自己啓発本は公衆衛生である
自己啓発本は奥が深いです。
尾崎俊介先生の「アメリカは自己啓発本でできている」(平凡社)の値段は、2800円。消費税を入れると3080円と高額です。
一般的な自己啓発本は、1000円~1500円であるので、2から3倍します。
これまでの米国と日本の代表的な自己啓発本の年表もあり、引用文献も付いてますので、学術書という位置づけで高く設定されたものだと思います。
多分、売れるとは思っていなかった気がします。
この本一冊で、相当数の自己啓発本を読んだ気がします。
さらに申し述べると、本来のハベレオ通信の趣旨である公衆衛生的な話も載っていましたので紹介します。

米国で1987年末に画期的な抗うつ剤「ブロザック」が認可され、発売が開始されました。
軽症・中等症のうつ病患者に対する効果は抜群で、副作用も少なかったことから発売直後から評判を呼びました。
驚くべきことに、最初に使い始めたのは、ハリウッドのスターたちだったそうです。
その噂はすぐ広まって、アメリカ中の一般大衆が我も我もとこの薬を求めました。
マスコミは、新世代の抗うつ薬、奇跡のクスリ、カプセルに入った革命、などと宣伝しました。
ニューズウイーク、ニューヨーカーという雑誌が表紙に載せました。
前の晩にカプセルを飲めば、翌朝、幸福感を抱きながら目覚めることができたのです。
二十世紀後半のストレス社会の中、不安や不満に押し潰れそうになっていたアメリカ人にとって、良い気分で目覚めること以上の贅沢はなかったのです。
それどころか、この薬を飲むと、やる気が湧いて、仕事もプライベートにもいくらでも精力を注ぎ込めるような気さえしてきました。
いわばプロザックは、二十世紀最高の自己啓発薬だったのです。
ところがこの薬の登場で、職を奪われた一群の専門職がおりました。

臨床心理学のセラピストたちです。
アメリカでは、フロイトの時代から、心理学者の仕事の一つは、うつを抱えた患者の治療でした。
患者は週一回心理学者のもとを訪れ、豪華なソファーに横になり、枕頭に座った心理学者に悩みを打ち明けて、アドバイスを受けていました。
うつ症状が完治するまでには、長い年月がかかるので、治療費はそうとうな額になります。
しかし、こうしたセラピストの治療が受けられるということが、アメリカの上流社会に属していることの証でもありました。
いくら上流階級の証とはいっても、時間もお金もかかるセラピーより、医者が処方するカプセルを飲んだほうが楽です。
またクスリを飲んだその日から体感できるので、セラピーの予約は次々にキャンセルされます。
こまったのはブロザックに仕事を奪われた心理学者たちでした。
ブロザックが登場する前までは、心理学の最大のテーマは、「なぜ人は不幸になるのか」を解明することでした。
しかしプロザックにまかせておけばいいことになり、臨床セラピストはお役御免となります。
心理学としても、「不幸の研究」以上のテーマを探す必要に迫られます。
そこで登場したのが、「幸福の研究」です。
ペンシルベニア大学心理学教授のマーティン・セリグマンが登場します。
セリグマン教授は、犬に電気ショックを与えて反応を観察する研究を行いました。
どのような回避行動をとっても電気ショックを与えるように条件設定すると、犬は絶望的になって無気力になりました。
さらにセリグマン教授が、この絶望した犬に再教育を施したことろ、犬は再び希望を持つようになり、無気力から脱したのです。
犬ですら絶望や無気力を克服できるのに、人間ならばなおさら後天的にハッピーになれるのではないか。
こうしてアメリカの心理学では、幸福の研究が進められることになりました。
その結果、アメリカ社会はポジティブ社会へと突入していくことになります。
なんであれ、ポジティブであればうまくいくという発想は、人々に無理矢理ポジティブな態度を強いることになり、その結果、別の病理を生み出しています。

自己啓発本「チーズはどこへ消えた?」は、世界中で2800万部売れました。
内容は、「人生、うまくいかなかったら、うまくいっていない状況にいつまでも固執するのではなく、ポジティブに行動して、新しい人生を切り開いていった方がよほど得だ」という寓話的なものです。
なぜこれだけ「チーズはどこへ消えた?」が売れたかと言えば、大企業がこの本を大量に仕入れたからなのだそうです。
2000年代に入ってアメリカ経済のバブルが弾け、社員の解雇に踏み切らなければならなくなった時に、会社は首を切る社員にこの本を選別として手渡しました。
「この会社にはもうチーズはないから、いつまでもここにしがみついていないで、さっさと別の会社に移ってそこで新しいチーズを探してくれ」
ということでした。
日本でも大ベストセラーになり、私もブームに乗って買ったことを正直に告白します。
表紙は可愛かったのですが、中身が頭に入らず、数ページで脱落して、結局読まずに、宮崎に来るときに処分しました。
この話を知って、読まなくてよかったような気がします。
ようするに、結論をいえば、自己啓発本は公衆衛生なのです。
「じゃがじゃが、じゃっとよ」、「てげてげでいいっちゃが-」、宮﨑の伝統的精神で許して下さい。
