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彼氏と「はじめての同棲」 前編(大学1年のころ)

夏休み、野生児と出会った

大学1年の秋から冬にかけて、3ヶ月間だけ、同棲していたことがある。

はじめての同棲だった。

暮らしていたのは、当時よく一緒にいた、マサという大阪出身の男子。

私は実家から大学まで、電車を2本乗り継いで約1時間かけて通っていた。
めっちゃ遠いってわけじゃないけれど、学校の近くに住んでる友達がやたらと羨ましくて、よく遊びに行ったり、朝まで宅飲みしたりしていた。

「一人暮らししたいなあ」なんて口には出しても、3人兄弟の長子という立場上、あまり強くは言えなかった。
お金のこともあったし、なんとなく、空気を読む子だったのだ、当時の私は。

そんな頃、私はボランティアサークルに入っていた。
今でいう学童保育みたいな感じで、放課後の子どもたちと一緒に鬼ごっこしたり、泥だんごを作ったり、時々すべり台でズボンを破いたり、まあつまり、わりと本気で遊んでいた。

子どもたちのパワーってすごい。
ひとしきり遊んだあとに、サークル仲間とカラオケに行って、深夜のテンションでミスチルを熱唱するまでがワンセットだった。

マサと出会ったのは、夏休みのボランティア活動だった。
子どもたちを連れて科学館に行ったり、スイカ割りをしたり、なんとなくゆるいサマースクールみたいな内容で。

彼は、とにかく子どもと遊ぶのがうまかった。というか、遊びすぎてた。

子どもたちと一緒になって全力で走り回って、他の真面目なスタッフからたまに怒られていたけど、本人はどこ吹く風。
子どもたちからも大人気で、みんなから「マサ」って呼び捨てされていた。

いや、呼び捨てって、なかなかなかった。
普通は「〇〇さん」とか「〇〇くん」とか付けられるのに、マサはあだ名で呼ばれて、呼び返すときも「○○ちゃん」じゃなくて「ナオ!」とか「アユミ!」とか、対等な感じで。

第一印象は、正直「がさつな野生児」だった。
日焼けで真っ黒、笑い声がでかい、ノリで生きてる感じ。
でも、ボランティア後の飲み会でその印象はガラリと変わった。

居酒屋でサラッと人数分の箸を配って、店員さんに笑顔でドリンクを頼んで、飲みすぎたスタッフをそっとトイレに連れていく。

……気遣いの鬼か。

え、なにこのギャップ。
子どもたちと一緒になって泥だらけになってた人と同一人物……??

このとき私は、ちょっとだけマサのことが気になりはじめたのだった。
まるでひと夏の野生児が、ふと見せた都市型のやさしさ。
これは、なんか、アレだ。今で言うギャップ萌えみたいなやつだ。


ゲラゲラ笑って距離が近づいた日

マサと仲良くなったのは、子どもたちを連れて行く予定だったプラネタリウムの下見に、ふたりで行ったときだった。

その日、館内は冷房がきいていて、薄暗くて、シートはゆったりめで。
もう、いかにも「寝てください」と言わんばかりの空間だった。

で、隣の列に、ひときわ目立つおじさんがいた。

プラネタリウムが始まって、天井いっぱいに星が映し出されたあたりで、
「ゴォォォ……ッ」という、まるで古代の怪物みたいないびきが響きはじめた。

スタッフさんがやってきて、小声で「お客様、静かにお願いします」と言って起こしていた。
けれど、少し経つとまた「グゴォォ…」と、再開。
再び注意されて、また再開。その繰り返し。

私は気になって星どころじゃなかったし、マサはマサで肩を震わせて笑いをこらえていた。

けどさすがに上映中は笑えなくて。
でも、終わって館内を出た瞬間、ふたりとも耐えきれなくなった。

「なにあのおっさん!!」
「3ターン目のいびき、ボス戦やったやろ!!」

腹を抱えて笑って、涙が出るほど笑って、頬の筋肉が痛くなるぐらい笑った。
息も絶え絶え、ベンチにへたり込んで、笑い疲れてから喫茶店に入った。

それまで、マサとはサークルの雑談くらいしかしたことがなかったけど、
この日を境に、いろんなことを話せるようになった。

笑いって、すごいなと思う。
警戒心とか壁とか、そういうのを一気にふっとばす力がある。

その後、マサがゲイであることをサラッと話すのを、私は何度か目にした。

飲み会の席で「俺、男としかせーへんからなー」と、冗談っぽく言って、
まわりが「またまた~」とか言いながらも、誰も責めたり引いたりしなかった。

そのあけすけさが、正直うらやましかった。

私はまだ、自分がバイであることを、誰にもちゃんと言えずにいた。
でもある日、マサとふたりきりのときに、思い切って打ち明けてみた。

「俺さ……バイなんだよね」って。

心臓が、ドックンドックンいってた。

でもマサは、ちょっとお菓子の好みを聞いたみたいなトーンで、
「へー、そーなんや」って言って、それで終わりだった。

詮索されることもなければ、誰かに言いふらされることもなかった。
変に気を遣われることも、踏み込まれることもなかった。

ただ、そこに置いておいていいよって、そう言われた感じだった。

このとき、私の中にあった“鍵のかかった箱”が、ひとつ外れた気がした。


「なんで泣いとんねん」って笑いながら泣いていた

よくふたりで通っていた、高円寺の小さな居酒屋があった。
昭和みたいなポスターが貼ってある店で、メニューは手書きで、ホッピーがやたらと安くて。

そこでは、マサとくだらない話も、まじめな話も、たくさんした。

その日も何気なく、高校時代の話になった。

「実はさ、高校のとき、一回死のうとしてん」

マサがそんなことを言い出した。唐突だったけど、不思議と構えることはなかった。

好きだった後輩がいて、勇気を出して告白したら、
「僕にはそういう趣味ないんで」と、冷たくフラれたんだって。

しかもその話を、相手がまわりにバラしてしまって、
一気に学校に居場所がなくなってしまった。

「まじで、教室の空気すら吸いたくなかったわ」

そう言いながら、ジョッキをちょっと傾けたマサの目が、うすく濡れていた。

私はその話を聞いて、しばらく言葉が出なかった。
まさか、あの明るくてお調子者のマサに、そんな過去があったなんて。

ずっとゲイであることをオープンにしていて、
笑いながら「俺、男としかせーへんから」とか言ってたから、
勝手に「ずっと受け入れられてきた人」なんだと思い込んでいた。

でも、そうじゃなかった。

「子どもの頃からお調子者」なのと、
「つらい経験を経てお調子者になった」っていうのは、ぜんぜん違う。

おちゃらけてるようで、そこには痛みの経験があって、
だからこそ、人の心の折れそうな場所にも気づけるのかもしれない。

そう思ったら、自然と涙がこぼれた。
グッとこらえたつもりだったけど、あたたかいものが勝手にこぼれてきた。

気づいたらマサも「なんで泣いとんねん」って笑いながら泣いていた。

その流れで、私も話した。

小5のとき、「ゲイだろ」と言われていじめられたこと。
男の子と仲良くしていただけで、なにか気持ち悪いもののように扱われたこと。

「そうか、お前もか」みたいな顔をしたマサは、うん、うん、とうなずいていた。

それまでも友達だったけれど、この夜に話したことで、
お互いの「誰にも見せたことのない場所」みたいなところが、少しだけ重なった気がした。

重ねた手のひらじゃなくて、胸の奥のほうで触れあったような、そんな夜だった。


「うち、来るか?」

店を出てすぐにそう言われて、うなずいた。

マサの家に行くのは、特に迷いはなかった。

というよりも、ひとりで帰りたくなかった。
その夜が終わってしまうのが、惜しかった。

“もしかしたら”の予感はあったけれど、それでもいいと思った。
そんな気持ちが自然と育っていた。

(この話「中編」に続きます ↓ )


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