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ASDな小3三男「ぼく明日、学校に行く」と言う

明日から学校が始まるね。行ってみない?
と、ほぼ小1の夏から不登校だった小3三男に言うと、床に突っ伏す。
「なんか、いやだ」

昨年12月に、丸5日通ったら疲れ果ててしまって、その記憶がよみがえるようだ。

じゃあさ、ちょっと想像してみよう。
家を出て、歩くよ。

「うん。⋯もうやだ」

じゃあそれは飛ばして。
校門に入るよ。

「うん」

階段登って。
昇降口についたよ。
どのクラスかな。
基本は、(支援級の)〇組ね。

下駄箱に靴を入れて。
じゃあ、〇組に行こうか。
教室が変わって、新しくなったから広いよ〜!

あ、〇〇先生だ!

(にまぁ)

うれしいね。
「三男さん、おはよう」
ってきっと言ってくれるね。

バランスボールもたくさんある!
そうだ、先生、個数を増やすと言ってたね。

見て、ボヨンボヨンと、みんなやってる。
三男もやろうか!

(にまぁ)

「でもさぁ。しばらく行ってないから行きにくいんだよ」

なんとね、いいこと教えてあげる。
春休みだったから、みーんな、久しぶりなんだよ。

「ふぅん。でも、、まずは1回行ってみないと、、」

明日がその1回じゃない?
始業式と入学式だけだよ。

「始業式ってなにやるの?」

そうだね、まず校歌だね。

「それから?」

それから、校長先生のお話。
あと、新しく来る先生がいるから、その紹介。

「ぼく、去年行かなかったから、その式出たことない」

そうだね。よろしくねって、先生があいさつするんだよ。

「ふぅん」


洋服や食材の買い物ついでに、スーパーにお菓子のクレーンゲームがあるから、それやる?と小6三女に聞いていたら。

「ぼく、明日、学校行く。その記念にそのゲームもやってみたい!」

お。

あまり喜んだ顔は見せずに。
息を深く吸って気持ちを落ち着かせて。
「わかった。じゃあスーパー行こうか」
でも身体が勝手に浮き足立つ。

期待はいけない。
行けないかもしれない。
行けても1日だけかもしれない。

それでも、明日。
なんとなく行けそうな気がする、母ちゃんでありました。


「明日行って楽しく過ごせて、もし明後日も行けそうと思っても、午前だけにするとかにしたほうがいいよ。疲れちゃうから」と三男に言ったら、しばらく、考えてから「うん、週3とかね」と答えた。

自分でもわかっているようだ。

こないだ、本当に今更ながら検索で「ASD(自閉症スペクトラム) 不登校」と入れてみた。

すると、ASDの人は3割くらいが不登校になる傾向があるとあった。
そうだよね、多いよね。

もちろん人によって違うのだけど、ASDの子はゼロか100かとなりやすく、学校でも全くやる気にならないか、やるときには100%出し切ってしまう。

ひとこと注意されるとすべてが否定された気持ちになって落ち込んだり怒ったり。
困り事を言葉にして表現するのが苦手だったり。感覚過敏があったり。

要は、学校という中で子どもたちはASDの特性に合わないことをやらなけばならないことが多く、疲れ果ててしまうのだという。

キズキ共育塾様のHP(ASDのあるお子さんが不登校になる理由 保護者ができる対応を解説)を参照しました。
こちらの記事はASDについても不登校(になったお子さんの心の動き)についても詳しい。

考えてみると、ネットでいくらでも情報を得られる時代ながら、こういうことをちゃんとレクチャーしてもらったことがなかった。

実際、教育現場も、精神科や小児科のお医者さんもまだ手探りなのかなと感じるシーンは多い。

丸2年、三男の支援級の担任だった先生は、ASDの特性に大変理解があり、子どもに無理はさせないのが一番だと思っている人だ。

そればかりで良いのだろうかと思わなくもないけれど、そういう考えで親にも接してくださるので、焦りがちな私にとっては大事なストッパーにもなっている。

そんな先生なので、もし普通級と一緒にやる体育や図工などの交流授業がストレスになるのであれば、その時間は支援級にとどまってもいいと言ってくれている。

校長の許可も下りたので、算数の時間にいま三男が取り組んでいる算数タブレット教材で好きな単元をやってもいい、とも。

こうした柔軟な対応をしてくださるなかで、三男が学校というもの自体になじんで、居場所のひとつになれば、それが一番いいなと私は思っている。


明日からの新学年。
三女は最高学年で、三男は3年生。
はてさて。
どんなことが待っているかな。

私もことしは三女の学年で2回目の役員をやることになっていて、学校生活に濃くかかわれることに、すこーしわくわくしている。


年末の三男再登校にかかわる記事はこちら。


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