【書籍】成果至上主義の罠を越えて─『ブリリアント・ジャーク』から考える持続可能な組織づくり
伊達洋駆・沢渡あまね著『ブリリアント・ジャーク 静かにチームを壊す人たち』(三笠書房、2024年)を拝読しました。
全4章からなる本書は、高い成果を上げながらも周囲に悪影響を及ぼす「ブリリアント・ジャーク(優秀な嫌な人)」が生む病理と、そのメカニズム、対処法を体系的に整理した一冊です。個人の性格の問題として切り捨てるのではなく、組織の構造的な不具合が生み出す現象として捉え直す視点が全体を貫いています。
ブリリアント・ジャークという存在と生じる問題
ブリリアント・ジャークとは、高い業務遂行能力を持ちながら協調性に欠け、周囲を疲弊させる人物を指します。短期的には高い成果を叩き出すものの、裏では言葉の暴力や無礼な態度で同僚や部下を精神的に追い詰め、チームの連携を阻害します。
その影響は単なる人間関係の摩擦にとどまりません。優秀な人材の離職、モチベーションの低下、職場全体の心理的安全性破壊によるトラブル隠蔽など、目に見えない甚大な損失をもたらします。研究データによれば、有害な社員がもたらすマイナスの影響は、スーパープレイヤーが生み出すプラスの成果の2倍以上にのぼるとされています。

なぜ彼らは生まれ、増長してしまうのか
彼らが野放しにされる背景には、組織が持つ心理的・構造的なメカニズムが存在します。過去の貢献で貯まった信用を悪用して問題行動を押し通す「特異性信頼の悪用」や、高い実務能力に目を奪われてマネジメント適性の欠如を見落とす「ハロー効果」が代表例です。

さらに、成果主義の暴走、業務の属人化による権力の集中、慢性的な余裕のなさといった環境が、彼らの有害な振る舞いを正当化し、増長させていきます。破壊的なリーダー、恐怖から従ってしまうフォロワー、暴走を後押しする組織環境の3要素が揃ったとき、組織の崩壊は決定的なものとなります。

多様な発現パターンと組織の歪み
ブリリアント・ジャークの現れ方は一様ではありません。高圧的に支配するマネージャー、業務をブラックボックス化して人質に取るベテラン、現場のプレイング業務に逃避して経営課題から目を背けるトップ、気合と根性で長時間労働を強いるタフガイ、スピード至上主義で周囲を排除する若手エース、育成を放棄して自分の数字のみを追う冷徹な職人など、多様なパターンが存在します。
いずれのケースも、個人の攻撃性だけでなく、評価制度の偏りや教育体制の不全といった「組織の樽」の腐敗が引き金となって現れる点が特徴です。
組織としての処方箋と個人のサバイバル術
この問題に対処するためには、個人を悪者にして排除するのではなく、システムとしての組織設計を見直す必要があります。登用・評価基準にヒューマンスキルやプロセス評価を取り入れること、業務プロセスの可視化による属人化の解消、内部通報制度の適切な運用、全社的なコンプライアンスやリスペクティング行動の研修などが有効な打ち手となります。
また、現場で被害を受けている個人に対しては、アサーティブな意思疎通、業務の巻き取り、客観的な記録に基づく事実共有、社内外への「心の依存先」の分散といった具体的な防衛策が示されています。
企業人手の視点から考える組織づくりへの活かし方
本書が提示する数々の知見は、日々の組織運営や制度設計を見直す上で、非常に示唆に富む内容となっています。現場で生じる静かな摩擦や違和感を個人の感情論として流さず、システム上のアラートとして受け止めながら、どのような施策へ落とし込んでいくとよいか、いくつかの切り口から検討してみます。
評価制度と登用基準の多角化
まず着目したいのは、管理職の登用や評価における基準の再設計です。過去の業績や個人の営業力・技術力といった定量的成果(What)のみに偏重した評価は、周囲を軽視する振る舞いを誘発しやすくなります。
成果の達成に向けたプロセス(How)や、チームの心理的安全性への寄与、後進の育成といった「数値化しにくい貢献」を評価項目へ組み込むアプローチが考えられます。また、多面評価(360度評価)を導入し、上層部からは見えにくい現場での関わり方を把握することも有効な一手となります。
さらに、実務能力が極めて高いもののピープルマネジメントに適性がない人材に対しては、マネジメントラインとは別に、専門性を極めることで処遇される「エキスパート職」のような複線型キャリアパスを用意したいところです。役職以外のルートで承認欲求を満たせる環境を作ることは、本人のプライドを守りつつ、チームの疲弊を防ぐ選択肢となります。
業務の可視化と「脱・属人化」のプロセス設計
特定の社員が業務をブラックボックス化し、組織が依存せざるを得ない状況をつくり出してしまう点についても、構造的な対策を講じたいものです。
業務手順のマニュアル化や共有システムの導入を通じて情報をオープンにし、申請者と承認者の分離やジョブローテーションを定期的に組み込むことが求められます。業務の透明性を高めるプロセス設計は、不正やハラスメントの抑止につながるだけでなく、担当者の不在時にも現場が滞りなく回るというリスクマネジメント上のメリットももたらします。
一人の「守護神」に依存する構造から脱却し、誰が担当しても一定の成果が出せる体制を整えることは、結果としてその本人を過剰な負担や孤独から解放することにもつながるでしょう。
健全なSOSを拾い上げる仕組みと研修の場づくり
現場で起きている低強度の無礼さ(インシビリティ)や違和感を早期に察知するため、客観的なデータを定期的に収集する工夫も取り入れたいところです。
エンゲージメントサーベイやパルスサーベイを実施する際には、業績に関する設問だけでなく、「職場内で問題や意見を安心して口にできるか」といった対人関係の安全性を測る問いを含めることがポイントとなります。あわせて、守秘義務と匿名性が厳格に担保された相談窓口(ホットライン)を整備し、報復の恐れなく声を上げられるセーフティーネットを構築しておくことが望ましいです。
また、全社的な研修を通じて「相手に敬意を示す具体的な行動(リスペクティング行動)」やコンプライアンスの共通言語をインストールする取り組みも考えられます。第三者の視点や外部の事例を交えながら自社の「当たり前」を定期的に見直す機会を作ることで、無意識のうちに過剰な厳しさへ傾いてしまう事態を防ぐブレーキとして機能させたいものです。
伴走者としてのサポート体制の確立
管理職自身が孤立や過度なプレッシャーから余裕を失い、ジャーク化してしまうケースも少なくありません。そのため、管理職を単に評価・監視するだけでなく、彼らの負担を軽減し、抱えている悩みに寄り添う伴走体制を整えていく視点も大切にしたいところです。
外部コーチの活用や、管理職同士が本音で対話できる横のネットワークの構築、プレイヤー業務の適正な削減(アウトソーシングや下位者への権限委譲)などを通じて、マネジメントに専念できる余白を生み出すアプローチが効果的といえるでしょう。
個人の資質を責めるのではなく、組織のシステムや環境を整えることで、誰もが健やかに力を発揮できる職場環境を目指していきたいものです。
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