【書籍】表面的な対策から脱却するために〜「具象と抽象の往還」で捉える組織課題解決のプロセス〜『企業参謀』から考える
大前研一氏の著書に『企業参謀』があります。初版は、1975年に発行され、ビジネスリーダーや経営者にとっての「戦略的思考」を深く掘り下げた名著です。本書は、大前氏がマッキンゼー・アンド・カンパニーでのコンサルタント時代に培った経験をもとに、経営における「戦略的思考」とは何か、どのように実践すべきかを具体的に解説しています。1970年代の日本の経済状況を背景に書かれた内容でありながら、現代のビジネス環境でも変わらず役立つ普遍的な視点が豊富に盛り込まれています。そのため、本書は今日に至るまでビジネススクールの教材や企業の研修資料として活用され続けており、まさに時代を超えた実用書としての価値を持つ一冊といえます。
この中で「本質的問題解決のプロセス」の解説がなされています。これは、ものすごく大切な考え方と思いますので、再度取り上げてみます。
ここ最近、Xやnote記事で「現象の抽象化」という投稿をよく目にしています。私自身、これは、とても大切にしたいと思っています。… pic.twitter.com/Kjmm95vi1F
— ひでまる@地方企業の人事・組織活性化の応援家 (@hidemaru1976) July 23, 2026
ビジネスにおける日常の業務展開において、私たちは目の前で発生した不都合やトラブルに対して、つい即座に対策を打ち出そうとしてしまう強い衝動に駆られることがあります。市場の変化や顧客からの要望、現場での予期せぬトラブルなど、スピード感が求められる現代のビジネス環境においては、「何か問題が起きたら、すぐに手を打つ」という行動姿勢そのものは高く評価されがちです。
しかし、表面的な不都合だけに囚われて手近な解決策へ跳びつくような「よく見られる短絡の例」に陥ってしまうと、その場しのぎの応急処置を繰り返すだけに留まり、根本的な原因が手つかずのまま放置されてしまう危険性を孕んでいます。
その結果、時間やリソースを消費したにもかかわらず、似たような問題が手を変え品を変え繰り返し発生することになりかねません。本書が提示する「本質的問題解決のプロセス」は、こうした安易なショートカットに起因する徒労を防ぎ、真の成果につながる思考の順序と構造を明快に解き明かしてくれています。
思考の出発点となるのは、現場で日々観測される具体的な「現象」の把握です。ここでのポイントは、目の前の現象から直接的に実行計画を立てる短絡の罠を避け、一度「抽象化」のフェーズへ意識的に思考をシフトさせる姿勢にあります。
発生している具体的な出来事をそのまま個別に処理しようとするのではなく、共通する要素や類似した傾向ごとに「グループ化」を行い、さらにその背景にある共通概念や構造的な本質を探る「抽象化」のプロセスを丁寧に辿っていきます。
個別具体の事象を一段高い視点から俯瞰し、「要するにどういう構造の問題なのか」というレベルまで概念化を進めることで、目先の事象に振り回されない深い洞察が得られるようになります。
現象の抽象化が深まった段階で、次に取り組むべきステップが「アプローチ設定」です。どの観点や切口から問題の真相に迫るべきかというフレームを定め、その上で「解決策と思われる仮説の設定」を行います。闇雲に解決策を探して迷走するのではなく、「真の問題はどこにあり、何が根本原因になっているのか」「どのレバーを引けば全体が好転するのか」という仮説をあらかじめ描くことで、検証作業の焦点が絞り込まれ、無駄な試行錯誤を最小限に抑えることが可能になります。
設定した仮説は、そのまま正しいものとして鵜呑みにするのではなく、「分析により仮説の立案または反証」という客観的な検証のプロセスに乗せていきます。直感や過去の成功体験だけに頼るのではなく、客観的なデータや現場の事実に照らし合わせながら、自らの見立てが正しかったのか、あるいは別の要因が存在するのかを冷静に見極めていきます。
仮説が崩れた場合は素直に修正を行い、事実に基づく検証を重ねていくことで、確固たる根拠に基づいた「結論の導出」が得られることになります。
検証によって妥当性の高い結論が得られたならば、ここから思考は「具象化」のフェーズへと向かっていきます。導き出された抽象度の高い結論や解決方針を、実際の現場で機能する実効性のある形へと「具象化」し、具体的な「実行計画の立案」へと落とし込んでいきます。
そして最終的に、組織の成果を生み出す主体である「ラインマネジャーによる実行」へとスムーズに引き継がれていくことになります。「具象(現象)から抽象(仮説・検証)へ、そして再び抽象から具象(計画・実行)へ」という往還のプロセスを愚直に辿ることこそが、一過性の対処療法に終わらない本質的問題解決を実現するため核心といえます。
【考察】組織の課題解決における「具象と抽象の往還」の重要性
思考プロセス全体を改めて俯瞰してみると、このモデルの最大の特長は「抽象化」と「具象化」という双方向のベクトルが明確に定義されている点にあります。私たちは日常業務において、ともすれば具体の世界だけで思考を完結させようとしがちです。「売上が落ちたから営業件数を増やそう」「離職が出たから待遇を改善しよう」といった思考は、具象から具象へのダイレクトな移動であり、まさに図の中で指摘されている「よく見られる短絡の例」そのものです。この短絡が起きる背景には、抽象化に伴う知的な負荷や、時間をかけて検証することへの焦り、目に見えるアクションをすぐに起こしたいという心理的な欲求が存在しています。
しかし、抽象化のプロセスを飛ばしてしまうと、問題の本質的な原因(Why)や真の課題(What)がうやむやになったまま、打ち手(How)の選択肢だけが議論されることになります。原因の特定が曖昧なまま導入された施策は、期待した効果を生まないばかりか、現場に無用な混乱や疲弊をもたらすことすらあります。
個々の現象をいったん解体し、要素同士の相関関係や背景にある構造を整理する「グループ化」と「抽象化」の作業は、一見すると遠回りに見えるかもしれませんが、実は最も効率的に本質へアプローチするための必至のプロセスなのです。
一方で、抽象化の領域にとどまり続けることもまた、現実の問題解決には繋がりません。高度な分析や洗練された論理モデルが完成したとしても、それが現場の日常業務においてどのように実践されるべきかという「具象化」のステップを踏まなければ、絵に描いた餅に終わってしまいます。結論を実効性のあるアクションプランへと解像度を上げていき、現場のプレーヤーやラインマネジャーが迷いなく動ける形にまで落とし込むことができて初めて、思考の成果が現実の成果へと変換されます。
このように、現実の具体的な現象を出発点として、一度思考を高度な抽象領域へと引き上げて本質を見極め、再びその解を具体的な行動計画として現場に還元していくという「往還運動」こそが、筋の良い問題解決を生み出すサイクルとなります。このサイクルを組織内で共通言語として持ち、文化として根づかせていくことが、変化の激しい時代のなかで持続的な成長を遂げるための強固な基盤になると考えられます。
【考察】人事の視点から描く組織課題へのアプローチ
このような「抽象化と具象化の往還」を軸とする問題解決の思考プロセスは、人財育成や組織開発、制度運用といった日々の現場においても極めて大きな示唆を与えてくれます。複雑な人間関係や多様な個人の価値観、目まぐるしく変わる事業環境が絡み合う組織課題に対して、この思考モデルをどのように応用し、現場の支援につなげていけるのか、いくつかの視点から考えてみたいと思います。
現場のあらゆる部門から寄せられる「若手社員の離職が増えている」「チーム内のコミュニケーションが滞っている」「次世代のリーダー層が思うように育たない」といった相談や悩みは、組織の表面に現れてきた「現象」に過ぎません。
ここで焦って新しい研修プログラムを突発的に企画したり、評価制度のルールを急遽変更したりといった手近な解決策へ飛びつくのは、典型的な「短絡」のパターンといえます。こうした表面的な対処に終始してしまうと、制度や研修の費用対効果が問われるばかりで、根本的な状況の改善には至りにくくなります。焦って打ち手を講じる前に、一度立ち止まって同様の課題がどこでどのように起きているかを「グループ化」し、組織構造やマネジメント風土、インセンティブ設計という高次なレベルへ「抽象化」して捉え直すアプローチが効果的ではないでしょうか。
現象を適切に抽象化できたならば、次に行いたいのが筋の良い「アプローチ設定」と「仮説の設定」です。「離職の原因は基本給の水準にあるのではないか」といった単層的な見立てにとどまらず、「業務における役割期待と実際の付与業務との間に乖離があるのではないか」「上司との1on1における対話の質や信頼関係の構築にボトルネックがあるのではないか」といった多角的な仮説を立ててみます。
そして、従業員エンゲージメント調査の傾向分析や、退職時面談の定性テキストデータの解析などを組み合わせながら、「分析と検証」を重ねていく作業が欠かせません。主観や声の大きい意見に惑わされることなく、事実に基づく客観的な裏付けを得ることで、組織の本当の課題がどこにあるのかという「結論の導出」に高い納得感が生まれてきます。
導き出された結論を実際の組織活動に活かすためには、単なる理念やスローガンの発表で終わらせず、再び「具象化」のプロセスを経て「実行計画」へと昇華させる工夫が求められます。「現場での対話を増やそう」という抽象的な呼びかけに留めるのではなく、日常業務の面談シートの様式を見直したり、対話のための時間をあらかじめ業務スケジュールの中に組み込んだりと、誰もが無理なく自然に実践できる具体的な仕組みや運用手順へと翻訳していきたいところです。
そして何より重要なのは、実際の運用を担う「ラインマネジャーによる実行」をどのように温かく後押ししていくかという視点です。どれほど精緻に練られた人事施策であっても、現場のリーダーたちがその意図を理解し、主体的に実行に移してくれなければ成果には結びつきません。現場のマネジャーたちが日々の多忙な業務の中でこの問題解決のプロセスを意識し、表面的な現象に振り回されずに自チームの課題に向き合えるよう、思考のフレームワークを共有したり、個別の相談に寄り添ったりする伴走的なアプローチが考えられます。
ラインマネジャー自身が「現象の観察から抽象化、仮説検証、そして具体的な実行へ」というサイクルを自律的に回せるよう環境を整えていくことが、組織全体の問題解決力を高めていくための息の長い一手になるのではないかといえるでしょう。
人財育成と組織風土への展開に向けて
この思考モデルをさらに広範な人財育成や組織風土の形成へと展開していく際、メンバー一人ひとりが「短絡の罠」に気づき、主体的に思考を深められるような仕掛けを整えていくことも魅力的なアプローチとなります。日々の実務において課題に直面した際、すぐに「どうすればいいか(How)」の解決策を求める文化から、一歩引いて「なぜこの現象が起きているのか(Why)」「本当の課題は何か(What)」を語り合える文化へのシフトを目指していきたいものです。
例えば、次世代リーダー研修や管理者研修などの学びの場において、単なる知識のインプットにとどまらず、自部署の実際の課題を題材にして「現象の抽象化」や「仮説の立案・検証」を体験するワークショップを取り入れることが考えられます。自身の担当エリアで起きているトラブルを一度抽象化し、構造的な視点から捉え直すトレーニングを重ねることで、現場に戻った後も現象に惑わされず、本質的な課題にアプローチする思考習慣が身についていくのではないでしょうか。
また、1on1ミーティングや目標設定の面談といった日常的な対話の機会においても、上司が部下に対して即座に指示や答えを与えるのではなく、「その現象の背景には何があると思うか」「その仮説を確かめるためにどんなデータや事実が集められるか」といった問いかけを意識的に織り込んでいくことが有効です。こうした対話の積み重ねが、メンバーの思考の解像度を引き上げ、自分で課題を発見し解決策を導き出す自律型人財の育成へと繋がっていくと考えられます。
組織の課題解決や人財育成は、一朝一夕で明確な成果が出るものではなく、常に試行錯誤を繰り返しながら進んでいく長期的で粘り強い取り組みです。目先の現象に一喜一憂することなく、抽象と具象の間を自由に行き来しながら、現場のマネジャーやメンバーと共に本質的な課題に向き合い続ける姿勢を大切にしていきたいところです。こうしたプロセスを一つひとつ丁寧に積み重ねていくことこそが、組織の柔軟性と強靭さを育み、持続的な価値創造を支える確固たる土台になっていくのではないかといえるでしょう。

ここ最近、Xやnote記事で「現象の抽象化」という投稿をよく目にしています。私自身、これは、とても大切にしたいと思っています。… pic.twitter.com/Kjmm95vi1F
— ひでまる@地方企業の人事・組織活性化の応援家 (@hidemaru1976) July 23, 2026
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