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【小説】出口はどこですか? 第21話

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「さてと、少年。無事で何よりだ。随分、雰囲気変わったな?」
「貴方……誰ですか?」
 晴希はるきの顔が強張こわばり、引きつる。沙樹さきは突然放たれた桧山ひやまの言葉が理解ができず、ふたりに追いつくことができなかった。どうやら、桧山は晴希のことを知っているようだ。カヨといい、桧山といい、なぜ晴希を知っているのか。意外と有名人なのか?
「俺は、そうだな。ただの、『気まぐれなチェイサー』だ」
「チェイサー。そうか……貴方が、使いの……」
 だめだ、全然意味がわかんねぇ。なんで晴希は理解しているんだ? よくわからないけれど、今の自分とは関係がなさそうだと沙樹は判断した。でも、桧山と折原おりはらは繋がりがありそうな気がするんだよなぁ。時々、妙に緊迫した空気が漂う瞬間がある。さっきもそうだった。気にはなるが、今は出口とイルハのことで精一杯なのだ。まあ、それでも、晴希がただの生意気な少年ではなさそうだってことは、なんとなくわかる。危ないこと、してねぇだろうな。無事で何よりとか言われていたけれど……。少しだけ、心配になる。

 妙な空気を漂わせていたが、折原がカウンターの中に戻ってきた頃には、ふたりは会話をやめていた。
「ああ、こんな時間かぁ。沙樹、ごちそうさま」
 突然、立ち上がる晴希に沙樹は慌てた。こんなに謎を残したまま、去るの?
「え、ちょっと、お前……」
「あはは、うそうそ。はい、これ」
 晴希はポケットを探ると、人差し指と中指で挟んだ百円玉を沙樹の前のカウンターに置く。晴希の親指がない右手を見て、何かが頭をよぎったような気がした。なんだっけ。つい最近、何かあった気がしたんだけど。沙樹が考えていると、「じゃあ、またね」と晴希が耳元で囁いた。ぞわっとした耳を押さえ、慌てて晴希を振り向いたが、晴希は何事もなかったような顔で折原に挨拶をしている。
「ご馳走様。また、来ますね」
「ああ、うん。ありがとうございました」
「またな、少年。頑張れよ」
「……どうも」
 晴希は少し不満そうな顔で桧山に頭を下げると、店を出て行った。

 桧山に聞きたいことも、なくはない。なんだか色々知っていそうで、気にはなる。とはいえ、具体的に、何を聞けばいいのかもよくわからないのであった。
 そんなことを考えながら、晴希が置いて行った百円玉を手に取った。あ、思い出した。イルハだ。たしか、イルハも右手の親指がないとか、なんかそんな感じのことを真尋まひろから聞いたんだ。思い出したら、すっきりした。いや、百円じゃ全然、足んねーよ。


「うまく、いってんのか?」
 桧山に声をかけられ、なんのことだっけ、と考えたが、具体的なことは桧山に話していない。でも先日、ほころびや、信頼できる情報提供者のヒントをくれたのは桧山である。
「まあ、ぼちぼち」
「そうか、頼んだぞ」
「え、なにを?」
「はは、面白れぇなぁ、お前は」
 どういうこと? と首を捻ったが、桧山は満足そうに酒を飲んでいた。この人、本当に謎が多い。深入りしたら面倒そうだ。そっとしておこう。

 桧山も1時間ほどで帰り、沙樹はしばらく一人の時間を持て余した。カヨも、晴希も、桧山もいたのに、慌ただしく去って行ってしまった。そもそも彼らの話は沙樹には意味が分からなくて、会話に入ることもできなかったので、妙な寂しさが残っていた。


 そんな、あと30分で閉店時間という頃、LINEの通知。真尋からである。
 【明日、星形の月に行くつもり】
 【沙樹君も来るかな?】
 すぐに「行く」とだけ返信した。本当に、別れてからこんなに会うことになるとは。別れなくてもよかったのでは? いや、でも、別れて解放されたかせもある。無駄なプライドとか、劣等感のようなもの。今の関係だからこそ、楽な気持ちで接していられるのだ。
 それにしても、真尋がここに来るということは、当然折原とも会話するだろうし……大丈夫か? 出口と折原の関係を話した方がよかっただろうか。関わらせたくない一心で、いろんな情報を伏せてしまっているけれど、もう充分関わってしまっている。それでも、折原には近づけたくないのだ。やはり、真尋には全てが片付いてから話したい。

「おまたせ、沙樹君。最近は君を待たせてばかりだね」
「はあ」
 折原はカウンターの中の小さな椅子を引きずり出し、そこに座って長い足を組んだ。話を聞く姿勢を整えてくれるのはありがたいが、今日はそんなにじっくりと話すつもりはない。とりあえず、聞いておきたいこと。
「あの……疑問に思ったんですけど。ほんとに出口の先が無だっていうなら、なんで大事な人を行かせたんですか?」
「行かせた? 君は、僕がイルハを出口に行かせたと思っているのかい?」
 そうだろ? だって折原は出口からイルハを逃がした従者なはず。……でも、神話のことはまだ言わない方がいいか? 慎重に進めなければ。
「まあ、そうだね。僕が行かせたんだ。その時はまだ、出口には光が射していた。初めから、無があった訳じゃない。イルハが出口の先に消えた後、徐々に無が広がっていったんだ」
 折原の伏せた目が寂しく光っていたので、沙樹もほんの少しだけ胸が痛くなった。違和感があったのだ。イルハを逃がすためとはいえ、なぜあんな禍々しい出口へ行かせたのかと。
「あの出口は次の世界に通じているはずだった。少なくとも、僕はそう、信じていた。イルハに次の世界で神になってもらうために、僕が創った出口なんだ」
「え……」
 出口ってこの人が創ったのか! すげぇ。さすが神話の世界は、従者まで変な力持ってんだな。沙樹は、言葉が出ない代わりに、心の中で感心した。いやいや、感心している場合じゃない。この出口のせいで、誰かが消えているかもしれないのに。
「イルハが、次の世界……で神になっている可能性はないんですか?」
「そう願いたいけど、ないと思う。おそらく、あの無こそが、イルハの存在を証明している。イルハは、もはや無なんだ」
 じゃあ、連れて帰るなんて無理だろ。たぶん、この人もそれはわかっているはず。それでも、誰かを出口に向かわせようとしているのか? イルハの件は気の毒な話だとは思うが、犠牲者を出すわけにはいかない。早くどうにかしなくては。まだ、解決策は見えないけれど。
「はあ……今日はもう、帰ります。なんか疲れたし。たぶん、明日も来るんで」
 沙樹は立ち上がりながら、思い出した。
「あ、そうだ。これ」
 ポケットから、先程のぽれった君の缶バッジを取り出した。
「約束だからとか、言ってましたよね。なんの約束だったんですか? さっき晴希の前で話せなかったのは、出口関係の事情があるんじゃないですか?」
 沙樹の鋭い視線から逃れようと、折原は目を泳がせた。
「いや……うん、そうだね。そうだったかもしれない」
「は? どういうこと?」
「僕もよく、わからなくて」
「それって……」
 ある可能性が真実味を帯びてくる。やっぱり……

「誰か、消えてますよね?」

 わかっていた。誰かがきっと、消えているということ。何人消えたのかもわからない。でも、確実に誰かが消えている。
「そう、かも……しれないね」
「かもってなんだよ! てめぇが行かせたんだろ!」
「その可能性は、たしかに、ある……」
 折原は腕を組んで、首を捻っている。誤魔化そうとしているようではないが……。
「覚えてないのか? 誰を出口に追いやったか、覚えてもいないのか?」
「神でもなければ、無になって存在は消えてしまう。忘れようとしたわけでは――」
「黙れ!」
 許せない。自分の罪ごと出口の先に葬るなんて。こいつをいくら問い詰めても、こんなんじゃ消えた人間は絶対に帰ってこない。
 綻び……自分が綻びを見つければ、なにかが変わるのだろうか。桧山は、情報と綻びが必要だと言っていた。まあ、でも、桧山は事情を知らないから、あまり当てにならないかもしれない。それでも、自分にできることは、やっぱりこれだと思う。綻びと情報。でも、どうやって……!
 沙樹は千円札を二枚、カウンターに叩きつけると、そのまま荷物を片手に掴み、店を出た。顔も見たくないが、今後も正面から挑み続けなければならない。逃げるわけじゃない。明日も来るし。早く終わらせなければ……。絶対掴んでやる。絶対逃がさない。まあ、飲食代は二千円じゃ足んねぇけど。万札置いてく義理はない。

 翌日の夜、真尋との約束までには、沙樹も少し落ち着きを取り戻していた。今夜は今夜で、沙樹にとって注意が必要なのだ。折原も昨日の別れ際には、流石に気まずそうな顔をしていた。多分、あの様子から、面白がって余計なことは言わないと思う。真尋も、詮索することはないだろう。でも今日、真尋が星形の月に行こうと言い出したのは、おそらく「カウンターの中の人」が気になっているからだ。間違いなく、その人間は消えている。だが、折原ですらも覚えていないのだ。何かを見つけることはできるだろうか。消えた誰かの、綻びを。

『物事には道理があって、そこに無理や矛盾が生じると、当然綻びが出てくるんだ。どんな綻びかわかんねぇ。説明できない現象や、感情、そんなもんかもしれねぇし、それはお前が気づくしかない。わかるか? お前は綻びを探すんだ』

 桧山の言う、それが綻びなら、既にいくつか見つけているはずだ。まだ繋がらないし、まだ見えないが、きっと何かが変わるはず――。

 やはり今回も沙樹の方が早く店に到着し、ふたつ空いていたお気に入りの席に座った。
「ジントニックでいいのかな」
 折原が控えめに聞いてくる。はい、とだけ答えた。つい昨日のこと、あんなにキレて店を出て行ったのに、当たり前のように店に顔を出しているのは、なんだか酷く滑稽だ。でもここで気まずさを見せたら負けである。開き直って堂々とするべきなのだ。
「あれ、真尋さん。なんだか久しぶりだね。いらっしゃい」
 折原の声に、沙樹が入口を振り向くと真尋の姿があった。久しぶりではない、真尋の姿。真尋は軽く挨拶をして、沙樹の隣に座り、ジントニックを注文した。
「真尋さん、相変わらず忙しいのかい? ふたりが並んでいるのを見るのはいつぶりだろう」
 折原は、沙樹と真尋の前にロンググラスをそれぞれ丁寧な手つきで置いて、微笑んだ。
「いつぶりでしたっけ?」
 真尋が微笑み返すが、間違いなくその質問は「カウンターの中の人」を探っている。もしかしたら、真尋はなんとなくでも折原の正体に気づいているかもしれない。真尋は賢い。沙樹が出口を知っていること、星形の月のスタッフが消えていることなどから、少し考えれば折原に行きつくのは自然である。
「ね、ほんと」
 折原がサラッと誤魔化したが、真尋はそれ以上追究しなかった。折原はどういう心境なのだろう。スタッフがいたことくらいには、ちゃんと気づいているだろうか。気づいてるよな、流石に。全て忘れてしまうなんて、都合が良すぎて反吐へどが出る。
「最近は沙樹君の弟みたいな子が現れてね、見てて面白いよ。沙樹君すごく懐かれてるんだ」
「そうなの?」
 真尋は少し驚いて沙樹を振り向いた。まあ、と曖昧に答える。
「へぇ……それは、少し見てみたいな。弟と仲良くしてる沙樹君なんて想像できないよ」
「想像しなくていいし、仲良くもしてない」
「そうなんだ」
 真尋は面白そうに、ニマニマしていた。この女性ひとはこの女性ひとで、どういうつもりなんだ。せっかく別れたのに、時々、期待しそうになってしまう。まあ、いいや、そんなことは。
 すぐに折原は接客に追われ、沙樹たちから離れた。それでも、バタバタするわけでもなく、一連の動作が滑らかな動きで、そこはやはり、プロのバーテンダーなのだろう。沙樹と真尋は、そんな折原を眺めながら酒を飲んでいた。
「なんか、不思議だね」
「なにが?」
「落ち着くような、落ち着かないような、妙な違和感みたいなのがあって」
「ああ」
 すごくわかる。真尋も感じるのか。それなら、桧山たちも感じているのかもしれない。目に見えない、小さな綻び。
「掴めそうな気がするんだけどなぁ」
 沙樹がため息混じりに呟くと、真尋が振り返った。
「なにを?」
「綻び」
 綻びかぁ……と真尋は小さく呟く。真尋といると、多くを説明しなくても伝わるからありがたい。
「俺たちは、どこかに綻びがあるってことを知っている。必死に探せば、掴めると思うんだ」
 例えばそう、謎の花束とか。折原が忘れている、ぽれった君とか。間違いなく、消えた誰かの綻びなのだ。消えた事実を知っている者にしか見つけることができない綻びがきっとある。

 じめっとした生温い風。空気が重い。そういえば、明日の予報は雨だった気がする。
「今日はありがとう。いい気分転換になったよ」
「うん、俺も」
 結局、収穫はなにもないけれど、単純に真尋とゆっくり酒が飲めたのは、価値あるひとときだった。
「今度、弟君も紹介してね」
「弟じゃないし、生意気だから紹介したくない」
 真尋を駅まで送った、帰り道。結局終電近くまで飲んでしまった。こんな時間まで真尋と一緒にいたのは、初めてかもしれない。日曜だというのに。

 弟みたい、か。そういや、あいつは地元でみんなの弟だったんだっけ。そんなことを考えていたら、脇を黄緑色のトールワゴンが走り抜け、ヒヤッとする。あっぶね。またあれか、ルーミー。なんかあの車、前も……あれ?

 なんだろう。
    なんだっけ。

 心臓の音が脳に響く。なにかが、確実に近づいてくる。小さな光……絶対逃がすな。掴むんだ……!

   もう少し――。
       もう少し――。

「ジントニック一丁!」
 ――このノリ……。

「そういえば、晴希、元気? 弟くん」
 ――カヨの声? 弟くん……。

「だから今も、ずっと怖い夢見てるんじゃないかって」
 ――誰かの……心配をしていた……

「弟の名前、神郷晴希っていうの。かっこよくない?」
 ――懐かしい声。神郷こうざと……

「お礼にぽれった君の缶バッジ、あげるから!」
 ――いらねぇよ……ダメだ、息が苦しい。

「手ぶらで行くつもり?」
「花屋あるじゃん、沙樹君!」
「……ウヤっていうバカからだって、言っていいからさ」

 ああ……。
    ユウヤだ……。





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