3 父親 【クリスマス連続ショートショート】
サンタクロースの葬式に行った。
正確には、サンタクロースの代理だ。昔、父親だった人。今もそうか。
小学生の頃、苗字が「柊」から「野沢」に変わって、友達が腫れ物を触るみたいに私を遠巻きに扱った。今思えば、みんなやさしかったんだろう。前年に兄が亡くなっていたことも多少の影響があったのかもしれない。交通事故だった。父も母も壊れてしまうかと思うくらい悲しんで、実際父はどこか壊してしまった。昼も夜も、ずっと働いているばかりになった。
名古屋市の北区の方で小さな印刷所をやっていた。名刺やチラシ、はがきなんかの小さな印刷物を請け負っていた。母が父と別れて引っ越した後も、年に数回、少なくとも大晦日には父のところに顔を出すようにしていた。近くにある久国寺というお寺で鐘をついて、お昼に年越しそばを食べる。父は始終無口で、私ばかりが喋るはめになる。高校生ぐらいまではそれが嫌でたまらなくて、社会人になる頃にはそれどころじゃなくなった。仕事仕事とそばをすすりながら言う私に、「無理するなよ」と父が珍しく言って、どの口が、と心の声をそばと一緒に飲み込んだ。
5年前に印刷所を畳んだ。祖父が始めたもので、惜しむ人も多かったらしい。詳しくはわからない。父は話すことそのものが下手だったし、母は父親の仕事について話したがらなかった。畳んだのは病気のせいだ。肺に癌がみつかった。注文が減っていたせいもある。「畳むことにした」と、その年のそばにむかって父がつぶやいた。悲しそうな、ほっとしたような顔だった。
ほどなくして感染症が流行って、一昨年は年越しそばを食べには行けなかった。去年久しぶりに会ったら、名刺をくれた。「サンタクロース代理業」と書いてあった。驚いた私の顔を見て、「ちょっと面白いだろ?」と父が笑った。この人も笑うんだなと思った。「本当にやっているの?」と私が聞くと「そうだな」と首をひねって「そうかも」と小さくいった。楽しそうだった。抗がん剤の治療を続ける父は食欲が細っていて、そばを残した。席から立ちあがるのを手伝いながら、この人が楽しそうで良かったと、素直に思った。
小さなお葬式だった。伯母が喪主をしていたけど、もうほとんど覚えていない。他の父方の親戚にしてもおんなじで、気まずいのを我慢して式場をでると小雨が降っていた。
「涙雨」、と呟く声がして、ふりむくと伯母だった。私が傘をもっていないのを悟って「止むまで待ってからいきなさい」と中から手でまねく。待合で暖かいお茶をくれた。「来てくれてありがとうね」と言われて、苦笑いした。
「ほとんど何にもなかったけど」伯母が手帳から名刺を取り出して、お茶を飲んでいる私にだしてくる。
ふきだしそうになった。「サンタクロース代理業」。父が前に見せてくれた名刺だ。
「笑っちゃうでしょ」伯母も笑う。「あのこ、そこのアパートに部屋をかりてて、鍵、わたしとくから、何か欲しいものがあったら、持って行ってやって。来週末には、引き払っちゃうから」鍵を渡される。よれた封筒も一緒だった。『保子へ』と父の字で書いてある。
「手紙だって」少し涙目になりながら伯母が言った。「気が向いたら、読んでやって」ぽんぽん、と肩をたたかれる。白いハンカチで目を押さえながら、顔を下に向けた。泣いているのだろう。姉弟だから、当然だ。「ありがとうございます」わたしも席をたつ。伯母が顔を下に向けたまま無言で手を振った。
式場を出ると雨はもう止んでいた。わたされた名刺をみて、また苦笑いした。お葬式に雨に。とんだサンタクロースだと思う。代理だからそんなものか。
鍵と手紙とをカバンにしまう。明日行ってみようと思った。母には内緒だ。嫌がるだろうから。
雨に濡れた道を歩き始める。路地の影を小さなねずみが横切ったような気がした。
ショートショート No.516

このお話は12月1日から25日まで毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。
連続ショートショート
サンタクロースとねずみの王さま
目次
1st week お天気配送業
12月1日 小さなねずみのはなし(その1)
12月2日 おかしなラジオ(お天気配送業 柊屋提供)
12月3日 父親
12月4日 名刺
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