【36歳からの人生の作り方】#14 売れる人と売れない人はどう違うのか
note創作大賞2026 オールカテゴリ部門 応募作品
36歳まで、わたしは「趣味で絵を描いていた専業主婦」に過ぎなかった。
それがイラストレーターになり、46歳で漫画家になり、51歳でインタビューライターになった。気づけば4冊の本を出し、NHKで教え、新聞やテレビ媒体でコラムを書くまでになったのだ。
36歳の自分に20年後の自分の話をしても、おそらく信じないだろう。
今までわたしが心がけてきたこと、やってきたこと、やらなかったことを、少しずつ書いていきたいと思う。
この冒頭から始まる記事も、今回で14本目となる。
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10秒で読める「前回までの話」
20年前、趣味で絵を描いていた専業主婦のわたし。ライター講座が縁で決まった「ひよこ企画」は、離婚と同時に頓挫したが、代わりに『仏像ぬり絵』の著者として華々しくデビュー。
フリーのイラストレーターとなり、仕事は激減したが、恋愛運は好調で、「イエローモンキー好き」「美術館好き」の9歳年下男子Yと出会う。初めてのデートで理想の相手だということを確信した。

いよいよ「お仕事編」再スタート
さて、4回にわたって恋愛について書いてきた。「恋愛はいいから、仕事について書いて!」とやきもきしておられた皆さま、お待たせいたしました。
そして次回はまた恋愛編になる予定なので、恋バナ好きな方は、ぜひ次回をお待ちくださいませ。
2007年には仕事が激減したけれど、わたしはそれを手をこまねいていたわけではない。そもそも、Yと出会ったクリエイター集団も「営業の一環」として参加したくらい、仕事人間だったわたし。
とはいえ、結果的には仕事の代わりに彼氏(のちの夫)が釣れたんだけどね。ま、それは置いておいて。
仕事のないときにどう過ごすかで、未来は変わる
フリーランスに波はつきものだ。いいときばかりではなく、なかなか仕事が来ないときもあるものだ。
大切なのは、その時期に何をするか。
人によって、フリーランスの基本となる体力作りに励んだり、ひたすらインプットやアウトプットをして自分の作品世界を広げたりと、さまざまな過ごし方がある。
2007年のわたしは、絵本を学びながら、可能な限りイラストを使ってくれそうな人の集まる場所に出かけて行った。

その一つが、とある社会活動をしている団体の事務所だった。その団体の代表がカリスマ的な魅力のある人で、その人を中心に書籍化、ドラマ化、映画化など「メディアミックス」を仕掛けようと業界人たちがどっと押し寄せていた。
団体の何十周年かのパーティーには著名な芸能人も何人か来ていて「さすが東京は違う」と、自分も一応都民(しかも山手線の内側に住んでいた)のくせに、田舎者丸出しで思ったりした。
わたしはといえば、その端っこにちんまりとお邪魔して、出版社の営業の人たちと他愛もないことをしゃべったりしていた。もはや営業モードというより茶飲み仲間感覚だった。
そうそう、2つ前の記事で大活躍した「全身刺青」のS氏とは、この団体とのかかわりの中で知り合ったのである。
広がっていく世界
ほかには、ライター講座主催のY氏のパーティーや、そこで知り合った元テレビマンの方が主宰する飲み会をはじめ、数えきれないほどの勉強会や同業種交流会に参加した。
イラスト仲間の誰かが常にどこかで展示をしていたので、週に何日かはギャラリー巡りをするのに忙しかったし、自分自身も展示やワークショップに参加して、3日に1回は同じようなメンバーで飲んだり、知らない人と知り合ったりしていた。

絵本のワークショップでは、児童書出版社の編集長から毎回講評されてへこんだり、仲間と励まし合ったり。なんだか結構「青春」していた。もう30代半ばを過ぎていたのに。

2年前には、鳥かごのような庭に閉じ込められていたわたしの世界は、この短い間に、ビッグバン並みのスピードで広がっていったのだった。
そんな日々の中で、気づいたことがあった。
「売れている人」がしていること
それは、「売れている人」は「あちこちマメに顔を出している」ということ。
こう書くと、「いろんなところに顔を出してるけど売れていない」と言う人がいるかもしれない。問題は「どこに顔を出すか」なのだ。残念ながら、売れている人の行動範囲と売れていない人の行動範囲はピッタリとは重ならない。
売れる人は「仕事をくれる人のいる場所」できちんと営業しているんである。売れるには理由があるのだ。わたしの努力もすぐには成果が出なかったけれど、少しずつ実を結んでいった。
ただ、わたしは大きな間違いをしていた。一番大切な一点を忘れていたのだ。売れる人の「もう一つの特徴」を、わたしは無視してしまった。
人に会い、つながり、仕事も少しずつ増えていた。
でも「何を積み上げるべきか」を、わたしは履き違えていたのだ。
「努力の方向性」を間違えたまま、大きく成功するのは難しい。そのことに気づくのはだいぶ経ってからなのである。
おまけ:当時の切実な悩み
この時期に少なからず悩まされたのは「セクハラ」である。

都内で一人暮らしをしているフリーランスの女性なんて、ネギを背負った鴨のようなものなのだ。少なくとも、小さな会社でも会社員であれば、そこまで軽く扱われはしないだろう。
「仕事をお願いしたい」と、打ち合わせと称して呼び出された店で触られたりといったことも何度かあった。そのままなし崩しに関係を持つようなことを匂わせられたこともある。
もちろん断った。
断れば当然仕事には結びつかないが、同意したところで仕事につながるとは限らない。
その担当者とのやり取りに費やした時間がもったいなさ過ぎて、なぜ見抜けなかったのかと、悔しくて眠れなかった。
こうして振り返ると、あの頃のわたしは、仕事のやり方だけでなく、身の守り方もよくわかっていなかったのだと思う。
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