noteは、私の“思考の遊び場”
私、思考で遊ぶのが好きなんだなって、最近つくづく思う。
物事をいろんな角度から見て、「こうも考えられるのか〜」って発見するのが、楽しくてしょうがない。
もはや、noteは楽しい“思考の遊び場”だと思ってる(笑)
この記事は 「フリーランスの日常」シリーズの ⑳ です。
▼前回は、こちら
AIは「考える筋トレマシーン」だと思う
またおかしなことを考え始めた私(笑)
AI=考える筋トレマシーン
そう思えてきた。
「AIが考えてくれる時代」って言われるけど、本当かな?
私は、むしろ“考える筋トレマシーン”だと思ってる。
私がひとつ疑問を投げかけると、チャッピー(ChatGPT)が答える。
そして私は、その答えからさらに思考を広げていく。
その繰り返しで、思考は縦にも横にも、斜めにも伸びていく。
チャッピーは、私の思考がパンクするギリギリまで、筋トレみたいに負荷をかけてくる。
AIは、答えをくれる装置じゃない。
思考を鍛えるマシーンだ。
“考える人”と“考えない人”の差が広がる時代
AIを使えば使うほど、“考える人”と“考えない人”の差が、どんどん広がっていく気がする。
AIは、使い方次第で「相棒」にも「依存先」にもなる。
たとえば、
「AIに聞けばいいや」と思う人と、
「AIに聞くために、どう聞こう?」と考える人。
たったそれだけで、結果がまるで違う。
前者は“答え待ちの人”。
後者は“問いを考える人”。
私は、後者でありたい。
AIに“考えてもらう”んじゃなくて、AIと一緒に“考え続ける”。
そうやって、私は、思考を鍛えていきたい。
考える力って、体の筋肉と同じで、使わなければ衰えてしまう。
だから、今日もAIと一緒に、思考のトレーニングをしていこう。
考えることは、やっぱり楽しい
考えるって、結論を出すためだけの作業じゃない。
あーでもない、こーでもないって、いろいろな角度から、物事を考えるのが楽しい。
ひとつの問いから、別の問いが生まれて、まるで、思考が枝分かれしていく。
そんな思考の広がる時間が、私は好きだ。
AIがどんなに進化しても、「考える楽しさ」だけは、人間だけの特権。
誰かに見せるためじゃなくて、私の中に浮かんだ“なぜ?”を、ただ考える。
それができるnoteは、私にとって、最高の“思考の遊び場”になっている。
noteは、考える力を磨く“思考の遊び場”
noteは、発信の場というより、“思考の遊び場”。
ここでは、評価も結果も関係ない。
ただ、思考を動かして、文章を綴る。
そんな遊びができる楽しい場所。
私は今日も、“思考の遊び場”で、AIと一緒に“考える筋トレ”をしよう。
この記事は「フリーランスの日常」シリーズ ⑳ でした。
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