見出し画像

「命がけで頑張ったことがない」長男の言葉に、少し考えた

「命がけで頑張ったことがない」

長男が、そんなことをぽつりと言った。
その言葉をきっかけに、努力や満足感について、少し考えたことを書いてみる。 


この記事は、母が知る「附属高校の世界」 シリーズ第6話です。
▼前回は、こちら


「命がけで頑張ったことがない」と言った長男

「俺は、何かを命がけで頑張ったことがない。
このままいくと、それを経験しないまま人生が終わりそうで、ちょっと後悔しそう。」

ある日、長男がぽつりと言った。
私は、その言葉にかなり驚いた。

もしかしたら。

これは、私立、都立を問わず。
単願推薦だろうが自己推薦だろうが関係なく。

推薦で合格した子の中には、長男と同じような気持ちでいる子もいるのかもしれない。


なぜ、そう思ったのか

長男が、理由を話してくれた。

「一般入試の子たちって、一生懸命勉強してくるでしょ。
長女ちゃんや次女ちゃんの大学受験も、生活のすべてが受験で。
すごいなって思ってて。

でも、俺は、その経験がない。高校受験も推薦しか受けてないし、これからの人生でも、受験はないから……」

ほう。

長男は、一般入試を戦ってきた同級生や、長女や次女の大学受験を見て、そう感じたようだった。

横で見てきたからこそ、
「推薦で受かった自分は、あそこまでやっていない。ちょっとやり残している。なんとなく自信がない。」

そんなふうに思っているらしい。


でも、私は少し違う見方をしている

これは、長男にも伝えたんだけど。
私は、長男のやり方も、すごいと思っている。

たしかに、一般入試には、短期間で一気に追い込むようなあの緊張感がある。

でも。
長男は、スポーツと勉強を両立させながら、中学1年の頃からコツコツと積み上げてきた。

特別なピークがあったわけではないけれど、1日10時間以上勉強することも「普通」になっていた。

株で言うなら。
一般入試は、短期で一気に上がる動き。
長男のやり方は、時間をかけてじわじわ伸びていく流れ。

形は違うけれど、どちらもそれぞれすごい、と私は思っている。


満足できるかどうかは、どこで決まるのか

長男の話を聞いていて、ひとつ思ったことがある。

それは、自分が満足できるかどうかは、「どれだけやったか」ではなく、「どこまでやりきったか」で決まるのかもしれない、ということ。

どれだけ時間をかけても、どれだけ努力しても。

「もう少しできたかもしれない」
「ここが限界だったとは思えない」

そう感じてしまうと、どこかやり残した気持ちが残る。

逆に。
短い期間だったとしても、「もうこれ以上は無理だ」と思えるところまでやったとき。
人は、はじめて「やりきった」と感じるのかもしれない。


長男は、今、探している

話の最後に、長男はこう言った。

「高校生や大学生の間に、何か、命がけでやったと思えるものをやりたい」

長男よ。
どんどんやっちゃえ(笑)

「英検1級や学年1位を目指すのはどう?」
と聞いてみたけれど、それはちょっと違うらしい。

いろいろ話してみたけれど、結局、これというものはまだ見つかっていない。

でも。
こうやって自分で考えて、探している時間も、きっと大事なんだろうな。
だから、今は。
無理に答えを出さずに、長男のペースで見守っていこうと思う。


この記事は、母が知る「附属高校の世界」 シリーズ第6話でした。
▶次回、第7話は こちら
▶第1話は、こちら


▼長男の高校受験体験記はこちら。
附属高校だけでなく、都立高校や英検のことなども、いろいろ書いています。



「これ、ちょっと聞いてみたい」があれば、質問箱からお気軽にどうぞ。※匿名で質問できます。
我が家の経験でお答えできることなら、ゆるっと回答します。



★こちらもおすすめです★


いつもお読みいただき、ありがとうございます!
またお越しいただけたら、嬉しいです。

いいなと思ったら応援しよう!