『地獄まで愛して』第6話|地獄が落ちて、世界が終わったならー最終章ー
こんにちは!ぱるるです。
「こんな風に世界は終わる/こんな風に世界は終わる/こんな風に世界は終わる/爆音ではなくて、すすり泣きとともに」T.S. エリオット『うつろな人間たち(The Hollow Men)』より
「世界が終わる」と誰が言った? これは、終わりの始まりに過ぎません。あふれ出した地獄の中で、俊介はついに気づきます。もはや戻る場所も、逃げる理由も必要ないのだと…。引き裂かれた世界が産声を上げる最終章。さあ、深淵の底で待ち構える「罰」を、その目で確かめてください。
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第6話:6年前、地獄に落ちた夜
深夜の病院の廊下は、重苦しい静寂と消毒液の匂いが充満していた。集中治療室の前で、麗華は震える手でふっくらと膨らんだ下腹部を抱え、ガラス越しに管に繋がれた俊介を見つめていた。
「俊介さん……お願い、目を覚まして……」
しかし、麗華の切なる祈りは届かない。時折病室の静寂を切り裂くモニターの警告音が、俊介がもう境界線を越えてしまったことを、ガラス越しに告げていた。医師たちは『奇跡を待つしかない』と繰り返すが、その表情には諦めの色が濃く滲んでいる。少し離れた椅子に座る俊介の両親もまた、深い絶望に打ちひしがれていた。
――ピーッ、ピーッ、ピーッ。
その時、モニターの波形が激しく乱れ、警告音が甲高く鳴り響いた。医師と看護師が慌ただしく駆け込む。しかし、その喧騒も束の間、激しい警告音はあっと言う間に途絶え、ただ一直線の単調な電子音へと変わった。
「お亡くなりになりました」
病室から出てきた医師から告知を受けた瞬間、麗華は力なくその場に崩れ落ちた。そんな彼女を支えながら、俊介の父は涙で目を潤ませて語りかける。
『麗華さん、本当に申し訳ない。お腹の子と君の面倒は必ず見る。だから、安心して産んでくれ。……本当に、あいつは馬鹿野郎だ。こんな素敵な妻と子供を残して……』
言葉は最後、嗚咽にかき消されていった。
――そうだ。すべては、あの夜から始まった。 薄れゆく意識の淵で、俊介の脳裏に走馬灯のように記憶が蘇る。心臓が鼓動を止めるその寸前、鮮明に浮かび上がったのは——数日前、ホテルDで迎えた沙耶の誕生日の夜だ。
テーブルに置かれたワインボトルが、異様な緊張感を煽っていた。
「別れないわ」 沙耶は、足元で泣き崩れる俊介を見下ろし、冷たく言い放った。俊介がすすり泣きをやめ、ゆっくりと顔を上げる。沙耶の視線と絡み合い、それまで滑稽なほど必死に許しを乞うていた俊介の仮面が、音を立てて剥がれ落ちた。
「無理よ。私、妊娠してるもの」
俊介はその言葉を聞くと、一度深くうなだれた。やがてふらりと立ち上がると、足元をふらつかせながら窓際へ歩み寄る。そして、東京湾を一望できるガラスに両手を突き、何度も激しく額を打ちつけた。
「ピルを飲んでたはずだろ! なんで妊娠するんだよ!」
「ピルだって100%じゃないのよ」
俊介は頭をぶつけるのを止め、そのまま窓に両手をついたまま、乾いた不気味な笑い声を上げた。
「ははは……そうか。お前の目的は最初からうちの財産だったわけか。地方のスーパーの娘ごときが、この俺の嫁になれるとでも思ったのか! 俺とお前が釣り合わないことは、最初から分かってたはずだろ!」
俊介は沙耶の元へ歩み寄ると、彼女の肩を乱暴に掴んでベッドへ突き飛ばした。勢いのままテーブルのワインボトルを奪い取り、中身を一気に煽る。再び鳴り響いた携帯電話を床へ叩きつけると、苛立ちを剥き出しにして髪をかきむしった。
「どいつもこいつも、妊娠妊娠って、うるせえんだよ!」
俊介が吐き捨てるように叫び、ベッドに転がった。沙耶は虚ろな瞳でしばらく天井を仰いでいたが、ふいに立ち上がった。冷えた料理の脇に置かれたステーキナイフを掴むと、獲物を狙うように彼の上へ馬乗りになった。
「私が何のために妊娠したと思ってるのよ!」
迷いのない一突きだった。ステーキナイフが俊介の喉元を深々と貫く。俊介は陸に上がった魚のように口をパクパクとさせながら、両手で首を押さえた。カッと見開かれた瞳に、恐怖と絶望が混濁する。沙耶は間髪入れず、同じナイフを自らの喉元へ突き立てた。鮮血が噴水のように噴き出し、彼女は俊介の上にどさりと崩れ落ちる。純白のシーツが、どす黒い朱色へと染まっていく。
窓の外では、夜の空を切り裂くように一機の旅客機が赤い航法灯を瞬かせ、遠くの闇へと消えていく。それが、薄れゆく意識の中で俊介が最後に目にした景色だった。
ーーエピローグへ続く
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