【発達凸凹】僕に海外ノマドが心地よかった本当の理由――収入を得る文化と、暮らす文化を分けて生きる
僕は30代のころ、夫婦で海外――中華圏からアジア〜ヨーロッパにかけて――を転々としながらリモートワークをしていた。いわゆるデジタルノマドというやつだ。
僕には日本社会の空気が、どうにも重かった。
言わなくても察する。
頼む前に遠慮する。
本題に入る前に、関係の温度を整える。
相手に負担をかけないように、先回りして自分を小さくする。
そういう日本的な対人プロトコルから離れると、少しだけ呼吸がしやすくなった。
だから今でも、海外生活への憧れが完全になくなったわけではない。
またどこかの街で、朝に市場を歩き、昼に仕事をして、夜に知らない言葉のざわめきの中でご飯を食べる。
そんな暮らしを、もう一度してみたい気持ちはある。
でも、アラフィフになった今の僕は知っている。海外に出れば楽になる、というほど単純ではない、ということを。
僕は「意味の読解」から逃げたかったのかもしれない
1年近く前、僕は「言葉の通じない外国にいると、なぜか脳が休まる」という記事を書いた。
ハノイの小さなカフェで、ベトナムコーヒーを前にぼんやり座っていた時のことだ。
周りの席から漏れ聞こえるベトナム語は、僕にはまったく分からない。
意味は取れない。
ただの音の連なりとして耳に入ってくる。
それが、妙に心地よかった。
日本のカフェなら、たぶんこうはいかない。
僕はその時の記事で、「僕の脳には、適度に意味を持たない刺激が必要なのかもしれない」と書いた。
今なら、もう少し別の言い方ができる。
僕はきっと、生活する文化から、「意味を読み取る仕事」を外したかったのだろう。
収入をもたらす文化と、生活する文化を分ける
今になって思う。
僕が海外ノマドのような暮らしに心地よさを感じていたのは、単に「海外が好きだった」からではなかったのかもしれない。
収入をもたらす文化と、生活する文化が分かれていたからだ。
仕事は日本語で受ける。
日本やオンラインの市場から収入を得る。
でも、朝起きて歩く街、買い物をする店、隣の席から聞こえる言葉、夕方の空気は、日本社会のものではない。
稼ぐ文化と、暮らす文化が少しズレている。
そのズレが、僕には心地よかった。
発達特性のある人間にとって、ひとつの文化圏に仕事も生活も人間関係も評価もすべて預けることは、もしかすると想像以上に負荷が高いのかもしれない。
もちろん、海外に行けばすべてが楽になるわけではない。
現地には現地のルールがある。
現地の人間関係がある。
現地の面倒くささがある。
そして、外国人として暮らす不自由さもある。
でも、少なくとも僕にとっては、生活空間から日本語の意味処理が外れることに、大きな救いがあった。
仕事では日本語を使う。
でも、生活では日本語の文脈から少し離れる。
その分離が、僕の脳を休ませていたのだろうと、今となっては思うのだ。
僕たちは、文化の隙間で息をしてきた
このような生き方を、最近の僕は「文化アービトラージ」と呼んでいる。
アービトラージ(裁定取引)とは、本来は市場間の価格差を利用することで、株式や為替などのトレーダーの間ではよく知られた言葉だ。
安い場所で買い、高い場所で売る。
ある場所では価値が低いものを、別の場所で価値に変える。
文化の世界でも、似たようなことが起きる。
日本語ができること。
日本の仕事文化を知っていること。
日本人としての信用があること。
日本の市場にアクセスできること。
それらは、日本の中では当たり前すぎて価値に見えにくい。
でも、別の文化圏に身を置くと、それが生活を支える資産になることがある。
それでいて、現地社会に完全に組み込まれるのではなく、少し外側にいる人として暮らす。
厳しく見ればそれは「逃げ」の生き方だったのかもしれないけれど、でも同時に、僕にとってはかなり合理的な生存戦略でもあった。
僕たちは、文化と文化のあいだにできた隙間で息をしてきたのかもしれない。そんなことを思っている。
ただ、その隙間はだんだん細くなっている
少なくともここ20年間ぐらいは、日本から海外に出ることは、余白を生み出す力があった。
日本円で稼ぎ、物価の安い国で暮らす。
日本語や日本文化を知っていることが、海外では少し珍しい価値になる。
航空券も、今よりは気軽だった。
オンラインで働く人も、今ほど一般的ではなかった。
でも、その前提は少しずつ崩れている。
円安。
物価高。
航空券や燃油代。
ビザや滞在資格の問題。
オンライン仕事の競争激化。
そして、自分自身の体力や年齢。
かつては気合いで越えられたものが、今では生活設計の前提として重くのしかかる。
海外で暮らすことそのものが無理になったわけではない。きっと今でも、うまく設計できる人はいるだろう。
でも、少なくとも僕にとって、30代のころと同じ感覚で海外に出ることは、もう難しくなってきた。
そしてこれは、僕だけの話ではない気がしている。
かつて「日本社会がしんどいから海外へ」と考えていた人たち。
日本の外側に、少し呼吸しやすい場所を見つけていた人たち。
文化の隙間で、なんとか自分を保っていた人たち。
そういう人たちの中には、これから立ち行かなくなる人も出てくるのではないか。
なぜなら、文化の隙間で生きるには、その隙間そのものが安定していなければならないからだ。
僕が海外ノマドから離れた理由
僕が海外ノマド的な暮らしから、国内地方都市での暮らしへ移ったのは、何か一つの大きな決断があったからではない。
最初は、コロナの少し前だった。
家族の状況が変化し、生活設計を見直す必要が生じた。そこで、しばらく日本にいて、体制を整えた方がいいと思った。
そうしているうちにコロナが流行し、海外に出るどころではなくなった。
やがてコロナは収束に向かい、また海外に出ようと思えば出られる状況になってきた。
さあこれからどうしようかと夫婦で話し合ったところ、夫婦それぞれに、高齢の親の近くにいてあげたいという気持ちが出てきていることに気が付いた。
さらに、円安、物価高、燃油代、体力の問題が重なり、気づけばかつてのように「日本の外に出れば呼吸が楽になる」とだけ考えられる年齢ではなくなっていた。
海外生活への憧れが消えたわけではない。
でも、人生の条件が変わった。
どこに行けば自分が楽か。
若い頃はそれだけを考えていれば良かったけど、それだけでは足りなくなった。
誰の近くにいる必要があるか。
長距離の移動に耐えられる体力があるか。
頻繁な環境の変化、不安定な世界情勢に巻き込まれてもメンタルは大丈夫か。
為替や航空券に生活を左右されないか。
家族の安心をどう確保するか。
仕事の継続性をどう守るか。
そういうものまで含めて、環境設計を考える段階に入った。
東京の給料で、地方都市に暮らす
だから今の僕は、「東京の給料で、地方都市で暮らす」という形に落ち着いている。
海外ノマドに比べればずいぶん地味だけど、本質はあまり変わっていない。
収入をもたらす文化と、生活する文化を少し分ける。
仕事では大都市の市場に接続しながら、生活ではその対人密度や職場文化から距離を取る。
かつて僕は、それを海外でやっていた。
今は、日本国内でやっている。
大事なのは、「地方」ならどこでもいいということではない。
完全な田舎は、また別の意味で濃い。
地域共同体、近所づきあい、役割期待。
それらが合う人もいるだろうけれど、僕には少し重い。
僕にとって現実的だったのは、匿名性の残る地方都市だった。
生活コストは大都市より抑えられる。
でも、必要な店や医療や交通はある。
人間関係も、濃すぎない。
東京の職場文化に毎日飲み込まれる必要もない。
東京の仕事を、地方都市で受ける。
それは、海外生活を諦めたというより、海外で得ていた「文化のズレ」を、今の体力と家族状況と経済条件に合わせて、国内版に作り替えたのだと思う。
僕は海外で得ていた“ズレの効能”を、日本国内で再現する方法を探すようになったのだ。
半年前の僕が書いていたこと
半年前、僕は「左利きを矯正する努力、本当に必要?」という記事を書いた。
そこで言いたかったのは、発達凸凹のある人間が「普通」に合わせようとして壊れていくのは、本人の努力不足ではなく、環境とのミスマッチなのではないか、ということだった。
でも今になって思うのは、あの記事で僕がぼんやり言っていた「環境ハック」は、仕事のやり方だけの話ではなかったのかもしれない。
文化そのものも、僕たちにとっては“道具”だったのだ。
どの文化で働くか。
どの文化で暮らすか。
どの文化の人間関係に身を置くか。
どの文化の評価基準にさらされるか。
それらは、僕たちの脳にとって、単なる背景ではない。
毎日触れ続ける道具であり、環境だ。
合わない道具を使い続ければ手は痛むし、合わない椅子に座り続ければ身体は歪む。
同じように、合わない文化プロトコルに全人格を預け続ければ、心は少しずつ削られていく。
だから、環境をハックするというのは、単にノイズキャンセリングヘッドホンを買うことだけではない。
仕事の受け方を変えること。
住む場所を変えること。
人間関係の距離を変えること。
評価される市場を変えること。
そして、稼ぐ場所と暮らす場所を、あえてずらすこと。
そういう大きな設計も、環境ハックなのだと思う。
「逃げる」から「設計する」へ
若いころの僕は、たぶん逃げていた。
日本社会がしんどい。
会社の空気が苦しい。
人間関係の読み合いが重い。
意味を読み取らされ続ける生活に疲れる。
だから海外に出た。
それは確かに逃げだったのかもしれないが、逃げたからこそ分かったこともある。
自分が何に疲れていたのか。
どんな刺激なら休まるのか。
どんな距離なら人と関われるのか。
どのくらい文化からズレていると、呼吸がしやすいのか。
逃げることは、必ずしも悪いことではない。
壊れる前に距離を取ることは、時に必要だ。
ただ、これからの僕に必要なのは、ただ逃げ続けることではなく、自分が壊れにくい構造を設計することだと思っている。
どこに行けば楽になるか、だけでは足りない。
どこから収入を得て、どこで暮らすのか。
どんな人間関係の距離なら保てるのか。
その組み合わせは、為替や体力や家族状況が変わっても続けられるのか。
そこまで考えないと、文化の隙間はいつか崩れる。
あなたの「文化の組み合わせ」は何ですか
僕は、海外に出たいと思っていた昔の自分を否定しない。
あの頃の僕には、確かに日本社会の外側に出る必要があった。
外に出て初めて、自分が何に苦しんでいたのか分かった部分もある。
でも今の僕は、もう少し違う形で、自分の居場所を設計している。
大都市の職場文化には深く飲み込まれず、かといって濃すぎる地域共同体にも入り込みすぎない。
収入市場と生活コストと対人距離を、少しずつずらす。
それは、昔夢見た海外ノマドほど派手ではない。
でも、今の僕にとっては、こちらの方が壊れにくい。
「文化アービトラージャー」として生きるというのは、たぶん、遠くへ行くことそのものではなく、自分がどの文化で消耗し、どの距離なら息ができ、どの収入構造なら生活が崩れにくいのか。その組み合わせを、自分で設計し直すことなのだと思う。
あなたがいちばん消耗しているのは、仕事の文化だろうか。
生活の文化だろうか。
それとも、評価される場所と休む場所が、同じ文化に重なりすぎていることだろうか。
海外に行こう、という話ではない。
地方に移住しよう、という話でもない。
ただ、収入を得る場所と、暮らす場所。
評価される場所と、休む場所。
意味を読む場所と、意味を読まなくていい場所。
それを、少しずつ分けてみてもいい。
今の僕は、午前中、東京の仕事を片づけてから、地方都市のスーパーで買い物をする。週末には家族とイオンや駅前に出かける。
すれ違う人の顔色を、いちいち読まなくていい。
職場の空気を、家まで持ち帰らなくていい。
かつてハノイのカフェで、意味を持たない音に救われたのと、たぶん同じことだ。
場所は変わっても、僕はまだ、文化と文化の隙間で息をしている。
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