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アサヒグループに学ぶ「人中心」の変革:潜在能力を競争力に変えるタレントマネジメントの実践ーAoba-BBT経営人材育成サミット2025:鵜澤慎一郎氏、黒川華恵氏、政元竜彦氏

 Aoba-BBTの「次世代経営人材育成サミット2025」。11月19日に、『世界をひとつにする人材戦略〜アサヒグループが挑む次世代経営幹部サクセッション〜』というテーマで開催されました。

 登壇者は、鵜澤慎一郎氏(ビジネス・ブレークスルー大学大学院 経営学研究科 客員教授)、黒川華恵氏(アサヒグループジャパン株式会社 常務執行役員 Chief People Officer)、政元竜彦氏(株式会社Aoba-BBT 取締役副社長)の3氏でした。


サクセッションプランの再定義と現代の要請

 現代のビジネス環境において、CEOおよび経営幹部ポジションの後継者計画、いわゆるサクセッションプランの重要性がかつてないほど高まっています。従来の日本では、現職のCEOが自らの感覚で後継者を指名する「暗黙の慣例」が多く見られましたが、現在はコーポレートガバナンス・コードの要請や、投資家、社外取締役からの透明性・実効性への問いかけといった「外圧」により、仕組み化が避けられない状況にあります。

 サクセッションプランの本質は、ポジションベースで取締役会や指名委員会が関与し、将来の経営を担う人材を計画的にレビューすることにあります。ここで重視されるのは、過去のトラックレコードやリーダーシップの経験だけではありません。近年、特に注目されているのは「資質(ポテンシャル)」の側面です。不透明な将来を託すリーダーには、現在の延長線上にない課題を解決できるだけの資質があるかどうかが、厳格に問われるようになっています。

 また、CEOサクセッションと並行して議論されるのがタレントレビューです。これは、経営幹部層に限定せず、より広範囲な社員の能力やパフォーマンスを評価し、将来の人材配置や育成方針を検討する年次・半期のプロセスを指します。外資系企業では標準的な仕組みですが、日本企業においても、グローバル化の進展や変革の必要性から、逆輸入の形で導入が進んでいます。しかし、多くの日本企業における課題は「議論は熱心に行うものの、具体的なアクション(抜擢や異動)に踏み込めない」という点に集約されています。

グローバルトレンドと日本企業の現在地

 経営人材の選抜において、しばしば「外部からのプロ経営者の登用」が議論されますが、グローバルな調査結果はその実態を異なる角度から示しています。DDIやエゴンゼンダーなどの調査によれば、海外市場においてもCEOのようなキーポジションは内部登用が主流であり、その割合は7割近くに達します。例えば、任命時の平均年齢が49歳である場合、その人物は平均して14年程度その企業に在籍しており、35歳前後で入社した時点で既に候補者として目をつけられ、10年以上の歳月をかけて育成されてきたことがいえるでしょう。

 これに対し、日本企業の現状は二極化が進んでいます。東証プライム上場企業であっても、CEOの後継者計画を策定している企業は約半数にとどまり、特段何もしていない企業が3割存在するというデータもあります。AIの時代になり、求められる経営者の資質が激変する中で、急がば回れの精神で次世代リーダーを育成する仕組みを構築できるかどうかが、企業の長期的な価値創造を左右する岐路となっています。

アサヒグループの挑戦:人的資本の高度化

 具体的な実践例として、アサヒグループの取り組みは非常に示唆に富んでいました。同グループは「人的資本の高度化」を経営戦略の柱に据え、社員の潜在能力(ポテンシャル)を最大限に引き出すことをビジョンに掲げています。日本企業の社員は非常に優秀で、真摯に貢献する力を持っていますが、これまではその力を「滅私奉公」的な枠組みで活用してきた側面がありました。しかし、アサヒグループは、社員個人の成長と組織の成長を高い次元でバランスさせる「人中心」の人材マネジメントへと舵を切っています。

 アサヒグループの改革で特筆すべきは、事業会社ごとに閉じていた人材管理を、日本・東アジアというワンリージョン、さらにはグローバルというレイヤーで統合した点です。かつては、ビール、飲料、食品といった各事業会社の中で優秀な人材が完結しており、グループ全体としてのリーダーシップ・パイプラインは決して強固ではありませんでした。そこで、グループ共通の尺度である「ポテンシャルモデル」を導入し、経営陣が4時間という膨大な時間をかけて、写真入りのタレントプロファイルを基に一人ひとりの可能性を議論する「タレントレビュー」を定例化しました。

 この議論の場では、単なる欠員補充のための異動ではなく、「この人物のポテンシャルを開花させるためには、次にどのポジションを経験させるべきか」という人中心の議論が行われます。
 この結果、例えばビール事業一筋だった優秀な人材を、あえて食品事業のロールに充てる、あるいは海外のタフな環境に送り出すといった「戦略的配置」が次々と実行されるようになりました。2024年からの約1年強で、ポジティブな異動、役員人事への反映が多く行われるなど、実効性の伴う運用がなされているとのことでした。

リーダーシップ・パイプラインの拡充と育成の体系

 経営人材を育成するためには、単発の研修ではなく、統合的な取り組みが必要です。教育学的な観点からは「70:20:10の法則」が知られており、リーダーとしての成長に最も寄与するのは、実際の仕事を通じた「タフ・アサインメント(困難な課題への挑戦)」が7割を占めるといわれています。新規事業の立ち上げや海外赴任、構造改革の担当といった経験が、経営者としての視座を養う最大の糧となります。

 しかし、現場の経験(OJT)だけに任せるのではなく、オフ・ジェイ・ティ(Off-JT)による「武器の提供」も不可欠です。事実ベースで本質的な課題を定義する問題発見・解決力、経営の基礎知識、そして構想力といった能力を、若いうちから段階的に鍛えていくことが求められます。特に、AIでは代替できない「問いを立てる力」や「0から1を構想する力」は、これからの時代のリーダーにとって必須のスキルです。

 また、育成プロセスの副産物として得られる客観的なデータも、ポテンシャルを見極める重要な資産となります。例えば、オンラインでの議論における発言内容や学習履歴を解析することで、その人物がどれだけ学ぶ意欲(学習能力)が高いか、経営者としての高い視座を持とうとしているかを、上司の主観に頼らずに評価することが可能になります。このように、配置、育成、評価が密接に連動したリーダーシップ・パイプラインを構築することこそが、次世代の経営を盤石にするための一手といえるでしょう。

企業人事の視点から:サクセッションプランを形骸化させないための実践的アプローチ

「過去の成功体験のクローン」を脱却するための基準設定

 次世代経営人材の選抜において、我々がまず向き合うべきは「どのような物差しで人材を測るか」という基準の再設計です。これまでの日本企業では、現在のCEOに近いタイプ、あるいは現在の主力事業で着実に実績を上げた人物が選ばれる傾向にありました。しかし、技術革新や市場の不透明性が増す中で、現職者の「クローン」を育成することは、組織の適応力を奪うリスクになりかねません。

 今、私たちが意識したいのは、将来の事業ポートフォリオを見据えた多様なプロファイルの設定です。現在は傍流であるデジタル部門や、立ち上げたばかりの新規事業、あるいは海外のニッチな市場で、泥臭く変革を主導している人材の中にこそ、次世代のリーダーが眠っている可能性があります。人事としては、あえて「現在の主流派」とは異なる資質を持つ人材をプールに入れ、経営陣にその存在を提示し続けることが、組織の未来を守るための重要な役割になるでしょう。

潜在能力(ポテンシャル)の可視化と共通言語の構築

 サクセッションプランやタレントレビューが形骸化する最大の要因は、評価の主観性にあります。「あいつは優秀だ」という現場の評判だけで議論が進んでしまうと、どうしても現在の業務パフォーマンスに引きずられ、将来の伸びしろを見誤ってしまいます。そこで、アサヒグループが導入したような「共通のポテンシャルモデル」の構築が、極めて有効な一手となります。

 知的好奇心の強さ、曖昧さへの耐性、学習敏捷性といった、目に見えにくい「資質」を言語化し、全社共通の尺度として定義すること。これにより、異なる部署の幹部同士が、同じ土俵で人材について議論できるようになります。また、デジタル学習プラットフォーム上での発言内容や議論のプロセスをデータとして蓄積し、客観的なアセスメントとして活用することも考えられます。主観的な「評判」に客観的な「データ」を掛け合わせることで、納得感の高い選抜が可能になり、候補者自身の納得感や意欲の向上にもつながるのではないでしょうか。

「越境」を前提としたキャリアパスのデザイン

 リーダーシップの7割が経験によって形成されるのであれば、人事の最大の提供価値は「良質な経験の機会」をデザインすることに他なりません。単一の事業会社や部署でキャリアを完結させるのではなく、あえて異なる文化、異なるビジネスモデル、異なる地域を経験させる「戦略的な越境」を、育成のスタンダードとして位置づけたいところです。

 この際、重要になるのが「失敗を許容するセーフティネット」の構築です。タフ・アサインメントは、その名の通り非常に過酷な挑戦です。優秀な人材をあえて未経験の領域に投入するわけですから、短期的な成果が出ないことも想定されます。そこで、「これは投資としての異動である」という共通認識を経営層と握り、本人が潰れないように周囲が全力でサポートする体制を整えることが大切です。成功させることだけを目的とせず、その困難な経験から何を学んだかを評価する文化を醸成することで、人材はより大胆に挑戦し、急速に成長していくことができるでしょう。

経営陣を「育成の主体」として巻き込む場づくり

 サクセッションプランは人事部だけで完結するプロジェクトではありません。最も重要なのは、現職の経営陣がいかに「自分たちの後継者を育てること」を最優先の職務として認識し、時間とエネルギーを割いてくれるかです。アサヒグループの事例にある「4時間の集中議論」は、その象徴的な場といえます。

 人事として準備しておきたいのは、経営陣が人材について熱く語り合いたくなるような「仕掛け」です。単なる数字の羅列ではなく、一人ひとりの強みや弱み、将来の夢、周囲からの評価などを盛り込んだ、体温の感じられるタレントプロファイルを用意すること。
 そして、組織図のパズルを解くような議論ではなく、「この人物の人生をどう輝かせ、それによって会社をどう変えるか」というストーリーを語り合う場を演出すること。経営陣が「人を語る楽しさ」を実感できるようになれば、タレントレビューは形式的な会議から、組織の未来を創る創造的な対話へと進化していくはずです。

「学び続ける組織」のロールモデルを提示する

 最後に、経営人材に求められる資質として「学び続ける力(ラーニング・アジリティ)」を最優先に据えることを提案したいところです。変化の激しい時代において、過去に学んだ知識はすぐに陳腐化します。常に外部環境の変化にアンテナを張り、異業種の知見を取り入れ、自らの世界観をアップデートし続けられる人物でなければ、不確実な未来の舵取りは務まりません。

 人事としては、役員候補者向けの選抜研修において「他流試合」の機会を積極的に取り入れることが考えられます。自社の中だけでは得られない視座や、異なる業界の精鋭との徹底的な議論を通じて、自らの視野狭窄を打破させること。そうした姿勢を評価の重要な指標として組み込むことで、組織全体に「トップほど学ぶ」という健全な文化が浸透していきます。経営者が自ら学び、変わり続ける背中を見せることこそが、次世代のリーダーを惹きつけ、育成する最大の求心力となるでしょう。

 人事としては、単なる制度の運用者ではなく、組織の未来を担う「人材の生態系」を育む庭師のような存在でありたいものです。一つひとつの配置や育成の施策が、数年後、数十年後の会社の姿を創るという自負を持って、粘り強く取り組んでいきたいと考えたところです。


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