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【小説】出口はどこですか? 第18話

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 真尋まひろに会って、沙樹さきはこれまでとは違う、心強さを背中に感じていた。最強の味方を手に入れた気分。桧山ひやまが言っていた、嘘や誤魔化しのない、信頼できる情報提供者。しかし、真尋にはそれだけでない。いるだけで精神面の支えになるような、パートナー的なものを感じている。正直、真尋とこんな関係になれる日が来るとは、思わなかった。

 翌日、沙樹は星形の月に行くつもりでいた。真尋に協力まで頼んだのだから、自分は足を使う。結局、店に行くことでしか、沙樹には情報を増やす手段はないのであった。折原おりはらには聞きたいことがたくさんある。だが、今はダメだ。確実に仕留めるために、今はとにかく準備をする。仕留めることなど、できるのだろうか。なんとかして、終わらせなければ……。金曜、仕事帰りの少し浮かれた街並み。まあ、これは気のせいか。よくよくすれ違う人の顔を見てみたら、大して浮かれた顔はしていなかった。そして自分も同じく、浮かれた顔などしていないのである。それでも、通りに面した飲食店はいつもより賑わっていた。沙樹は、よく行く定食屋で親子丼を食べてから、星形の月に向かう。

 店の前まで来ると、少年が腕を組んで立っていた。なにかのモデルのような雰囲気だが、それにしては背が低めだろうか。少し癖のある明るい茶色い髪の毛、中性的な美しい顔立ち。大人っぽい服装をしているが、おそらく高校生くらい?
「この店に、なにか用?」
 少年は声を掛けられると思っていなかったようで、少し驚いた顔をして沙樹を見上げた。
「あの、人を……捜していて」
「はあ……人……」
神郷こうざとユウヤっていうんですけど、知りませんか?」
「こうざと……? いや、聞いたことないけど」
 そんな変わった名前なら、憶えていそうなものだが、思い当たらない。
「人捜しなら、交番とか……」
「そういうんじゃないんだよ」
 急に苛立ちをぶつけられ、沙樹は戸惑った。なんだこいつ。放っておこう。
「力になれず申し訳ないけど、俺はこの店に用があるから、ちょっとどいてくれるかな」
 少年は黙って、半歩ほど隣に避けた。まだ邪魔である。沙樹は構わず星形の月の扉を引いた。こんな奴に構っている場合じゃない。
「いらっしゃい、沙樹君。……と、お友達かな?」
「え?」
 振り向くと、沙樹の後ろにあの少年がぴったりとついてきている。
「いや、こいつは――」
「さっき、知り合いました」
 な? というような目でこちらを見上げる。どういうつもりだろう。
「そうか、沙樹君の知り合いね。ちょうどいつもの席、隣も空いてるからふたりでどうぞ」
 ええ……謎の少年の横では、情報を集めるのも難しそうだ。まいったな……。
「いつもの席ってどこですかね?」
 きょろきょろしながら尋ねてくるから、仕方なく、「こっち」とカウンターの角の席へ手招きした。

 なんでこんなことに。人を捜しているんじゃなかったのかよ。隣で、コーラのグラスをカラカラとストローで撹拌かくはんしている少年を、横目で見た。折原がカウンター越しに控えめに声を掛ける。
「えっと、君。たぶん、未成年だよね? ここはバーだから、君みたいな子はひとりで来ちゃダメなんだよ」
「いや、だからこの人と一緒に」
「うん、彼のこと、知らないよね? 君」
 少年が沙樹を不満げに見る。そんな目で見られても困る。沙樹は首を振った。
「すみませーん」
 客が呼ぶ声が聞こえ、折原は返事をした。
「とにかく、それ飲んだら、帰ってね。もう夜も遅いし、ね?」
 それだけ言うと、折原は呼ばれた方へ去っていった。
「だってさ」
 沙樹が少年に言うが、あまり気にしていない様子だった。
「なあ、少年。人を捜してたんじゃないの?」
晴希はるき。ちゃんと名前、あるから」
「ああ、ごめん。俺もちゃんと名前あるんだ。沙樹って呼べ」
「沙樹。本当に、知らない?」
「呼び捨て? 沙樹さんだろ?」
「沙樹さん。知らない? 神郷ユウヤ」
「だから知らないって。俺に聞くより、もっと他の人にいろいろ聞いてみろよ。おんなじ人に何回も聞いてどうすんだよ」
「ふーん」
 ふーん、てなんだよ、と溜息をついた。変なのに絡まれちゃったなぁ。可愛げもないし。なにを考えているのかも、わからない。ジェネレーションギャップとか、そういうのとは違うと思う。単純に、こいつ変だ。
 沙樹は、ジントニックを飲みながら、なんかつまみでも頼むか、と考えた。チョコレートでも頼めば、子どもは喜ぶだろう。桧山にはジントニックにチョコなんて、とバカにされるが、コーラを飲んでいるこいつには、チョコレートがお似合いだ。
「折原さん、チョコレートください」
「はーい」
「チョコ? その酒に合うの?」
「うるせぇなぁ。お前も食うだろ」
「ふーん」
 こいつ……と生意気な少年を睨んだが、妙に嬉しそうな顔をしていたので、やはりガキだな、と思い、苛立ちを抑えた。
「はい、チョコレート」
 折原が四角いプレートを差し出した。気持ち、いつもより多めな気がする。折原なりのサービスだろうか。
「折原さん、こいつ人を捜してるらしいです」
「人捜し? なんでこんなところで」
 沙樹と折原が晴希に視線を向けたが、なぜか晴希は黙って首を捻った。
「いや、どういうことだよ。俺に聞いたみたいに、聞けばいいだろ?」
「あの、僕……神郷ユウヤって人を捜してるんですけど……ご存知ですか?」
 聞き方全然違うじゃねぇか、と沙樹は呆れた。
「こうざと……変わった名前だけど、聞いたことないなぁ。知り合いなのかい?」
「はい、僕の……兄なんです」
「お兄さんが行方不明なの?」
「はい……」
「いつから?」
「わからないんですけど……」
 わからないってことあるか? と沙樹は隣で酒を飲みながら考えた。もともとフラフラしてて、住所不定だったとか? まあ、あり得るか。
「年齢は?」
「沙樹と同じくらい」
 折原が沙樹を見た。沙樹は首を傾げた。
「随分仲良くなったんだね」
「いや、全然」
 慌てて沙樹は否定したが、お会計お願いします、の声に折原は反応した。金曜の夜にひとりで切り盛りするのは、本当にせわしない。
「とにかく、僕は聞いたことないな、神郷ユウヤさん。力になれなくてごめんね」
 そう言うと、折原は「ありがとうございます」と言いながら、会計に向かっていった。
 沙樹が隣の少年に目を向けると、あまりしょげてはいなそうだった。
「で、なんでこの店なの? なんか当てがあるからここに来たんだろ?」
「うーん。どうなんだろうなぁ」
 そう言いながら、晴希は四角いプレートに手を伸ばし、ミルクチョコレートを人差し指と中指で摘まみ上げた。なに気取ってんだか……と思いかけ、よく見たら晴希の右手には親指がないことに気づいた。
「チョコとコーラが合うかって言ったら、まあ、これも微妙だな」
「じゃあ、食うなよ」
「食う」
 これって、懐かれているのだろうか。男子高校生に? 嬉しくねぇなぁ。
「さっき、お前店の前で誰か待ってただろ?」
「べつに、待ってたわけじゃない」
「じゃあ、何してたの?」
「んー……そうだな、沙樹を待ってたのかもね」
「なんだよ、それ。あと、沙樹さんな」
「ふーん」
「ふーん、って言うな」
「楽しそうなところ悪いけど、もう10時過ぎるよ。さすがに君を店に置いておくわけにはいかない」
 折原が、カウンターの向こうからやってきて、壁の時計を指さした。
「そうですね、今日はこのくらいで失礼します」
 そして晴希は、沙樹に向かって「ごちそうさま」と言った。ごちそうするなんて、一言も言っていないのに。
「また、来ますね」
「その時はぜひ、大人の方もご一緒に」
 そう言われ、晴希は折原に、微笑んだ。
「マスター」
「はい?」

「出口は、どこですか?」


 ゆっくり、それでいて鋭く響いたその声に、沙樹は手に持っていたグラスを落としそうになった。店内の騒めきはそのままに、沙樹たちの周りだけ、空気が止まっていた。どれくらいの時が、彼らを置き去りにしたのだろう。実際には、ほんの二、三秒かもしれない。そんな感覚もなくなるほど、沙樹にとっては衝撃の言葉だった。
「出口……ですか?」
 折原が、引きつった顔で、平静を装いつつ言葉の意味を確認する。
「ああ、あっちですね。一瞬わかんなくなっちゃいました。じゃあ、また」
 晴希は、軽く会釈をして、店の扉へ向かった。沙樹はまだ動揺したまま、晴希の去っていく後ろ姿を、間抜けな顔で見送った。あー、出口って、そういうこと? 出口って言うか? まあ、おかしくはないのか。ふと顔を上げると、折原と目が合った。
「びっくり、しましたね」
「ああ、うん。なんか……不思議な子だったね」
 折原は、乱れた前髪を整え、ふう、と息を吐いた。
「沙樹君は、なんであんなに懐かれてたんだい?」
「こっちが知りたいですよ」
 残っていたチョコレートをかじりながら、沙樹は不満げにこぼした。
「人捜しかぁ……なぜここに……」
 折原は、晴希が去っていった扉の方を眺めながら呟く。沙樹はそんな折原を横目で見た。
「でもほんとに捜してたかわかんないですよ。周りの人に聞く気もなさそうだったし」
 折原の「なぜここに」という言葉と、晴希の去り際の「出口はどこですか」という言葉が頭の中で一致し、一瞬、沙樹の頭に、ある可能性がよぎった。いや、まさか。もし出口で消えた人間がいたとするなら、記憶からも消えているはず。頭に過った可能性を打ち消して、晴希のことは、忘れることにした。
 そんなことよりも今は、真尋が出口の話をしていたカウンターの向こうの誰か。まだ不確かなそれを探るために、綻びを集めなくては。それまでは、折原を問い詰めるつもりはない。確実な素材も持たずに突っ込めば、逃げられるのは明白だからだ。

 日曜には、真尋と会う予定だった。土曜の夜にLINEが来て、ランチに誘われたのだった。別れたのに、用もなく真尋からランチに誘われるとは思えない。おそらく、なにか進展があったのだ。進展があったことも、真尋に会えることも、どちらも沙樹をいそいそとさせていた。


 ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ……。日曜、午前10時過ぎ。そろそろ出かける支度をするか、と立ち上がった瞬間、律子りつこから電話が鳴った。
「はい」
「あー、おはよう。先週はありがとね」
「んー」
 言いながら、沙樹は着ていく服をクローゼットから取り出し、ベッドに投げた。
「あのお花ね、ドライフラワーにしようと思って!」
「花?」
 沙樹は腰に手を当て、なんの話かと首を捻った。適当に聞き流していた律子の話の中に、花の話でもあったのだろうか。
「ほら、沙樹がくれたお花よ。お友達からだって、かわいい花束持ってきてくれたじゃない」
「は? 俺が?」
「ええ? あんた大丈夫?」
 右手で頭を抱える。自分が花束を持って母親に会いに行くなんて、絶対にあり得ない。どういうことだろう?
「先週だろ? 食事に行ったとき。俺、花束なんて持ってった?」
「え、やだ。本気で言ってるの?」
 律子も異常を察し、ふたりの間にしばらく沈黙が続いた。
 花束……花束? 友達からって、どういうことだ?
「ねえ、友達って、誰?」
「それが……名前思い出せないのよ。聞いたと思うんだけど。どうしたの? あんたも忘れちゃったの? って、まさかねぇ……」
 再び、沈黙。
「あー……そうか。うん、わかった。じゃあ、また」
 無理やり、一方的に電話を切った。
 消えた、友達?
 いったい、周りに消えた人間がどれだけいるんだ!




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