チンだしジャンケン(小学2年のころ)
負けたら自分でズボンを下にずらす遊び
小学二年生のとき、休み時間になると、決まって校舎の裏に行ってた。
苔がびっしりと生えた地面から、すこし湿ったような匂いがして、今思えばあれは“土のにおい”ってやつだったのかもしれない。
でも当時の私にとっては、なんか「ちょっとヘンな匂いのする、冒険の入り口」みたいな場所だった。
そこで3人でじゃんけんをする。
負けた人は自分でズボンを少しずつ下にずらす。ただそれだけの遊び。
ズボンが下に降りきると、今度は同様にパンツを下にずらしていった。全部下に降りたら負け。
「チンだしジャンケン」と呼んでいた。
何が面白かったのか今となってはわからないけれど、3人でゲラゲラ笑いながらやっていた。
メンバーは、タケシ、コウジ、そして私。
タケシが見つけた「面白い場所」
はじまりは、タケシの「面白い場所があるぜ」というひと言だった。
そう言って連れていかれたその場所は、日陰で、少しじめっとしていて、奥まっていて、なんだか人の気配がしない。
秘密基地って、たぶんこういう場所のことを言うんだろうなって、子どもながらに思った。

それ以来、私たち3人は、毎日のようにそこへ通うようになった。
輪ゴム鉄砲で遊んだり、内緒話をしたり、ボールを壁に投げたり──でも、いちばん盛り上がったのはやっぱり、チンだしジャンケンだった。
「外でパンツを脱ぐ」って、ほんとはやっちゃいけないこと。
だけどそれを誰にも見られない場所で、しかもゲームとしてやっているというスリルがあって、ドキドキしながら楽しんでいた。
タケシが気になり始めたきっかけ
3人ともクラスではとくに目立つタイプではなかったけど、タケシがいつも「〇〇しようぜ」と言って、私とコウジがそれに「うん!」と乗っかる。
なんとなく、タケシがリーダーで、私とコウジは“隊員”みたいな関係だった。
コウジとは、ふつうに仲がいい友だちだった。それ以上のことはとくにない。
でも、タケシには、ある日ふと「かっこいい」と思う瞬間があった。
それは、クラスでからかわれていた男子に、タケシが「やめろよ」と声を上げてくれたとき。
私は見てることしかできなかったから、あの一言を言えた彼がまぶしかった。
そのあとからだったと思う。タケシのことを目で追うようになったのは。
あとから気づいたけれど、彼はちょっと大人っぽくて、顔立ちも整っていて、女子にも人気があった。
それを知ったとき、なんだか胸がちくっとした。
侵入者、アケミ
そんなある日、私たち3人の秘密の場所に、4人目が現れた。
アケミ。クラスの女の子。
どうやら私たちのあとをつけてきたらしく、まだチンだしジャンケンが始まる前だったけど、にこにこしながら「私も入れて」と言ってきた。
もちろん私は、即座に断った。
チンがないからダメ・・・というのもあるけれど、それ以上に「3人の秘密」ということを守りたかったから。
でもアケミは、納得してくれなかった。「いいもん、先生に言うから」とぷいっと背を向けて行ってしまった。
ちょっと怒ってるようだった。たぶん、職員室に行ったんだと思う。
先生のやさしいお叱りと、終わった秘密
案の定、次の休み時間に3人そろって教卓に呼ばれた。
先生は、あくまでも静かに、やわらかく話してくれた。
「誰にも見つけられない場所で遊ぶのは危ないこと」──
そんなふうに言われて、私たちは、しゅんとなった。
それから、あの秘密基地に行くことはなくなった。
しっぺ遊びもやめて、また普通に、ドッジボールの輪に戻った。
終わってしまったからこそ、今でも、あの午後の湿っぽい匂いや、下半身を通り抜ける風の感触が、遠い記憶として残っている。
「ちくりやがって」から始まる友情
アケミのことは、最初ちょっと嫌いだった。
……いや、ほんとうに嫌いだったわけじゃないけど、「ちくりやがって」と心の中で舌打ちしたのは覚えてる。
でも不思議なもので、あの一件をきっかけに、アケミと話すようになった。
最初に話しかけてきたのは、たしかアケミのほうだったと思う。
「ねえ、タケシくんって何が好きなの?」って。
その言い方が妙に自然で、肩の力が抜けてて、しかもこっちに敵意とかゼロ。
あれ?と思っているうちに、放課後も一緒に遊ぶようになって、気づいたらめちゃくちゃ仲良くなっていた。
アケミがうちに遊びに来るようになったのは、運動会の写真がきっかけだった。
「ねえ、タケシくんと一緒に写ってるやつ、見せてくれる?」って言われて、アルバムを一緒にめくった。
アケミはタケシの写真を一枚も持っていなかったらしくて、羨ましそうに目をきらきらさせていた。
ちょっとだけ、優越感があった。
そしてその流れで、「ボク、タケシのこと好きなんだ」と告白した。
驚かれるかなと思ったけど、アケミはまるで好きなお菓子でも聞いたみたいに、ふつうに受け止めてくれた。
「じゃあさ、どんなとこが好きなの?」
そう言ってくれた瞬間、私たちは「同じ好き」を持った仲間になった。
そこからはもう、お祭りみたいだった。
タケシの話で笑ったり、真剣にうなずき合ったり、うっかり泣きそうになったり。
懐中電灯の灯りで交わす、秘密のこと
それから私たちは、しょっちゅうお互いの家に遊びに行くようになった。
親たちもすっかり仲良くなって、「これ持って行きなさい」とか「お土産渡してきてね」とか言われるようになった。
アケミのお父さんは、私を野球観戦や釣りに連れていってくれた。
「息子がいたら、こういうことしたかったんだよね」って笑いながら。
アケミは、うちに来ると私の弟や妹と一緒に遊んでくれた。
「うちはお姉ちゃんしかいないから、下の子ってなんかかわいいね」と言いながら。
お風呂も一緒だったし、寝るときの布団も同じだったけど、異性とかそういうのは、まったく意識してなかった。
ただただ「親友」だった。大切で、大好きで、なんでも話せる人。
夜になると、まずはふたりで寝たフリをする。
親が部屋を出ていったのを確認して、そっと布団の中で懐中電灯をつける。
小さな灯りで顔を照らしながら、ひそひそ声で恋バナを始めるのが、私たちのいちばんのお楽しみだった。
タケシの話はもちろん、クラスの男子の中で誰がかっこいいとか、誰が誰を好きだとか、そんなことを語り合っていた。
あの時間、あの布団の中。なんだかすごく大切な宝箱みたいな思い出になって、今も心のなかでぽわんと灯ってる。
「好きな子にチョコを渡す」ということ
バレンタインが近づいたある日、アケミがふいに言った。
「ねえ、タケシくんにチョコ渡そうと思うんだけど…どう思う?」
その言葉に、ちょっとびっくりしてしまった。
バレンタイン=女の子が男の子にチョコを渡す日──そんなの知ってはいたけど、どこか“自分には関係のない世界”のことのように思ってた。
だって私は「男」だし、好きな相手が男子だとしても、自分からチョコを渡すなんて考えたこともなかった。
でも、アケミのその一言は、まるでシャボン玉みたいにふわっと私の胸に入り込んできた。
あ、いいなぁ、って思った。
自分じゃできないことを、彼女がやろうとしている。しかも、ちゃんとまっすぐに。
私は手伝うことにした。
アケミを応援したかったし、何より一緒にチョコを作るの、楽しそうだったから。
台所と、3種類のチョコと、青いリボン
放課後、アケミの家に行って、アケミとアケミのお母さんと3人で、チョコ作りが始まった。
湯煎したチョコを、ハートの型に流し入れていく。白いチョコ、いちごのピンクチョコ、そして定番の茶色いチョコ。3色がならんでいるのを見るだけで、ちょっと嬉しかった。
一番きれいにできた数個を選んで、手紙を添えて、青いリボンでラッピングした。
「青って、タケシの好きな色なんだよ」

アケミがそう言ってリボンを結ぶ横顔が、ほんの少しだけ、いつもより大人びて見えた。
余ったチョコは、紙袋いっぱいにもらって帰った。
「アケミ姉ちゃんからだよ」って言って、弟と妹にも分けた。
でもあれ、ぜんぶ私が手伝って作ったやつだったんだよなあ、なんて思いながら。
ちょっとだけ、ギュッとなったホワイトデー
チョコは無事に、タケシの机の中へ。
男子たちがドッジボールをしている間の、ちょっとした作戦だった。
特に返事があったわけじゃないけど、「うまくいったよ」ってアケミに聞かされて、私はなんだかすごく満足していた。
けれど──
ホワイトデーに、タケシからマシュマロをもらったって聞いたとき。
あのときはちょっとだけ、胸の奥がギュッとした。
それは嫉妬かもしれなかったし、羨ましさだったのかもしれない。
はっきりとは言えないけど、たしかにあの瞬間、自分の気持ちに小さな影が差した。
親たちが期待していた『タッチ』の話
「アケミと一緒にタケシに渡すチョコを作ったんだ」
そんなふうに家で話したとき、母がふと、こんなことを言った。
「え? アケミちゃん、あんたに渡すんじゃないの?」
違うよ、と言っても、ちょっとだけがっかりした顔をしていたのを、今でも覚えている。
あとから聞いた話だけど、当時、テレビでアニメ『タッチ』が放送されていて、親たちは勝手に「うちの子とアケミちゃん、いい感じかも」なんて夢を見ていたらしい。タツヤとミナミみたいな感じで。
でも私たち当人同士は、まるでそんな気はなかった。
ただ、とびっきり仲のいい「戦友」だった。
「女子の気持ち」を教えてくれた人
今思えば、あの時期にアケミと過ごした時間が、「乙女心」や「女の子の気持ち」を観るときの解像度を高めてくれた気がする。
それまで男の子の世界でばかり遊んでいた私が、誰かの気持ちをじっくり聞いたり、好きな人の話で笑ったりするようになったのは、アケミがいたからだった。
大人になって、女友達のほうが多くなる時期が何度もあったけど、そのたびに、あの頃の布団の中の小さな灯りを思い出す。
もし、あのときアケミと出会っていなかったら──
私の人生は、もっと孤独だったかもしれない。
そう思えるくらい、あの時間は、いまでも胸の奥で、あたたかく光っている。
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