死者の弔い方が多様化し、死者と旅する「旅行葬」も
亡くなった人に対する弔い方が多様化している、という記事が掲載されていました。
その例として書かれていたのが、棺に収めたご遺体と一緒に思い出の地を旅する、というもの。
霊柩車やマイクロバスに棺を乗せて、ご遺族や友人と一緒に、故人ゆかりの地を巡る「旅行葬」というようです。
病気や老衰で生前に果たせなかった帰省や、旅行の願いを叶え、心を込めた最後のお別れができる、という考え方で注目されているようです。
そうした言葉は知りませんでしたが、私も父が亡くなった後、父の実家までご位牌を持って行って、実家のご兄弟と話をしたのでした。
こうした行為には、そうした亡くなったご遺体への弔い、という意識ももちろんありますが、記事にも書かれていましたが、子供が亡くなった親に対してできる「最後の親孝行」という考えもありました。
故人が本当にそれを望んでいるかはわかりませんが、実はそれよりも、亡くなった方に会えない悲しみや、遺族への感謝や様々な想いを昇華するには、故人とじっくりと時間を過ごす「旅行葬」が大事なのでしょう。

実際、日本人の死生観を研究している京都大学のカール・ベッカー特任教授は、「実際に個人の思い入れのある場所へ行って、知人や家族と個人の思い出を語り合い、遺体を見て触れることには遺族の悲嘆を癒す効果がある」と話しているようです。
今月の第二日曜日に円覚寺へ行った際に、横田南嶺さんに紹介して頂いた柳田邦男さんの本の中に、「死後生」という言葉がありました。
「死後生」とは柳田邦男さんが作ったキーワードで、人は死によって肉体は失くなっても、その人の生きた証である生き方や言葉や、周囲に寄せた愛や思いは、家族や親密な関係にあった人々の心の中で生き続け、リアリティにも満ちているものであって、人は死が終わりなのではなく、死後も残された人の人生を膨らませながら成長を続けていくものである、という考え方です。
そうした「死後生」を遺族と共に生き、少しでも苦しく悲しく辛い現世を生きる力になれば良いな、と感じます。
こうした死生観の変化も、今後の私たちの生活や哲学に、何かしらの影響を与えてくるのではないかとも思います。
少しでも現実と向き合って、生きやすい世の中にしていくために、「死後生」もしっかり見つけて生きたいものですね。
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