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彼氏と「はじめての同棲」 後編(大学1年のころ)

私はマサという大阪出身の男子と、3ヶ月間だけ同棲していた。
きっかけは、ボランティアサークル。
野生児のように子どもと遊ぶ彼の姿に惹かれ、冗談交じりにセクシュアリティを語る姿に、心がほどけていった。

ある夜、彼の過去を知った居酒屋の帰り道――
「うち、来るか?」のひと言が、ふたりの暮らしの始まりだった。
ふたりで迎える朝、たわいない夜の会話、並んだ歯ブラシ。
合宿の夜みたいな、少し祭りのあとみたいな、夢と現実のあいだにいるような毎日。
はじめて私が作ったオムレツを「うまいやん」と食べてくれたこと。
料理は面倒くさいだけじゃなく、「誰かのために」が原動力になることも知った。

ある日、パチンコで当てたマサが「たまには出かけよか」と言ってくれた。
ふたりで科学博物館を歩き、マサがずっと行きたかったレストランへ。ワインを手に、子どもみたいにはしゃぐ彼の横顔。

…そんなふたりが、はじめて一緒にラブホテルを訪れた夜。
そこでは、思いもよらない“お断り”が待っていた――

前編はこちらから↓


はじめて入った上野のラブホテル

ご飯のあと、マサが「今日は泊まって帰ろ」って言って、
ふたりでラブホに向かった。

1軒目は、部屋のスイッチを押した瞬間におばちゃんが飛び出してきて、
「男性おふたりは…すみません」って、追い出された。

ふたりで「まじか」とか言いながら笑って、2軒目へ。
そっちはすんなり入れた。

初めて入るラブホは、思ったより味気なかった。

ちょっとタバコ臭くて、壁紙が妙なピンクで、
ゴワゴワしたタオルが積んであった。

ベッドに大の字でダイブして、
「わー!広いー!」ってふたりで騒いだ。
でも本音を言えば、マサの家のセミダブルの布団のほうが好きだった。

ぎゅうぎゅうで、お互いの息がかかるくらいの距離感。
あれのほうが、あったかかった。

広いバスタブでは、初めて一緒に湯船に入った。
それはそれで、楽しかった。

でも、ふと思い出した。

いつもなら、マサが風呂に入ってる間に、私が皿を洗って、
そのあと私が風呂に入ってる間に、マサが布団を敷いてくれてた。

何気ない流れの中に、互いの存在が溶け込んでいた。

全部が用意されてて、何もしなくていい場所って、
楽ちんだけど、どこかさびしい。

不便でも、相手のために何かできるって、
たぶんすごく幸せなことなんだと思った。


知らない誰かと寝ている姿を目撃

外は雨だった。
しとしと、ぽつぽつ、ざあざあ、どれでもなく、静かに降る雨。

ふたりで一日じゅう、布団の上でゴロゴロして過ごした。

なんにもしなかった。
マンガの北斗の拳を読んで「秘孔を突いた!」ってマサのわき腹をチクッとやったり、「北斗百裂拳!」って背中をポコポコ叩いたりして、
ふたりで笑って、それだけで日が暮れた。

「なにこれ、最高すぎるな」って思った。
こんなふうに、ただ一緒にいるだけで満たされる時間があるなんて、知らなかった。

好きな人と一緒にいられるのは幸せだけど、
好きな人と“暮らす”って、またちがう幸せなんだなって思った。

だけど、その幸せは、あっけないくらい簡単に終わった。

数日、実家に帰っていた。
用事をすませてマサの家に戻って、玄関の鍵を開けたとき、
空気に、違和感があった。

部屋の匂いが、いつもとちがう。
マサの匂いでも、私の匂いでもない、
どこか“よそもの”の匂い。

玄関に、見たことのない靴があった。
洗面台のコップは、いつもなら歯ブラシがふたつ並んでたのに、コップごと隠されていた。

そっと、部屋のドアの前まで来て、
なんとなく気づいてしまった。

中に誰かいる。
マサと、知らない誰か。
ふたりの裸の肩が、布団からのぞいていた。

声をかけようかと思ったけど、
口が動かなかった。
なにを言えばいいのか、ぜんぜんわからなかった。

だから私は、音を立てないように、そっと、また玄関を出た。

「考えちゃいけない。考えたら潰れる」
頭の中で、そう繰り返した。
呪文のように、何度も。

現実なのに、現実として処理できなかった。
映画を観てるみたいな、ぼんやりした感覚だった。

だから、その間に、とにかく“持っているもの”を手放そうとした。

マンションのエントランスを出て、
ポケットの中の合鍵をどうしようか、迷った。

これを手放せば、少しは楽になれる気がした。
部屋番号が書かれた集合ポストに、
ハニワのキーホルダーごと、鍵を落とし入れた。

「ガチャッ」
小さな音がした。

どこか行こう、と思った。
でも、どこに行けばいいかわからなくて、
とりあえず新宿から山手線の外回りに乗った。

車内で寝て、起きたとき、少しだけ気持ちが落ち着いていた。
だけど同時に、マサと見たあの光景が、少しずつ現実の輪郭を持ちはじめて、
だんだん、じわじわ、悲しくなってきた。

それから数日は、
「マサのとこに戻ればやり直せるかもしれない」
「でも、もう戻れない」
その思考の往復だった。

マサの家の最寄駅まで行ってしまったこともある。
だけど最後は、思った。

「あのとき、ポストに鍵を入れた自分の覚悟を、
台無しにするのはやめよう」って。

それだけが、当時の私を守ってくれた。
それだけが、私の“意志”だった。


「はじめての同棲」から得られたもの

最終的には、マサに裏切られたのだと思う。

でも、なぜか恨む気持ちは湧いてこなかった。
それよりも「あぁ、やっぱりな」っていう気持ちのほうが近かった。

しあわせすぎたから。
あまりにもしあわせすぎて、「こんなに満たされてるのは、ちょっとおかしいかも」って、
どこかでずっと思っていた。
だから、いつか終わるって、うすうすわかっていた。

マサには感謝してる。

私のことを疑わず、まっすぐに受け入れてくれたこと。
いつもご飯を作ってくれて、
「たまには出かけよう」って連れ出してくれて、
なんでもない夜に、ただ一緒にいることを楽しんでくれて。

ほんとうに、たくさんのことをもらった。

だからこそ、
彼が私ではない誰かを選んだとしても、
それを邪魔したくないと思った。

応援なんてできるはずないけど、
せめて邪魔しないことが、私にできる最後のやさしさかなと思った。

マサと暮らして学んだことは、
「なにかをしてもらうことは嬉しいけど、
誰かのためにしてあげることのほうが、もっと嬉しい」ってことだった。

それを体現していたのが、マサだった。

気づけば私も、
マサのためにオムレツを焼いたり、味噌汁をつくったりすることが、
嬉しくて仕方がなかった。

恋人として「つきあう」だけなら、
自分のいいところだけを見せようってがんばれる。

でも「一緒に暮らす」となると、
そうはいかない。
朝の寝起きとか、イライラしてるときとか、
気がゆるんで、ついダメな自分が出てしまう。

でも、それも含めて、おたがいを受け入れながら
一日一日を重ねていけるのって、
ほんとうに、豊かなことだった。

そのあと何度か「同棲」を経験することになるけれど、
最初の同棲相手がマサだったおかげで、
私はたぶん、ちょっとは“やさしく暮らせる人”になれたんじゃないかと思う。

「ひなたってやさしいよね」
「一緒にいると落ち着く」

そう言ってもらえたとき、
私はたまに「マサだったらこうしてたかな」って考えて動いていた。
たぶんそれが、彼から受け取った一番大きな贈りものだったんだと思う。

一緒に過ごした時間を後悔することはない。
でも、今これを書いていて気付いたのだけれど、ツナ缶とキャベツのパスタの作り方だけは聞いておけばよかった。
……ホント、あれどうやって作っていたのだろう?

それはさておき、

あのとき、
トランクス姿のままで、私の手に合鍵を握らせてくれたマサ。

そして、その鍵を何のためらいもなく、受け取った私。

どちらにも、ありがとうを言いたい。
まさに、あれは私にとっての「幸運の鍵」だった。

(翌年の春に出会った元彼についてはこちら ↓ )



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