彼氏と「はじめての同棲」 中編(大学1年のころ)
【前編までのあらすじ】
大学1年の夏休み、私はマサという大阪出身の男の子と出会った。
きっかけは、ボランティアサークル。子どもたちと全力で遊ぶ野生児のような彼が、ふと見せた優しさに心を惹かれていった。
二人で行ったプラネタリウムの下見、みんなの前で冗談交じりに自分のセクシュアリティを語る彼の姿。そのどれもが、少しずつ私の心をほどいていった。
ある日、高円寺の居酒屋に二人で行った夜のこと。彼の過去にあった痛みや孤独を知った。胸の奥のほうで、何かがふれあったような、不思議なつながりを感じた。
前編はこちらから↓
トランクス一丁で鍵を渡される
高円寺の居酒屋を出てすぐに、
「うち、来るか?」
そう言われて、うなずいた。
マサの家に行くのは、特に迷いはなかった。
というよりも、ひとりで帰りたくなかった。
その夜が終わってしまうのが、惜しかった。
“もしかしたら”の予感はあったけれど、それでもいいと思った。
そんな気持ちが自然と育っていた。
そして翌朝。
目を覚まして天井を見上げて、
ああ、マサの家だ、と思い出した。
一夜を共にしたことは後悔していなかった。
ただ、ワンナイトで終わってほしくないという気持ちが、胸の奥に静かに残っていた。
気だるい体を起こして、くしゃっとなった髪を手ぐしで整えて、
「泊めてくれてありがとう。じゃあ、学校行くね」
と声をかけて、玄関に向かったそのとき。
トランクス一丁のマサが、無言で私の手に何かを握らせた。
……部屋の鍵だった。

え、これってどういう意味?
問い返す前に、マサは「ほなねー」と言いながら、ふつうに台所へ消えていった。
翌日、大学の授業を終えて、一度実家に戻り、
少し多めの着替えを旅行カバンに詰めて、ふたたびマサの家へ向かった。
インターホンを押してみたけれど、返事はない。
ポケットの中の鍵を握りしめながら、
「これって本当に“合鍵”なのかな……」と不安がよぎった。
一緒に暮らしてもいいよ、のサインだと信じていたけれど、
もし違っていたら? 着替えまで持ってきて、この空回りどうする、と。
さすがに不安になった。
でも、鍵はあっさり鍵穴に吸い込まれて、スルッと音を立てて回った。
パチン、と軽やかな音がして、ドアが開いた。
誰もいない部屋。
ほんのり残ってるシャンプーのにおいと、昨日と同じ空気。
本棚を見ると学校の教科書とマンガが並べてあった。
私はマンガの『クマのプー太郎』を取り出して、
ひとまずソファに腰をおろした。

しばらくしてマサが帰ってきて、
私がそこにいることに、驚くこともなく。
「メシにしよか」
それだけ言って、冷蔵庫を開けて料理を始めた。
缶詰のツナと、千切ったキャベツをフライパンでざっと炒めて、
ゆでたパスタにざざっと絡めて。味見もせずに皿に盛る。
料理番組もレシピサイトもいらない、慣れた手つきだった。
…これが、同棲一日目のはじめての晩ごはんだった。
ふたりの暮らしが、音もなく始まった。
「うまいやん」と言って食べてくれたこと
マサとの同棲生活が、はじまった。
マサが用意してくれた晩ごはんを食べて、
マサが先にお風呂に入ってる間に、私は皿を洗う。
そのあと私が入って、出てきたら布団がもう敷いてあって。
電気を消して、たわいない話をして。
なんというか、毎日が“合宿の夜”みたいだった。
ちゃんと暮らしてるのに、どこかふわふわして、少しだけ祭りのあとみたいな匂いもして。
朝、目を覚ますと、パンが焼ける香ばしいにおいと、
ジュウ…っていう目玉焼きの音。
「あ、今朝はハムもついてるかな」とか思いながら、ゆっくり起きて、
洗面所で歯を磨いて、並んだ歯ブラシを見て、ちょっとニヤッとする。
マサは普段メガネだったけど、寝起きとかお風呂上がりとか、
メガネをかけてない顔は、同棲してる私だけの特権だった。
たまにTシャツを借りた。
サイズがほぼ一緒だったから、マサの首元がちょっとヨレたシャツを着ると、
なんだかそれだけで嬉しかった。
マサの料理は、何を食べても美味しかった。
なかでも印象に残ってるのは、やっぱりあの日の、
缶詰のツナとキャベツのパスタ。

あれから何度も「またあれ作って」ってリクエストして、
そのたびにマサは「しゃーないなあ」って言いながら作ってくれた。
でも不思議なことに、同じ材料を使ってるはずなのに、
彼と会わなくなってから何度も再現しようとしても、あの味にならない。
特別な調味料とか、ないはずなのに。
「なんでだろう?」って、いまだに答えが出ないまま、
たまにキャベツを見るたび、マサの横顔がちらっと浮かぶ。
ある日、「私も作れるようになりたい」と思って、本屋に行った。
料理本のコーナーで、初心者向けのやつを1冊買って、
はじめて作ったのが、オムレツとお味噌汁と白ご飯だった。
マサは「うまいやん」と言って全部食べてくれた。
ほんとかどうかは知らないけど、私はめちゃくちゃうれしかった。
それまでは、料理って「面倒くさいな」って思ってたけど、
誰かのために作るとなると、不思議とやる気が出る。
最初はずっと「用意してもらって申し訳ない」って気持ちがあった。
でも、私がマサのためにご飯を作ることでうれしかったように、
マサも私のために作ることが、しあわせだったならいいなと思った。
料理って、気持ちなんだな。
…なんてことを思ったのは、もっとあとになってからだったかもしれないけど。
ハニワのキーホルダーと、はじめてのラブホ
「パチンコ当たってん。たまには出かけよか」
マサがそう言ってきたある休日。
そういえば、同棲を始めてから、ちゃんとした“おでかけ”ってしてなかった。
スーパーに買い物とか、近所のコンビニとか、
そんなのばっかりだった。
だからすごくうれしくて、わざわざ一度実家に帰って、
お気に入りの服と靴をバッグに詰め込んだ。
「せっかくやし、ちゃんとした格好で行きたい」と思った。
ふたりで行ったのは、上野の国立科学博物館。
あの静かで広い空間で、マサと並んで歩くのはなんだか新鮮だった。
お土産コーナーで、マサがハニワのキーホルダーを買ってくれた。
その場で合鍵につけた。
小さなキーホルダーが、鍵と一緒にカチャカチャ鳴るたびに、
ちょっと笑ってしまう。なんでハニワなんだよ。
夜ご飯どうしよっか、って話になったとき、
マサが「予約してある」と言った。
「高校んとき、テレビでやっててん。
東京行ったら絶対行くって決めてた店。
でも、ひとりじゃイヤでな。
一緒に行ける相手ができたから、今日にしたんや」
そんなふうに言って、店の前まで連れてきてくれた。
名前は忘れたけど、いかにも“予約が必要です”って感じの店だった。
ドアをくぐった瞬間、
「この服でよかったのかな……」とちょっとソワソワしたけど、
マサが目をキラッキラさせてるのを見て、つられて気持ちも明るくなった。

大きなお皿にちょこんと乗ったオードブル、
分厚くてジューシーなステーキ、
何の味かわからないけれど美味しかったデザート。
ワインをグラスに注ぎながら、マサが
「すげー!」「うまー!」って子どもみたいに喜んでた。
私はというと、どのフォーク使えばいいんだっけ?とか、
ナプキンの位置これで合ってる?とか、
内心いろいろ考えていたけど、
「もういいや」と思って、マサと一緒に料理を楽しむことにした。
ちなみに味は、めちゃくちゃ美味しかった。
はじめて食べた食材もあって、なんか感動もした。
でもね、正直なことを言うと、
「マサの作るご飯の方が好きだな」って思った。
これは言わなかったけど。
ご飯のあと、マサが「今日は泊まって帰ろ」って言って、
ふたりでラブホに向かった。
1軒目は、部屋のスイッチを押した瞬間におばちゃんが飛び出してきて、
「男性おふたりは…すみません」って、追い出された。

(この話「後編」に続きます ↓ )
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