結婚記念日、そして
今日は24年目の結婚記念日。
そうか、あの嵐の日から23年経った。
祖父がその前の年に亡くなった命日でもあるので、母に「命日ですね」とラインすると「結婚記念日おめでとう」と返ってきた。
毎年、そのやりとり。
記念日といっても、私たち夫婦はこの日にイベントをしたことがない。
コロッケを揚げるくらい。
いまはコロッケすら揚げない。
今日は出張中の夫に「おめでとう」とメッセージを送り、「おめでとう」と返ってきた。
私の左の薬指には2つ重ねると♡に見える指輪が2つついている。夫に、指輪をつける習慣がないから、なくさないために私が2人分つけている。
もうずっとそのままでいるうちに、指は指輪の形に変形し、年月の経過で関節も太くなり、完全に指と一体化して外れなくなった。
私は、この指輪の裏に刻印した文字が見たいのに、もう裏側の文字を見ることは叶わない。
刻印された文字は、V.M.P.R.R.2003.5.31
夫はヴィクトール・ユゴーのラブレターを集めた本から取ったといい、それぞれの頭文字を刻印した。
Vivre ou tu vivra,
mourir quand tu mourras,
partager ta resurruction radieuse
あなたの生きる場所で生き、
あなたが死ぬときに死に、
あなたの輝かしい復活を分かち合う
言葉を思い出せなかったので、また出張中の夫にメッセージを送ったら、すぐに上の言葉を送ってきてくれた。
夫はこういうのをよく覚えている。
こうしてnoteにも書いたので、これで私も忘れないでいられる。
「音楽と笑いにあふれる家庭に。」
土砂降りの台風の日、参列してくれた方に配った結婚式のリーフレットに、そう書いた。
いま、わが家はそうなっているのかな?
いろいろあった。
結婚生活は、必ずしも結婚前に考えていたフワフワとしたきれいなものではなかった。
はじめのころのおままごとのような共同生活。
思うようにならない赤ちゃんとの暮らし。
8人での共同生活。
喜びと楽しさとがっかりと悲しさと落ち込みと希望と夢と。
散らかったままの部屋と。
なんとかここまで来た23年間。
結婚記念日、おめでとう。
また1年、どうぞよろしく。
ところで私はこの1年、今まで知らなかったことをたくさん知った。
そのひとつが、LGBTQ+だった。
去年の6月、noteをよく読むようになった私の目にたくさん飛び込んできた「レインボープライド」の文字。
レインボープライドに対する当事者、当事者ではない人のいろいろな意見を目にした。
そのときはまだ、なにも知らなかったのだ。
知っていたけれど、見えていなかった。
自分のなかに、たぶん高い壁もあった。
頭で理解しようとしていた。
感性の鋭い子どもたちと、noteを書くひとびとを通じて、ある日突然ガラガラと音を立てて壁が崩れて、いまは頭ではなく、当たり前に考えられるようになった。点と点がつながった。
たれもが、となりのひとも、いっしょに住むひとも、同じコミュニティにいるひとも、別のコミュニティにいるひとも、過去に出会ったひとも、外国から来たひとも、みんなみんな、同じ空の下に生きていて、同じ世界を生きている。
生きづらさがあったとき、それが外的要因であれば取り除いていければよい。
みんなで考えていければよい。
本来それが政治のやることだと思うし、私はそういう政治を求めたい。
そのうえで。
同性婚ができる社会は、豊かな社会だと私は思う。結婚自体は自由に選択してよいけれど、その選択すらできないひとがいる。
結婚は「国民のための」制度のひとつなのに。
壁がなくなった私にとって、ことしの結婚記念日は自分の記念日だけではなく「結婚そのもの」について考えを巡らせる日となった。
何回か記事に取り上げさせてもらっているRYOJIさんが、このところのご自分の記事で「最高裁判事に同性婚にYESを」の署名活動を紹介しておられる。
もしよければ、リンク先を見てみてください。
【6/7まで】最高裁判事に「同性婚にYES」の声を届けよう!
この記事を、RYOJIさんが紹介してくださり、さらに深めてくださいました。
深い洞察に、心が震えるような気持ちです。
身に余るご紹介。
RYOJIさん、ありがとうございました。
