男子とファーストキスの思い出(保育園のころ)
クラスに現れた「キス魔くん」
保育園時代の私は、よく走る子だった。
正義感が強かった……というとちょっとカッコよすぎるけれど、「なんかちがうな」と思うことには、つい首をつっこまずにはいられなかった。
誰かがいじめられていれば、駆け寄って止めに入ったし、誰かがいたずらをしていれば「それ、だめじゃない?」と声を上げた。
家庭は、いわゆるふつうの家庭だったと思う。
父は会社員で、母は近所のお店でパート。私は3人兄弟のいちばん上。
弟と妹がいて、「お兄ちゃんなんだからね」と何度言われたことか。
その言葉に、子どもながらに「しっかりしなくちゃ」と思っていたし、それが保育園での“謎の正義感”につながっていたのかもしれない。
保育園の先生は、年配の女性だった。
遠くからニコニコと見守ってくれるタイプで、いたずらをしてもあまり怒らなかった。
だからこそ、あんな日々がやってきたのかもしれない。
そんなクラスに、ひとりの「キス魔」が現れた。
彼は、お調子者だった。すばしっこくて、笑いの中心にいるような存在。
女子のほほを両手でパシッと挟み、顔を固定して、タコの口で「ブチュ」と唇にキスをする。
女子たちは「やだ!」と言いながらも、笑いながら逃げ回っていた。
私も見ていたけれど、なんとなく「これはやっちゃいけないことなんだろうな」と思っていた。
理由ははっきりわからなかったけれど、体のどこかがピリッと反応していた。
ある日、彼にキスされた女の子の代わりに、私は仕返しとばかりにキス魔くんを追いかけた。
逃げられたけど、なんだか鬼ごっこの延長みたいで、それはそれで楽しかった。
“正義”とか“お返し”とか、そんな言い訳をまといながら、私は彼を追いかけた。
それが、これからはじまる、少し甘酸っぱい思い出の序章だった。
「悪いことをしたから」ファーストキス
その頃からだったと思う。
私がサトシくんのことを、なんとなく目で追うようになったのは。
クラスの中でも小柄で、まつげが長くて、どこかハーフっぽい顔立ち。
人形みたいに整ったその顔は、女子たちの注目の的だった。
ときどき、他のクラスの子たちが「ねぇ、サトシくんどこ?」と遊びにくるくらい。
サトシはキス魔くんと仲がよくて、ある日、その彼の真似をして、女子の頬にキスをするようになった。
それを見たとき、胸の奥がゾワゾワした。
ムカついたような、なんだかじっとしていられない、説明のつかない感情だった。
「いやがる女子にキスをしたから」
私はそんな理由を掲げて、サトシを追いかけた。
追いついて、彼にキスをした。逃げようとするサトシを、ぐっとつかまえて。
それが、私の記憶に残る、人生で最初のキスだった。
もちろん、表向きは“サトシが悪いことをしたから”だった。
けれど私は、自分の中に別の理由があることに、うっすら気づいていた。
罪悪感もあった。だけど、それでもサトシが誰かにキスするたびに、私は彼を追いかけていた。
サトシのことを、好きだとは思っていなかった。
でも、キスをしてからというもの、夜寝る前になると彼のことを思い出すようになった。
今になって思えば、あれが「好き」って気持ちだったんだろうと思う。
サトシのやさしい横顔
サトシは、キス魔くんと一緒にいるときは、いつもお調子者だった。
でも、そうじゃないときには、違う一面を見せてくれた。
例えばおやつの時間、クッキーが足りなかったとき、自分のを半分にして差し出そうとしていた。
(結局、そのときは先生が別のクラスから分けてもらってきてくれたけど)
そういう優しさを、私はちゃんと見ていた。
そして、ますます彼のことを考えるようになっていった。
不思議なのは、当時、他にも女子にキスをしていた男子は何人かいたけれど、私はサトシ以外には興味がなかったということ。
「悪いことをしたから」という大義名分があったとはいえ、追いかけていたのは、いつもサトシだけだった。
たぶん、キスがしたかったというよりも
ただ、彼とふたりで追いかけっこをしているのが、嬉しかったのだと思う。
私のほうが体も大きくて、足も速かったから、すぐに追いつくことができた。
それで嫌われることはなかった。
むしろ、それがきっかけで仲良くなった。
気づけば、自然と話すようになっていた。
お母さんに見つかった「ふいのキス」
サトシは「ロボダッチ」というロボットのおもちゃが好きだった。
私もあのちょっととぼけたようなフォルムと、パーツの組み替えで遊べる自由さが、すごく好きだった。

ある日、ロボダッチを持って、彼の家に遊びに行った。
ふたりでカブトムシの図鑑をめくりながら、「これ、戦ったらどっちが勝つと思う?」なんて話していた。
気がつくと、ふたりの顔がぐっと近づいていて
私は、サトシにキスをした。
サトシは、顔をそらすこともなく、ふつうの顔でこちらを見た。
そのまま、受け入れるようにしてキスをした。
ちょっと、息を止めたような静かな時間が流れた。
でもその場に、もうひとり、いた。
同じ部屋の隅で、洗濯物をたたんでいたサトシのお母さんが、こちらを見ていて
「あっ、ダメよ、そんなことしちゃ」と、ちょっと慌てたように駆け寄ってきた。
「なぜダメなのか」も「どうダメなのか」も、お母さん自身わかっていなかったようで、
なんとか言葉を探しているように見えた。
私も、なんとなく「よくないことをした」とはわかっていたから、
すっと顔をそらして、それ以上は何もしなかった。
何も言わなかった。
次の日、保育園で先生がクラスのみんなに話をした。
「家で家族の人とキスをするのはいいけれど、保育園でお友達とキスはしてはいけません」
サトシのお母さんから、先生に連絡がいったんだろうなと思った。
みんなの前で話されているのに、自分が怒られているような気がして、なんとなく目をそらした。
それから、私とサトシは、キスをしなくなった。
少しさみしくて、ぽっかり穴が空いたような気持ちもあったけど、
私は私なりに、気持ちの居場所を探していた。
お昼寝の時間。
好きな場所に布団を敷けたので、私はよく、サトシのとなりに布団を並べた。
そして、誰にも気づかれないように、布団の中でそっと手を繋いだ。
先生には、きっとバレていたと思う。
でも、何も言われなかった。
やさしい秘密が、そこにはあった。
サトシの家に「出禁」になることはなかった。
ロボダッチを片手に、私は相変わらず、彼の家へ通った。
「もうキスはしちゃいけない」と知ったふたりの中に、それでも、まだ消えていないあたたかさがあった。
さよなら、タマゴローとサトシと
サトシが転園することを知ったのは、ある日の午後、彼の家でのことだった。
ロボダッチの新しいパーツを組み合わせながら遊んでいたとき、サトシのお母さんがふと、言った。
「もうすぐね、引っ越すことになったの」
「ひっこし」って言葉は知っていたけれど、
そのときの私は、それが何を意味するのか、よくわかっていなかった。
でも、お別れの日が来て、母といっしょにサトシの家に行ったとき
「違う保育園に行くから、もう会えなくなるの」
「新しい家は遠いから、遊びに来るのもむずかしいわね」
そう説明されて、やっと、それが「本当にお別れだ」ということなんだとわかった。
その瞬間、私は声をあげて泣き出していた。
「イヤだ!イヤだ!イヤだ!」
ふだんの私は、どちらかといえば聞き分けのいい子だった。
このときは、自分でも「わがまま言ってるな」ってわかっていた。
それでも止められなかった。気持ちが、言葉の形であふれていった。
母は、何も言わずに、私の頭をそっと撫でてくれた。
それだけだったけど、その手のぬくもりが、今も記憶に残っている。
サトシは、お気に入りだったロボダッチの中から、
一番かわいがっていたタマゴローを、私に差し出してくれた。
「これ、あげる」
そう言った彼の顔を、私はまともに見ることができなかった。
涙が止まらなくて、結局「ありがとう」も言えなかった。
母に手を引かれながら、家に帰った。
その夜、食卓には、私の大好物のグラタンが出てきた。
うちには弟と妹がいて、「小さい子がやけどしたらあぶないから」と、グラタンはめったに出てこなかったのに。
母なりのやさしさだったのだと思う。

机の上の、やさしい記憶
サトシにもらったタマゴローは、ずっと部屋に飾っていた。
小学校にあがって、新しく学習机を買ってもらってからも、その机のいちばん見える場所に、大事に置いていた。
サトシとは、それきり一度も会わなかった。
連絡も取らなかった。
でも、タマゴローを見るたびに、私はサトシのことを思い出した。
カブトムシの図鑑と、あのぬくもりと、「ダメよ」と言ったお母さんの困ったような笑顔と、手を繋いだ昼寝の時間のことまで。
タマゴローは、私にとって「好き」という気持ちを、
そっと教えてくれた存在だったのかもしれない。
名前のなかった気持ちに、あとから名前がついた
恋愛なんてまだよくわかっていなかったあの頃。
でも「初恋」と言われたら、やっぱり彼の顔が真っ先に浮かぶ。
キスをしたときも、手をつないだときも、お母さんや家族と触れるときとはまったく違う、体の奥がふわっとあたたかくなるような、はじめての高揚感があった。
中学生になったころ、私はよく考えていた。
自分が「男子が好きだから」サトシのことを好きになったのか。
それとも、サトシを好きになったことがきっかけで、「男子が好き」になったのか。
その答えは、今もはっきりとはわからない。
でも、サトシに出会ったことで、自分のなかの何かが動き出した気がしている。
「好きな人と別れる」って、こんなにもつらいことなんだと、
私はあのとき、はじめて知った。
それはきっと、大人になってからだって乗り越えるのに時間がかかるような種類のつらさだったと思う。
なのに保育園時代の私は、それをちゃんと受け止めて、泣いて、また明日を歩いた。
今になって、あの頃の自分にそっと声をかけてあげたい。
「つらい気持ちと向き合って、よく頑張ったね」って。
名前のなかった気持ちに、あとから名前がついていく。
あのときの感情も、今ではちゃんと「恋」だって言える。
これを書きながら当時の記憶がブワッと戻ってきた。
学習机の上に飾っていたタマゴローと、あのやさしい思い出たちを。

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