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【36歳からの人生の作り方】#3 「こんなんでいい」一日ひとつの習慣が人生を動かした

36歳まで、わたしはただ「趣味で絵を描いている専業主婦」だった。

それがイラストレーターになり、46歳で漫画家になり、51歳でインタビューライターになった。気づけば4冊の本を出し、NHKで教え、新聞やテレビでコラムを書くまでになったのだ。

20年前のわたしが、「何かの間違いじゃない?」と疑うような、そんな激動の記録をここに記したい。

この冒頭で始まる記事も、今回で3本目である。

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10秒で読める「前回までの話」

20年前、子どものいない専業主婦だったわたしは、関東の田舎で植物画や磁器絵付けを習っていた。

周りの無理解と将来の難しさに心折れ、34歳のころ「1日1つおもしろいこと」を探してひよこの絵日記を始めた。

細密画は苦行だったけど、ゆるいひよこが抜け出すきっかけに。


はじめて知った「自分を表現する喜び」


前置きが長くなったが、ここからが第3回目の本編である。

「ひよこ日記を書き始めたこと」は、自分が想像していた以上に大きな変化をもたらした。

それまで描いてきた「花の絵」と「ひよこ日記」の違いは、見た目だけではない。いちばん大きな違いは、「自己完結型」か「交流型」か、ということだった。

花の絵は癒しではあったけど、ほとんど人に見せずに自分の中で完結していた。

一方、ひよこ日記にはコメントがどんどんつく。共感や笑いや応援が集まってくる。

今思うと、花の絵の頃は「本当の自分」を出していなかった

当時は「丁寧に描く」のが正解だと思ってたけど、どこかで「自分を出さない方が楽」と思ってたのかもしれない——と今は思う。

植物画「洋蘭・ジゴペタラム」 (2000年)こんなに細かく「本物そっくり」に描いていたのだ


でもひよこ日記を始めたら、「読まれる喜び」を知って、少しずつ自分を出せるようになった。

こうした変化が、次の扉を開くことになる。

最初はお絵かき掲示板で描いていたひよこ日記(2003年8~10月)


ここまで書いてきたことの中で、今あらためて大切だと思うことが2つある。

・毎日おもしろいことを見つけていたら、世界中がネタだらけになった
・まずは楽しむこと。楽しくなくては続かない

この2つは、クリエイターとして大切で、のちのわたし自身の軸となった。ただ当時は、これを仕事にするすべを知らなかったのだ。


「もっとおもしろく書けるようになりたい!」一大決心してライター講座へ


話はここで終わらない。むしろこれからはじまるのだ。

目覚めたわたしは、欲望のままにどん欲に動き出した。

「もっとおもしろくブログを書けるようになりたい!!」

そこで、とあるライター講座に通うことにした。それが36歳のとき。

といっても、自分がライターになれるとか、なりたいと思っていたわけではない。20年前は、今のように誰もが発信すればすぐにプロになれる時代ではなかったし。

ただ、文章がうまくなりたかった。それだけ。

それなのに、ライター講座に通ったことが、わたしの人生を根こそぎ大きく変えてしまうことになったのだ。


おまけ:当時のわたしを変えた「ひよこ日記」


恥を忍んで「ひよこ日記」をご紹介(照)

こんなゆるい日記が、ライター講座でわたしを一段上に押し上げたのだ。

ホント、こんなんでいいんだよね(笑)


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