【36歳からの人生の作り方】#15 愛されるほどに暴走する、大人の女性の「自爆妄想」
note創作大賞2026 オールカテゴリ部門 応募作品
36歳まで、わたしは「趣味で絵を描いていた専業主婦」に過ぎなかった。
それがイラストレーターになり、46歳で漫画家になり、51歳でインタビューライターになった。気づけば4冊の本を出し、NHKで教え、新聞やテレビ媒体でコラムを書くまでになったのだ。
36歳の自分に20年後の自分の話をしても、おそらく信じないだろう。
今までわたしが心がけてきたこと、やってきたこと、やらなかったことを、少しずつ書いていきたいと思う。
この冒頭から始まる記事も、今回で15本目となる。
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10秒で読める「前回までの話」
20年前、趣味で絵を描いていた専業主婦のわたし。ライター講座が縁で決まった「ひよこ企画」は、離婚と同時に頓挫したが、代わりに『仏像ぬり絵』の著者として華々しくデビュー。
フリーのイラストレーターとなり、仕事は激減するが、「イエローモンキー好き」「美術館好き」の9歳年下男子Yと出会う。恋愛が順調な中、仕事でも精力的に動き回っていた。

イケメンパワーにクラクラ
さて、そんなわけで今回は「恋愛編」である。
Yと付き合い始めてから、わたしは「イケメンパワー」のなせる技を見せつけられることになった。
ファミレスやホテルの朝食バイキングで、わたしたちはしばしば、隣り合わせた女性2人組を怒らせた。
彼女たちは最初は普通に話をしているのだが、そのうちチラチラとこちらを見るようになり、やがてヒソヒソと何事かを話しだす。最終的にはテーブルをバンッ!と叩いて席を立って帰ってしまうのであった。あれ?まだ食べかけなのに…
わたしたちは何もしていない。
ただ、彼がせっせとドリンクバーの飲み物をわたしのために運んでくれて、わたしはそれを笑顔で受け取っただけ。そして、趣味がマッサージの彼は、わたしの手のツボ押しをしてくれて、わたしが思わず痛みに体をよじって悶絶しては二人で笑っていただけ、なのだ。
でもそれが、彼女たちには、イケメンをアゴで使う高飛車な女に見えただろうし、人目もはばからず手を握り合ってイチャイチャするカップルに見えたのだろう。
そういったできごとは一度や二度じゃなかったし、すれ違いざまに彼をジ―ッと見つめ、隣のわたしを見て、明らかにムッとしている女性にもよく出会った。
普通に彼氏とデートしているだけで、こんなに嫌われたことは初めてだった。
周囲の視線を集めるほど魅力的な彼。この幸せは本物? いつか魔法が解けるんじゃない?彼の気持ちを疑っているわけではない。それなのに、ときおり不安になるのはなぜなんだろう。
年の差恋愛あるある
周りの反応も今までとはまったく違った。まずYの年齢を言っただけで、もれなく心配された。「大丈夫?騙されているんじゃない?」これは「歳の差恋愛あるある」なのかもしれない。
それでも彼に会えば、「この人なら大丈夫」と誰もが太鼓判を押してくれた。
春になり、Yと出会ったクリエイター集団のメンバーで新宿御苑に花見に行った。彼らの間では「ひよこが必死に頑張ってYを落とした」という話がまことしやかに語られていた。
Yは2人でいるときには「違うのにね」と否定するくせに、みんなの前ではニコニコしているだけだった。確かにムキになって否定するのは野暮だとわかっている。
それでも、彼らの視点は「社会の目」だった。誰がどう見ても、年上のわたしが見苦しく彼を追いかけているようにしか見えないのだ、という事実は、わたしの胸を刺した。
彼はたまに「ずっと一緒にいましょうね」と言ったりした。それはどういう意味?と聞けずにいたのは、やっぱりわたしには、9歳年上という事実が引っ掛かっていたからなのだと思う。
アリスの世界でプリンセス気分
39歳の誕生日を数日後に控えたある日、友人たちから「誕生日にプロポーズされるんじゃないの?」と言われて、「まだ早いでしょ」と言いながらも、すっかりその気になってしまったわたし。
誕生日の前日、Yが予約しておいてくれた店で食事をした。行ってみて驚いた。『不思議の国のアリス』をテーマにしたレストランだったのだ。
わたしはスクールの装画の課題に選ぶほど『アリス』が大好きだった。アリスはわたしの中で「特別」なのだ。

しかし店内は見事に若い女子ばかり。ファンタジーな世界観に女子はうっとりだけど、抵抗ある男性もいるのではないだろうか。
それまで、高級なお店に連れて行ってもらったことはあったけれど、わたしの好みにここまで合わせてくれた人は初めてだった。
しかも、誕生日のお祝いは、これだけじゃなかった。

たくさんの「おめでとう」より欲しかった言葉
誕生日当日は、ベタだけど東京ディズニーリゾート(TDR)で過ごした。彼は前もってチケットを予約しておいてくれた。
初めて知ったけど、誕生日だと申告するとシールがもらえて、それを胸に貼るとキャストたちから「おめでとうございます!」って言われるのね。

生涯で一番たくさん「おめでとう」を言われた日だったと思う。すごくシアワセな一日だった。

でもわたしが待っていたのは、大勢の人の「おめでとう」じゃなかった。
そしてその日、わたしの待っていた言葉は聞くことができなかったのだ。
名古屋出張の夜
当時のYは会社員(SE)で、出張でたびたび名古屋を訪れていた。2008年のGW直前も名古屋出張だというので、わたしも一緒に行き、実家には寄らず、そのまま2人で泊まることにした。
「今度こそ、絶対プロポーズだよ!」友人たちは太鼓判を押してくれた。わたしには、心の奥にどんよりとしたものを感じながらも、友人たちの言葉を信じようとした。
いつだろう、と笑顔の隅でずっと待っていた。
セントラルパークで流れる水を眺めながらサンドイッチを食べてるときも、三越でやってたリラックマ展でキイロイトリと記念撮影したときも、サンシャインサカエの観覧車でまちの夜景を眺めているときも。ずっと待っていた。

夕食は手羽先の名店・風来坊へ。都内には風来坊と人気を二分する世界の山ちゃんの店舗はあちこちにできていたけれど、風来坊はまだなかった。コショウのきいた山ちゃんより甘辛い風来坊の方が好みのわたしは、Yに食べてもらうのを楽しみにしていたのに。
わたしは、おいしそうな手羽先を前に、泣きだしてしまったのだ。
なぜ、わたしは泣いたのか
かわいそうなのは、わたしではなくYだ。
彼が一体どんな悪いことをしたというのだろうか。聞き上手な彼は、いつもわたしの話を聞いてくれて、わたしを喜ばせるために精一杯のことをしてくれていた。アリスディナー、一生分の「おめでとう」をもらえたTDR。
(さっきまであんなに楽しそうだった彼女はなぜ泣いているのか)彼の戸惑いが手に取るようにわかった。そんな彼に、わたしは心のうちを吐き出した。
彼の気持ちに対して1ミリも疑いなどなかった。問題は、わたし自身の中にあった。
Yは、両親に大事に育てられた一人息子。彼の両親は、息子にわたしのような女と結婚したいといわれたらどう思うだろう。
9歳年上、バツイチ、フリーのイラストレーターなんてヤクザな職業。
自分が両親だったら絶対嫌だ、と思った。
反対されるに決まっている。もしかするとYもそれを見越して、わたしにプロポーズできずにいるのではないか。そこまで勝手に考え、いや妄想して、わたしは泣いていたのだ。
バカバカしいと笑いたいなら笑うがいい。
36歳で離婚したことも、イラストレーターという道も、すべて自分自身で選んだこと。それを誇りに思いこそすれ、恥ずかしいなんて思ったことはなかった。
それでも、9歳年下の育ちのよい彼を前にしたとき、わたしは初めて自分の選んだ道を後悔したのだった。
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