ビートルズ『OLDIES』60th Anniversary盤から考える 正しき「音楽批評」
ーー 解説の「ツッコミどころ」という言葉が意味するもの ーー
1.ビートルズ『OLDIES』の批評を 松本清張の推理小説『点と線』から読み解く
先日、有名な某ネットショップで、『A Collection of Beatles Oldies』60th Anniversaryの商品説明を読んでいて、私はふと手を止めてしまいました。

そこには、こう書かれていました。
急遽リリースされることになった状況から、慌ててステレオ・ミックスが作られたり、「シー・ラヴズ・ユー」が疑似ステレオで収録されたりと、マニアの突っ込みどころも多いアルバム
「突っ込みどころが多い」
実に軽い言い回しです。
冗談めかした、親しみやすい表現なのかもしれません。
しかし、私はこの一文にどうしても引っかかってしまいます。
なぜなのでしょうか?
読み進めるうちにわかってきました。
そして、その「違和感の正体」が徐々に見えてきました。
それは、
「60年前の作品を 現代の基準や視点で裁いている」語り口
だったからです。
2.『文学』では、そんな読み方はしない
同じことを文学で行ったらどうなるでしょうか?
☝️松本清張の推理小説 『点と線』の時代

普及の名作として、現在でもその評価は高い
1957年という当時の時代、
長距離の移動手段の中心は国鉄などの鉄道と青函連絡船などの船舶でした。


当時、航空機はまだ一般的とは言えない時代でした。
というより、航空機で移動という発想がなかった時代でした。
だからこそ、飛行機を利用した移動が盲点となり、
物語はトリックとして成立します。
このような事情があるのにもかかわらず、
現代の読者が次のような発言をされた場合、どう思われますか?
「飛行機という、単純すぎるチープなトリックで、
“ツッコミ”どころ満載の多い推理小説だ。」

そんなことを言うものなら、
たちまち誰からも相手にされないことでしょう。
それは批評ではなく、単なる時代錯誤だからです。
文学を読むとき、私たちは自然と、
「その時代の条件に身を置いて考える」
という態度を当然とるはずです。
その暗黙の了解という礼儀があります。
3.なぜか「音楽」だけは別基準にする不思議
ところが、音楽になると、
この当然の前提が、なぜか消えてしまっています。
1966年 ステレオ盤『OLDIES』の時代

→画像をクリックすると、「She Loves You」が聴けます
ステレオは登場してまもない技術であり、確立されていない技術でした。
セパレートステレオが一般家庭に入り始めた頃は、セパレートの意味の「左右」に分離した音が出るというだけで、今までにないワクワク体験、新鮮かつ斬新なサウンドに未来を感じていました。
そのため、その過渡期に生まれたステレオミックスが、
今日の基準から見れば、たいへん稚拙に聴こえるのは当然なことでしょう。

しかし、それは、欠点なのでしょうか?
むしろ逆ではないでしょうか?
なぜならば、ステレオというのは左右のスピーカーから別々の音が出るという事実は知っていても、それをどう運用するかはまだ未知の世界でした。
そのため、そこには、
新しい時代へ追いつこうとする試行錯誤の跡が刻まれています。
言わば、「技術史」のドキュメントになります。
それを「ツッコミどころ」と呼んでしまう感覚に、
私はどうしても賛同できません。
🤔 なぜわざわざ「擬似ステレオ」にする必要があったのか?
現代音楽評論家が絶賛するモノラル盤が存在するであれば、擬似ステレオは必要ないはずです。
しかし、わざわざ手間暇かけてまで、なぜ敢えて「擬似ステレオ」にしなけばならなかったのでしょうか?
現代音楽評論はこの点を全く言及していないのは誠におかしな話しです。
【答え】 ☝️その 当時は、「ステレオサウンド」を切望していたから
当時普及の兆しを見せた最新の音響機器「セパレートステレオ」の存在を際だせるための、デモンストレーション的な価値です。
店頭でプレゼンする最適な手段が、左右に完全分離したステレオサウンドやモノラル音源からの擬似ステレオ化になります。
4.批評に必要なのは、「優劣」ではなく『座標』
私は、モノラルが良いとか、ステレオが良いとか、
そういう好みの話をしているのではありません。
音楽は自由であるべきです。
どのように聴こうが構いません。
ただ、作品を語るのなら、
「どの時代の座標で語っているのか」を明確にすべき
ではないでしょうか?
ところが、現代の評論には、奇妙な混在があります。
⭕️「当時の空気」を大切に聴くこと勧める一方で、
❌「最新のオーディオ機器」で音質評価をしている。
この全く別の基準が、平然と同居しています。
歴史的文脈を尊重すると言いながら、
判断基準は現代のオーディオ・スペックで語る。
これでは、ただの後出しジャンケンです
☝️モノラル盤『OLDIES』の頃の「空気の正体」
当時の空気を正しく掴むなら、
モノラル盤のレコードをポータブルレコードプレーヤーで
聴かない限りは、本当の当時の空気とは言えません。

☝️どちらの「当時の空気」を選ぶか?
もし、皆さんが当時の時代にいたのなら、どちらを選びますか?
当時の選択肢は2つありました。
① 「ステレオ盤」を、セパレートステレオで聴く
普及の兆しはあったものの、一般家庭への普及率はまだ低い状態であり、いわば当時の憧れ、羨望の聴き方でした。
② 「モノラル盤」を、モノラルレコードプレーヤーで聴く
一般的な家庭では、まだまだポータブルモノラルプレーヤーを使って、モノラル盤を聴くスタイルが主流でした。
しかし、当時の音楽ファンにとっては貴重な音源として聴いていました。
5.作品はその時代の中で呼吸している
ーー 当時の空気を掴むことの大切さ ーー
松本清張の小説『点と線』も、
ビートルズのステレオ盤『OLDIES』も、
等しくその時代の空気の中で生まれたものです。
制約があり、未完成があり、しかし同時に熱気がありました。
その呼吸ごと理解しようとすること。
それが、作品に向き合う最低限の誠実さではないでしょうか?
断罪は簡単です。
しかし、当時の理解には想像力が必要です。

モノラル盤『OLDIES】のリスニング推奨のプレーヤーかもしれません
批評とは、本来その想像力の営みのはずです。
私はただ、「ツッコミどころ」という軽い言葉の代わりに、
ほんの一行でいい、当時の熱気を伝えてほしかっただけです。
それだけで、言葉はずっと優しく、
そして、深いものになったはずではないでしょうか?
急遽リリースされることになった状況から、当時要望の多かったステレオ化のためにステレオ・ミックスが作られたり、モノラル音源しかなかった「シー・ラヴズ・ユー」を、当時としては画期的な技術である「疑似ステレオ」として収録されたりと、当時の音楽ファン羨望のアルバムでした。
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