鬼さんの推しごと~ご利益はお夜食で~第三話④
デザートのチョコレートパフェまで堪能して、店を出る。
「あ、そうだ。どうして今日、うちの店までいらしたんですか? 何か目当ての漫画が?」
ネカフェの利用者層は、実は高齢者が非常に多い。夜になると若い人が増えるけれど、明るい時間は最近はやっている漫画を延々と読み続けるおじいちゃんとかが、よく利用しにくる。
「……あいつが好きなものを、そういえば一度も読んだことがないと思って」
雪枝さんが好きなもの。BLか。
「あ~、BL漫画は置いてないんですよねえ。ちょっとエッチすぎて」
同じエッチなシーンがあっても、青年向けの漫画は置いてある。なんでだろうなあ。ぼかしや白塗り、モザイクがBLよりも少ないからかな。
「む。そうか。本屋で探すよりは、恥ずかしくないかと思ったんだが」
それはそう。克彦さんが険しい顔をして、BL漫画や小説の棚の前にいたら、お客さんびっくりしちゃうだろうし、店員さんも「何かお探しですか?」(「あなたの探し物は明らかにここにはないですよ」)って気を利かせて声をかけてきそうだ。
「じゃあ本屋に行ってみます? 私と一緒なら、まだ人の目が気にならないと思うんで」
もっとも、どの漫画がいいかは私もジャンル違いでわからないから、役に立たない可能性が非常に高い。
克彦さんは少し考えた末に、首を横に振った。
「いや、いい。雪枝はなるべく、俺にはあの趣味に触れてほしくないと思っているかもしれないからな」
一理あるかも。
「そうですか」
会話が途切れてしまった。ううむ、仲違いした理由はわかったし、雪枝さんが克彦さんのことをちゃんと好き……長年連れ添っていると、「好き」って感覚も変わっていくものなんだろうけれど、少なくとも嫌いとか憎いという感情ではない……ということも予想できたけれど、結局、仲直りの方法はまるで浮かんでいない。
結局私ができるのは、克彦さんに心からの謝罪をもらったので、許してあげてくださいって雪枝さんにお願いすることだけだ。
「それで十分だ。あとはまた、手紙を書いて送るさ。口だとあれには勝てないし、俺も余計なことを言ってしまうからな」
手紙、かぁ。
……ん? そうだ!
「克彦さん。あんまり気にしていないようですが、自分をBL小説の受けにされるのは、あまり気分のいいことではないですよね?」
「まぁ、それは……実際の俺とはかけ離れすぎているが、名前が俺とあいつだったしな」
吐き気がする、まではいかないが、ショックはショックであった、と。ふむふむ。
「それじゃ、意趣返ししてみません?」
雪枝さんへの愛と、彼女の行動に対する罰を一度に与える方法を、思いついてしまったのだ。
ただそれには、克彦さんの努力が必要なんだけど。
詳しく話をすると、彼は戸惑いつつも、私の案に乗ってくれたので、連絡先を交換して、これから先のスケジュールをすり合わせた。
「雪枝さん雪枝さん」
執筆に励んでいる雪枝さんに、私は声をかけた。
キーボードを打つ手を止め、眼鏡を外して私の顔を見た彼女は、「おかえりなさい、凛ちゃん。今日もお疲れ様」と、穏やかな声で労ってくれる。
この上品なご婦人の前にあるパソコンの画面には、えげつない濡れ場が展開されていると思うと、怖くてそちらを見ることができない。意識の外に追いやって、「今週末って予定ありますか?」と、尋ねた。
「週末? そうねぇ……」
ちょっと上の方を見て、思い出しているのを待つ。にっこり笑って、「特にないわ」とお墨付きをもらえたので、「じゃあ、土曜日の午前中は、家にいてください」と頼んだ。
「ええ、構わないけれど。どうかしたの?」
荷物の受け取りを頼みたいとか、そういうことかしら? と、首を傾げた彼女に負けず劣らずのにっこり笑顔を見せる。
「私の『友人』が、雪枝さんにぜひ会いたいって言ってて。あ、どんな人なのかは、当日のお楽しみです。きっと仲良くなれると思いますよ」
質問は受け付けません、と最初に言及したおかげで、雪枝さんはパチパチと目を瞬かせた後、小さく息をついた。嫌がっているわけではない。
「それじゃあ、楽しみにしていましょうかね」
「うん、そうしてください」
「その方、お昼ごはんは一緒に食べるかしら? 用意しておいた方がいい?」
私は、「ぜひ、よろしくお願いします」と、頭を下げた。
きっと「彼」、嬉しくて泣いてしまうだろうなあ、雪枝さんのご飯。
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