見出し画像

🔳ep.9 実った努力


さて、いよいよ私のバレエ史は黄金期のお話に突入する。ここを越えると再び地獄オンリーになるので、その前にぜひともこの黄金期を一緒に楽しんでほしい。途中、「なんだ自慢かよ」と思われる箇所もあるかもしれないが、数少ないキラキラした思い出なので、どうぞ温かい目で見守ってくださいませ。笑





中3になり、あんなにたくさんいた私の同級生たちは、その半数がバレエを辞めていった。詳しくは不明だが、保護者同士がお互いの足を引っ張り合い、その結果、一部の子たちは教室を移ったり、また一部の子たちは将来のことを考えてバレエ自体を辞めてしまったりしたそうだ。



そういう保護者同士のいざこざに巻き込まれなかった母のおかげで、私はそれまでと変わらずバレエを続けることができた。



私の学年は、一番多いときで20人以上いたと思う。ほかの学年よりも上手な子が多く、コンクールの上位常連の子たちもいた。そんな精鋭たちの中で、私はずっと目立たなかった。



才能ある子たちがどんどん辞めていき、大先生は方針を変えたのだろう。おそらく、残っている私たちを教室の次世代を担う生徒として育てることにしたのだ。



私自身も、その頃はこれまでの地道な筋トレの成果が出始めたことと、若さという期間限定のバフがかかっていることで、毎日おもしろいくらいに上達していくのを感じていた。私のピークと先生の思惑が上手く重なり合い、中3〜高2はコンクールの成績も良く、発表会や定期公演では主要な役をもらえたりと、まさにバレエの花道を歩んでいたのである。



私の通っていた教室では、毎年夏休みに外国人教師を招いたワークショップが開催されていた。私は小3から毎年参加していたのだが、自分に自信がなかったせいで、いつもバーの端っこにつかまっていた。しかし、黄金期は自信に満ちあふれていたため、バーでは先頭を、センターではセンターポジションを積極的に取りに行き、見本として丁寧に身体を触って教えてもらうことができた。



ある年、シャオ先生という中国人の男性ダンサーが、私の足裏を見て「あなたの足はとても素晴らしい」と褒めてくださった。私の足は先天的には恵まれた形をしていなかったのだが、幼い日に見た、あの大先生の足裏に憧れて地道なトレーニングを続けた結果、足裏の力強さと、よく伸びた甲を手に入れることができたのである。



長年の努力が認められた瞬間だ。嬉しかった。ものすごーく嬉しかった!



シャオ先生は、ワークショップのあとで私を呼び止め、「いつもコンクールでは何を踊るのか」と尋ねた。私は当時、姫系の細やかな踊りを苦手としており、いつもジャンプや回転技で見せる系の踊りを選んでいた。背が高かったこともあって、自分で言うのもなんだが、ダイナミックで映えていたのである。



シャオ先生は、私の答えを聞くと首を横に振り、「オーロラを踊りなさい。もっと良くなるから」とアドバイスしてくださった。



シャオ先生の言うオーロラとは、「眠れる森の美女」第3幕オーロラ姫のヴァリエーションのことである。ピルエット(くるくるっとその場で回るやつ)すら1回も出てこない、パッと見簡単そうに見える踊りだが、コンクールでは定番の曲だ。



派手な大技で誤魔化すことができない、踊り手の基礎力が嫌と言うほどあらわになる高度な踊りである。



心の中では、「え、嫌なんだけど…」と思った。笑
誰だって、わざわざ不得意な踊りを選んで苦労するより、得意な踊りを気持ちよく踊ってコンクールではいい成績を収めたいものだ。しかし、横で聞いていた大先生も「そうしなさい」と言い、さらに「来年の舞台では金平糖をやるんだから」と言った。



来年の舞台というのは教室の発表会のことだ。その時点では演目はまだ発表されていなかったが、大先生のその言葉で「くるみ割り人形」をやるのだと知った。そして、自分が主役に抜擢される予定だということも。
(バレエでは、物語上の主人公はクララだが、踊りの主役は金平糖の精となる。)



天にも昇る思いがした。
そしてすぐに怖くなった。
果たして私にできるだろうか…



バレエの花道を歩む私は、ここで不得意な姫系の踊りを克服していくことになったのである。



つづく



次の記事はこちら↓


前のエピソードはこちら↓

いいなと思ったら応援しよう!