『地獄まで愛してⅡ』第8話|酒とバーガーと夕焼けと
「ふぅ〜、うまかったな。さすが二千五百円のバーガーだ」
龍は一気に食べ終えると、コンビニで買った缶ビールをプシュッと開けた。ゴクゴクと喉を鳴らして美味そうに喉へと流し込み、そのまま缶を握り潰して足元に放り出した。
「すごい……よくそんなに飲めますね」
陽は、まだ半分ほど残っているバーガーを持て余しながら、龍の食欲と勢いに圧倒されていた。
龍は2缶目のビールの蓋を開けながら言う。
「な〜に、こんなのジュースよ、ジュース。にしてもよ、夕日見ながら高級バーガー食うなんて初めてだわ。こういうのも悪くねえな」
龍はそう言うと、アロハシャツの胸ポケットから新しい楊枝を取り出し、口に咥えた。
――一体、何本持ち歩いてるんだろう。
龍の一つ一つの挙動が目新しく、陽はしばしバーガーを食べるのも忘れて見入っていた。
「ところでよ、俺に聞きたいことってなんだ?」
龍の言葉に、ハッと我に返る。慌てて残りのバーガーを口に押し込み、ダイエットコーラで無理やり流し込んだ。
「透さんのことです。なんで追いかけ回してるんですか?」
直球で聞いてみる。
龍は「う〜ん」と声を漏らし、手足を大の字に伸ばして大きくひと伸びすると、
「透ねぇ……あいつさ、俺らの金を持って逃げやがってよ。自分のもの取られたら取り返すのは当たり前だろ? ったく、しょおもねえ奴でさ。あいつ、兄ちゃんに金の相談してきたろ?」
伸ばした両腕をベンチの背もたれに預け、龍はサングラスを鼻先までずらして陽と目を合わせた。意外にも垂れ目で、思ったより若そうだ。口端から半分覗いた楊枝が、忙しなく上下している。
「ええ。明後日、透さんに五百万渡す予定です」
「五百? 千って言ったんだけどな。……ま、持って逃げた五百は手つかずでどっかに隠してんのか」
龍は残りをぐいっと飲み干し、空き缶を片手でギュッと潰すと、また、足元に放り投げる。
コロコロと転がった缶を拾いに行きながら、そのまま質問を続ける。
「透さんとは、どういうお付き合いなんですか?」
陽が空き缶とバーガーの包み紙をビニール袋に丁寧にしまう様子を、龍は物珍しそうに眺めながら、スキンヘッドを両手で撫でつけて笑った。
「あははは。俺と透の“お付き合い”ね。まいったなあ。兄ちゃんとは住む世界が違うのよ、俺らは。もう四、五年になるかな。時々、俺があいつに仕事を回してんのよ。仕事はきちんとするし、余計なことは聞かねえし、使い勝手は良かったんだけど……この前五百万持ってバックれやがって…。結構、探すの苦労したな。手間かけさせやがってよ」
龍は夕日に染まる空を見上げた。
「で、ようやく見つけたと思ったら、兄ちゃんと仲良さそうにしてるじゃねえか。兄ちゃん、あの山川太郎の孫なんだろ? すげえじゃねえか。こっちこそ、逆に聞きたいよ。なんで透なんかと知り合いなんだ?」
「偶然、新宿で俺らのライブを見たらしくて。それ以来、よく来てくれるんです」
——ほんとに、透さんはどうして俺のライブを見に来るんだろう。
陽こそ、その答えを知りたかった。
「ふうん。まあ、あいつも昔は音楽やってたからな。デビューしたとか言ってたぞ。CDも一枚出したとかよ。写真見たけど、若い頃はなかなかの男前でよ。あ、兄ちゃんにどっか似てるわ。うん、似てる似てる。
ま、とにかく北海道でスカウトされて、高校にも行かずに東京に出てきたはいいが、紹介された大物に襲われそうになって、殴って逃げたとか言ってたな。
それからは違約金?とかの返済に追われて、借金まみれの転落人生よ。あん時、ケツの穴でも貸してりゃ、違ってたかもなあ…..。
ま、とにかく兄ちゃんとは真逆の人生よ」
龍は右足のスニーカーと靴下を脱ぐと、ベンチの上に足を持ち上げ、指を広げてゆっくり伸ばした。かすかな足の匂いが、陽の鼻先をかすめる。
「あ〜、旭川に弟さんがいるって言ってました」
陽が言うと、龍は鼻で笑った。
「弟なんていねえよ。あいつ、孤児院育ちだから。両親が車の事故で突然いなくなって、親戚をたらい回しにされて、最後は施設。まあ、本当か嘘か分からんけど、とにかく、話したくねえ生い立ちなのは確かだな。兄ちゃんとは違ってよ」
“お前とは違う”を連発され、陽は珍しく声を荒らげた。
「俺だって、それなりに色々あるんですよ!」
龍は驚いたように陽を見る。
「え?あ、そうなの? 悪い悪い。まあ誰だって色々あるよな。ただよ、兄ちゃんみたいな育ちの奴とは根本的に住む世界が違うからさ。ついな。で、逆に聞きたいんだが、なんで透にここまでしてやるんだ? ライブに来てただけだろ? 五百万貸すなんて普通じゃねえよ。脅されてるわけでもなさそうだし。なんか解せなくてよ。二人、やけに楽しそうだったし。で、お前も訳ありなんじゃねえかと思ってついてきたわけよ。でも……ざっと見た限り、なんもやましいとこはなさそうだよな」
陽は黙ってダイエットコーラをすすりながら、龍の言葉にふと軽い恥ずかしさを覚えた。
ーーそうだ。透さんや龍さんと比べたら、俺の人生なんて、どれほど軽いんだろう…。
黙り込んだ陽を見て、慌てて龍は言う。
「気に障ったなら悪かったな。褒めてんだぜ? 俺たちみたいになったら終わりよ、終わり」
その時、龍の携帯が鳴った。ブカブカのパンツのポケットから電話を取り出すと、非通知と表示されている。
「…もしもし?お!透か。ちょうどいい。今、誰といるか当ててみ?」
龍はスピーカーに切り替え、陽にウィンクすると、電話を右手に持ち替えて二人の間に差し出した。
「へ? 誰ですか? なんか機嫌いいですね」
透の声を聞いた瞬間、陽の胸がふわっと浮いた。昼間に会ったばかりなのに、なぜか既に懐かしい。
「お前のお友達の若い兄ちゃんだよ。陽さま、さ」
電話の向こうでコインを入れる音がする。公衆電話らしい。
龍は陽の方をちらりと見て、何か思いついたように口を開いた。
「あ、ならさ、ちょうどいい。お前さ、今からこっち来いよ。二子の川沿いのベンチにいんだけどさ。兄ちゃんも透に会いたいよな? 金の話もあるしよ。あと、お前の隠してる五百万、持ってこい」
さすがに最後だけ、声に凄みを乗せる。その使い分けに、陽は思わず感心した。
「えっ……あ、隠してるとかじゃあないんですけど。…..でも、あ、はい。心当たりはあるにはあるんで……持って行きます」
どこかの公衆電話で、汗を吹き出しながら慌てふためいている透の姿を想像すると、陽の胸の奥に、ふっと小さな笑いが込み上げた。
「駅着いたら電話しろ。ほんとお前、携帯くらい持てよ。めんどくせえ奴だな」
電話が切れると、龍と陽はしばらく無言で画面を見つめていた。
まるで“これから飲もうぜ”と、軽く友達を誘っただけのような錯覚が、二人の頭をよぎる。しかし、龍も陽も、自分たちの関係がそんな単純なものではないことは分かっていた。
夕焼けの空を、数匹のコウモリが横切っていく。
――今夜は長くなりそうだぞ。
陽は、カップの底で半分溶けかかった氷を一気に口に含み、強く噛み砕いた。まるで、龍に自分のタフさを示したいかのように。
龍は楊枝をぴゅっと吐き出し、また新しい一本を咥える。
二人は無言で川を眺めながら、視界の端でそっと互いの表情を探っていた。
しかし、その横顔には、隠しきれない“どこか楽しげな気配”が、かすかに滲んでいた。
ーーつづく
