊の神社(空挺神社)を焼き払いました。

神社がなくなって、うかばれない落下傘部隊の隊員の幽霊が深夜に町を彷徨っているという話がたくさん出てきたことから、これを鎮めるために、川南町の護国神社に祀ったそうです。
日本の空挺団をめぐるリアル「ばけばけ」の世界が、展開されました。

現在の川南町の護国神社には、「空挺落下傘部隊発祥之地」の碑があります。

碑を見てきました。
防衛省で一緒に勤務していた職員に写真を送ったところ、「習志野空挺団の元祖は宮崎だったのですね」という返事がありました。
また、近くにある国立病院機構宮崎病院には、駐屯地の巨大な給水塔があります。

銃弾の跡が残されており、貴重な戦跡となっています。


天孫降臨の地の宮崎は、日本の空挺部隊の発祥の地です。
ぜひ、宮崎にお越しの際には、訪れて下さい。
今までは誰も来たことはありませんが、逆に、価値を感じられる場所です。
日本の空挺部隊が舞い降りた結果、宗主国であるオランダから独立してインドネシアとなりました。
インドネシアの独立宣言書の暦は、「皇紀」が使われています。
国旗は、赤と白で、日の丸に由来しています。
インドネシアには、空から神が降りて来て、国を救うという伝説がありました。
防衛省の中には、インドネシア独立の父スディルマン将軍の銅像があります。
防衛省の敷地内にある唯一の軍人の像です。
