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その「イエス」を

 ある会話。

「あなたにもそれを背負う義務はないんだよ」
「あるよ」

脚本のお手本みたいなやり取り

 人に進むべき道というものがあるとして(あると考える以外にどうすればいい?)、それを示して届かなければ、自分はその時に絶望するだろう。
 「でも、そんな義務はあなたにもないんだからね」
 ……差し出された優しさに、間髪入れず答えた。イエス、あるんだよと。

 これが「意見の対立」や「否定/拒絶」じゃないことは分かってくれる。
 このやり取りをした相手が Ryuya 氏だからだ。
 彼は支援者だ。開いて解放される魂について語る。対して私は講師である。閉じても魂を生かす道を言う。その違いだ。
 しかし二人で対話を重ねて来た一年間は、互いの心に糧を残して来た。
 今や彼も、頑迷な私が「しかし頑迷からそう言うのではないことも」知ってくれている。私の側も、私の生き方が微塵も変わらなくても、彼の言葉は心にある。

 実際「義務はある」と、その「イエス」をぶつけた瞬間、語調は穏やかでも視線は強くなった自分に、私は困惑したのだ。以前なら、抱えるな無理するなと言われれば、「救う相手が違う、何故おれを守ろうとする?」「理解していると言うなら、身を尽くさせろ」と腹を立てるのが私だった。「私に寄り添おうとする人々に」反発していた。しかし「あるよ」と目を光らせソリッドな内側を露呈した自分に、今は「まだ言うか」「おれは尚もそう言うのか」と戸惑っている。悪かったなあと気にするようにはなっている。

 おれは自分の熱に焼かれはしないよ。あなたの言葉は胸に置いてある。


 「YES」、と言えば——

 note の「ゆる」さんが、同性婚に関する最高裁判断についての署名運動を、とても個人的な経験も重ね合わせながら紹介してくださっている。

 心を生かすものであり、心で生きることであるはずの「性」。しかしゆるさんがご自分の性と向き合う道のりも平坦ではなかった。様々な禁止がご自身を取り囲む社会にもあったし、内面化されご自身にもあった。後にご伴侶となる男性と出会い、ご自分も変化する中で、受け止めた。ご息女にもご子息にも月経について話す。あなたが同性を好きになることもあるかもしれないのだから理解しておきなさいと教えた。そうして育ったご長男など、中学三年生にして「性的少数者を『理解する』なんて、それも上から目線だよ」とお母さんに諭すまでになった。そんなリアクションに、ゆるさんも再び考える。

同性を愛しても良いんだよと言いながらも、私はどこか同性愛を生理的に認められない自分にも気づいていた

ゆる「性の話〜性は生、とか」

 簡単に語られ、簡単に語ることさえされなくなる、そんな「性」の扱われ方に抵抗しながら、自分もまだまだだと悩む。——そんなゆるさんの姿に、私は思う。「性的少数者の解放は、ただ性的少数者のみを解放するのではないはずだ」と。

 私もずっと考えていた。性的少数者の話は、めぐって「そうではない人たち」をも支え励ますのではないかと。毎年学生に必ず伝えるのは、自分の経験を軽視するなということだ。性的少数者(患者となる)に向き合えるのか不安になる学生に、私は「あなたたちも知っている感情だ」と言う。医療者の心得だよと説くのは、次のことだ。

患者(ここでは性的少数者)は未知の世界を開いてくれるけれども、あなた(医療者)も無知ではない。あなたは孤独について、痛みについて、愛情について、喜びについて、患者と分かち合えるのだ

RYOJI/「Attitude」

 「あなたも簡単に扱われてはならないんだ」と必死になる。
 ゲイを粗雑に扱う社会は、ヘテロを雑に扱った結果なんだよと。

 いずれにしても、もうゆるさんの教えは、多くのゲイがかつて社会に望んだ「理想」を更に上回っているようだ。ゲイの多くは、私が「ゲイに生まれることはOKなのだ」と子どもに教える必要を言うと、頷く――「その子がゲイだと自覚した時に必要な言葉がけだね」と。しかし違うのだ。必要なのは「もっと前」だったのだ。「子が自分のセクシュアリティを知る前に」、確かな「YES」を与えておかなければいけない。法的差別を残してはならない最大の理由がそこにある。

 ゲイのための施策は、ゲイ「だけ」のためだろうか。
 これは今尚ヘテロにとって「遠い世界の、誰かの物語」だろうか。
 ゆるさんは、ご自身はセクシュアリティ面でマジョリティでありながら、優れたアンテナ感度で洞察し実践して来た。性的少数者について「理解していたから」ではなく、ご自身が性の受け止めがたさに苦しんだから、お子さんにそんな全人的「YES」を与えるようになったのである。


 ゆるさんが、同性婚に関する署名運動に、素晴らしい「YES」をくれた。
 それも「ご自身の24年めの結婚記念日に」、ご自身のご結婚を振り返った後に、「その選択すらできないひとがいる」と前置きして。
 もったいないほどの思いだ。それを/それと、ゲイは知るべきだ。

 何が「ありがたい」か、分かるだろうか?
 ご自身の結婚記念日に書いてくれたことだけじゃない。
 いたずらに失望してはならないと、これからは思えることだ。
 「この思いに応えたい」と思わせてくれる存在が胸にあることだ。
 力を失ってはならない、その理由がひとつ増えたことだ。 

 おれも今日ばかりは署名のリンクを貼らなくていいね。
 ぜひ、それはゆるさんの記事の方で。

 多くの人の言葉で生きている。そのことを思う。


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ゆる 様、ありがとうございます。


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