【36歳からの人生の作り方】#20 40代、「人生詰んだ」と思った日から全部が動き出した
note創作大賞2026 オールカテゴリ部門 応募作品
36歳まで、わたしは「趣味で絵を描いていた専業主婦」に過ぎなかった。
それがイラストレーターになり、46歳で漫画家になり、51歳でインタビューライターになった。気づけば4冊の本を出し、NHKで教え、新聞やテレビ媒体でコラムを書くまでになったのだ。
そして、36歳で離婚し、39歳で9歳年下の男性と再婚した。
36歳の自分に20年後の自分の話をしても、おそらく信じないだろう。
今までわたしが心がけてきたこと、やってきたこと、やらなかったことを、少しずつ書いていきたいと思う。
この冒頭から始まる記事も、今回で20本目となる。
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10秒で読める「前回までの話」
20年前、趣味で絵を描いていた専業主婦のわたし。ライター講座が縁で決まった「ひよこ企画」は、離婚と同時に頓挫したが、代わりに『仏像ぬり絵』の著者として華々しくデビュー。
イラストレーターになったわたしは9歳年下男子Yと39歳で再婚。Yは持病のアトピーが悪化。震災をきっかけに、名古屋のひよこ実家へ引っ越す。そこからはひよこ母との地獄のバトルの日々が始まった。

地獄よ再び
母との同居生活は、大げさでなく地獄だった。
2011年7月にはじまった地獄は、2013年11月に一つのピークを迎えた。オットのアトピーが再度悪化して、倒れたのだ。
2012年から2年間通っていた写真学校の卒業を目前にして、彼は学校に通えなくなってしまった。
我が家の経済状況
当時の我が家の状況は、かなり悲惨だった。都内まで遠征して営業したりしたものの、わたしにはサッパリ仕事が来なかったのだ。
2013年の夏には大枚はたいて、毎年東京ビッグサイトで開催されているクリエイターEXPO(クリエイターの商談イベント)にも参加した。

なんとその場で、本を書かないかという話が来た。企画のためにあれこれ工夫をしてやりとりがはじまった。しかし、最初の話では、8割は通ると言っていたのに、結局企画は通らなかったのだ。
先方から謝罪の手紙が届いた時の絶望感、心臓がすうっと冷えていく感覚は、今も忘れられない。
そんな中、オットが倒れたのだ。
ひよこ、ハケンになる
わたしの中に、大きな変化があった。
イラストだけでなく、もっと自分が主体的に働かねば、と決意したのである。
正直、遅すぎるくらいだが、そこからの行動は早かった。
さっそく派遣会社に登録すると、すぐに仕事が決まった。
そして皮肉なことに、仕事が決まった数分後に、クリエイターEXPOで知り合った編集さんから、かなり大きな仕事の依頼があったのだった。

イラストと会社の両立
実はその冬のことは、記憶が曖昧だ。
派遣で勤めていた企業は、1月から3月までが繁忙期だったので、9時から20時くらいまで働いた。帰宅後、22時から深夜2時くらいまでイラストの仕事もした。休日も休めず、一日中イラストを描いた。
忙しすぎて、ほとんどSNSもできなかった。目まぐるしく日々は過ぎていった。だから、断片的な記憶しかないのだ。

2月を過ぎた頃から、どうにかオットは学校に通えるようになり、ギリギリ卒業できた。
しかし、ホッとしたのもつかの間、4月になると、わたしは生まれて初めて「不整脈」が出た。医師からは、強いストレスがあるのでは、と言われた。
たしかに、わたしには大きなストレスがあった。
「できないわたし」からの卒業
派遣先企業でわたしの上司になった人物は、仕事はできるのだが、かなりクセが強く、社内で嫌われていた。
わたしは、その上司と仲が良かった。すると、今度はその上司と一緒に孤立して、周りからいじめられるようになった。
そんな理不尽な日々に、体が悲鳴を上げていた。
その上司は、生まれて初めて「仕事ができる」と認めてくれた人だった。20代の頃は「できない」と言われ続けて来たのに、40代になったわたしは、その後どこに行っても「できる人」として扱われた。
これは新たな発見だった。
若いころはコピーを取ったり、伝票を切ったりといった簡単な仕事しかさせてもらえなかった。そんな「誰にでもできるような仕事」が絶望的にできず、「これじゃ自分は、どこでも勤まらない」と絶望していたのだ。
でも、PCでソフトを駆使して作業をするのは自分の想像以上に得意だった。
自分に向いている環境ならば、結果を出せるのだ、と知った。
5時間睡眠でストレスと闘う日々
もちろん、ストレス元は会社だけではなかった。母である。
母は「あんたが勝手に働くことにしたんだから、家事は全部やりなさい」と言って譲らなかったので、朝は3人分のお弁当を作った。
しかし、毎日帰りが20時過ぎるので、21時に眠りたい母は、仕方なく夕食作りも洗濯もやってくれるようになったが、「私は、あんたたちにこき使われるために生きてるんじゃない」と呪いのように言われ続けた。
1日24時間のうち、会社とイラストの仕事だけで16時間。朝の支度と夕食とお風呂を引くと5時間しか残らなかった。これ以上家事をしたら、わたしには眠る時間も無くなるというのに。

会社ではいじめられ、母には嫌味を言われ、オットは寝込んでいる。そんな環境では、不整脈が出るのも無理はない、と今は思う。
それでもわたしの人生の変化は、すでにはじまっていた。どん底に落ちるほど、人生は大きく振りかぶって劇的に回り出すのだ。
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