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「家が楽」と言う長女。だらしなく過ごせる家も安心なのかも(笑)

長女が、「家が楽なんだよね」と言いました。

家でリラックスしてほしいと思ってきた私にとって、それはとてもうれしい言葉。
ただし、その「楽」の中身は、寝転がってレポートをしたり、リビングに荷物を置きっぱなしにしたり。

子どもが大きくなると、「安心できる家」の形も変わるのかもしれません。


この記事は 「フリーランスの日常2026」シリーズの 51 です。
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「家が楽なんだよね」と言われた


「家が楽(ラク)なんだよね。だから、ちょっと帰ってきた。」

朝、塾のバイトに行って、お昼に帰ってきた長女が突然言った。

ほんの数時間の空き時間ができて、ちょっと気を緩めるために帰ってきたらしい。
夕方になったら、またバイトに戻るらしい。

長女の言葉を聞いたとき、私は嬉しくなった。

なぜなら、小さい頃から、

家ではリラックスしてほしい
家に帰ってきたら、力を抜いてほしい

そう思いながら、ずっと家の雰囲気をつくってきたから。

「家が楽」

その言葉を聞いて、母として目指してきたことが、ちょっと認められたような気持ちになった。


ただし、「家が楽」の中身はかなりだらしない

でも。

「そりゃあ、楽だよね(笑)」
って、ツッコみたくなることも多い。

だって、だらしなくても、私は何も言わないから。

もう、大学生。
もう、成人。
もう、大人。

そんな子に、いちいち注意していられない。
というか、自分で気づいて、考えて、行動してくださいよ、と思っている。

だから。

家でレポートを書くときは、寝転がったままパソコンを開いたり。
夜遅く帰ってきて、そのままリビングで朝まで寝たり。
荷物をリビングに置きっぱなしにしたり。

長女は、そんな生活をしている(笑)

とはいっても。
大学やサークル、バイトで忙しいのもわかっているから、

「家では、ちょっとくらいだらしなくてもいいよね」

とも思っている。

どうやら長女にとっての「家が楽」には、だらしなく過ごせることも含まれているらしい。


小さい頃の「安心できる家」は、親が整えてくれる家だった

子どもたちが小さい頃を思い出すと。
「家が楽」というより、「安心できる家」の形が、今とは違っていた。

小さい頃は、学校から帰ってきて、
「うんうん、そうだね~。すごいね!かっこいいね!」
と、話を聞いてもらったり。

失敗しても、
「よくがんばったね!すごいね!ここからどうしようか?」
と、励ましてもらったり。

生活リズムを整えたり、勉強の習慣を作ったり。

ついでに言うと。
学校から帰ってきたら、すぐに荷物は自分の部屋に持っていく。
そんなルーティンを作ったり。

そういう日常になるように、親が手をかけることが「安心」につながると思っていたし、私自身もそうしようとしていた。 


今は、親が管理しすぎないことが安心なのかも

子どもたちが大学生、高校生になって。

「安心」の形が変わってきた。
自分で決めても、いちいち口を出されない。

私が言うことといえば、

「どうぞ、どうぞ。まずはやってみてください」

だったりする。

疲れて帰ってきたときも、基本的には放置。

というより、夜遅く帰ってくる頃には、私はすでに夢の中。
それぞれが、それぞれのペースで動いている。

多少だらしなくて、リビングに荷物が置きっぱなしでも、いちいち怒らない。

もう、ここまで大きくなると、私が怒っても効果がない(笑)

「お母さん、また口うるさく言っているな。適当に受け流しておこう」

くらいに思われている。
なんとなく、私のほうがうまくあしらわれている感じすらある。

これって、きっと。

親が整えてくれる安心から、親が管理しすぎない安心へ。

そんなふうに、形が変わってきたのだろう。


怒らないのは、気にならないからではない

とはいっても。
ごちゃごちゃになっているリビングの荷物には、普通にイラつくこともある。

だって、掃除がしにくいし、うっかり踏んでしまうこともある。

だから、久々に長女に言ってみた。

「リビングに置いてある荷物、イラついてはいるからね。忙しいから何も言わないだけだよ。」

長女は、答えた。
「すいませ〜ん。夏休みになったら片づけま〜す。」

ほらね。
軽いよね。

母の威厳は、もうあまりないらしい(笑)


この記事は「フリーランスの日常2026」シリーズ 51 でした。
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