ゲイだった僕が、バイになった話 前編(高校2年のころ)
放送室から、彼の大きな背中を見つめてた
うちの高校は、進学校だったけど、ガチガチの雰囲気はまったくなかった。
成績さえそこそこ取っていれば、髪を染めてもピアスを開けても何も言われなかったし、制服の着こなしも自由。
「それ、校則違反じゃないの?」みたいな注意をしてる先生を、一度も見た記憶がない。
いわゆる“ガリ勉”ばかりが集まってるわけじゃなかったけど、授業をサボるような子もいなかった。
静かにマイペースで、それぞれがやることやってる感じの、のんびりした空気。
地元では「ちゃんとした学校」って評判だったから、そこに入れたことで、うちの両親はかなり安心してたと思う。
でも、全国大会に出るような有名な部活があるわけでもなくて。
良く言えば問題がない、悪く言えば“目立ちどころのない”学校だった。
そんな高校で、私は放送部に入っていた。
……といっても、活動らしい活動なんて、ほとんどなかった。
昼休みに好きな音楽を校内放送で流すだけ。あとは、放送室にたまって、だべって、お菓子食べて、漫画読んで、テープにCDダビングして……。
放送部に入ったのは、クラスの仲良しの女の子が「ヒマなら放送室においでよ」って誘ってくれたのがきっかけだった。
CDがたくさんあって聴き放題、漫画も読み放題。しかも部屋に冷蔵庫まであった。
文化部のくせに至れり尽くせり。あれはもう部室というより“ダチの家”って感じだった。
でも何より、放送室のいちばんの魅力は、窓から校庭が一望できることだった。
校舎の2階のど真ん中。午後の日差しが差し込んで、ふと顔を上げればグラウンドが見える。
私はそこから、陸上部のBくんを見つけるのが、放課後の日課になった。
Bくんを好きになったきっかけは、体育の時間のリレー。
最後尾から、すごいスピードで前の人たちを一気に抜いて、テープを切ったあの姿に、心を奪われた。
「足が速い男子って、かっこいいよな」なんて思うのは、小学生で卒業かと思ってたけど、なんか、あの瞬間はちょっと別格だった。

もともと話すような仲じゃなかったけど、それ以来、意識してしまって話せなくなってしまった。
それでも一言くらい話しかけようとしたら、なぜか口がパサパサになって、挙動不審になるから、やめた。
体育の授業で走るのは、その一回きりだったけど、私は大丈夫だった。
だって、放送室という名の“特等席”を見つけてしまったから。
窓の外を見れば、Bくんがグラウンドを走る姿を、何度でも見られた。
特に、スタートの瞬間の、あの緊張をまとった横顔。
何度見てもドキッとした。
女子マネージャーからペットボトルを受け取るところを見かけると、胸がきゅっとした。
誰と話してるでもなく、ただ走ってるだけの彼の姿に、私は毎日、勝手に恋をしていた。
ツンとしてプライド高そうで、苦手な女子
気がつけば、私は放送室に入り浸っていた。
もともとは、仲良しの女友だちに誘われて通ってただけだったのに、その子がいない日まで足が向くようになっていた。
放送室の居心地をもっとよくしたくて、柔道部の友達にもらった畳を敷いて、横になれるスペースを作った。
それがけっこう好評で、「これめっちゃいい!」って、先輩がゴロゴロしながら褒めてくれたのを、今でも覚えてる。
その笑顔に気をよくした私は、次の日もまた放送室に通った。
そのうち、「部員が増えたら備品予算が上がるんだよ」と先輩に言われて、軽い気持ちで入部届も書いた。
ホントに軽い気持ちだった。お菓子と漫画と居眠りがそろってるこの部活に、正式に所属することに、なんの迷いもなかった。

放送部のメンバーは、だいたい固定だった。
幽霊部員を除けば男子は私ひとり。他は全員女子で、まあ、その空気感にも慣れていた。
そんななか、2年生になってからやってきたのが、同級生のユキだった。
正直、第一印象はあまりよくなかった。
なんか、ツンとしてて、プライド高そうで、話しかけにくいな……って。
近くにいてもイヤホンして音楽に没頭してるし、わざと“あなたとは話しません”って顔してるように見えて。
だから私は、てっきりユキに嫌われてるんだと思ってた。
男子が私しかいないから、気を遣わせてるのかな、とか。
でもある日、ふと聞こえてきたイヤホンの音漏れ。
あ、と思った。これは――レベッカだ。
その場にあったメモ用紙に、曲名を走り書きして、そっとユキの前に差し出した。
一瞬、びっくりした顔をしてから、彼女はふわっと笑って、何度も何度も、頷いてくれた。
「レベッカ知ってるの?」って聞かれて、「中学のときからずっと好き」って答えたら、
「えっ、私も!」って、そこからは急に、会話のピッチが上がった。
レベッカの話で盛り上がったのは、きっかけにすぎなかった。
ユキが言うには、レベッカのメンバーのひとりに私が似ていて、それがなんだか恥ずかしくて、最初はまともにしゃべれなかったらしい。
……それをツンとしてると受け取ってた私、完全に早とちりだった。
それ以来、ユキとは帰り道を一緒に歩くようになった。
学校から最寄りの駅までの道。
ほんの10分ほどの距離だったけど、それがなんだか、とても楽しかった。
話す内容はどうでもよくて「ユキと一緒に過ごす時間」が、気持ちよかった。
あの頃の放送室には、レベッカの曲がよく流れていた。
それがふたりの“共通言語”になっていった。
おでこにおでこをくっつけてきて…
ユキには、よく聞かれた。「好きな人、いるの?」って。
そのたびに私は、「好きな女子はいないよ」と答えていた。
それは嘘じゃない。でも、全部を話していたわけでもなかった。
逆に「ユキは?」と聞き返すと、決まって返ってくるのは
「ひなたが言わないなら、私も言わない」っていうセリフ。
あのときのユキの目の奥に、私はなにかを見落としていた気がする。
ある日、放送部の誰かに聞かれた。
「ひなたとユキって、いつも一緒だけど付き合ってるの?」
私は何のためらいもなく、「付き合ってるわけないじゃん」って即答した。
それがいけなかったんだと思う。
そのあと、ユキの機嫌がしばらく悪かった。
私はその理由がわからなくて、でも今ならちゃんとわかる。
あれはたぶん、私のデリカシーの無さに傷ついていたんだ。
そんなある日。私は風邪を引いて学校を休んだ。
頭がぼんやりして、ジャンプを読みながらベッドで寝転がっていたら、部屋の扉が開いた。

てっきり家族の誰かだと思った。
でも入ってきたのは、制服姿のユキだった。
「よっ」と軽く手を上げて、部屋を見渡し、恐るおそるベッドの横の椅子に腰を下ろすユキ。
私は口を半開きにしたまま「えっ……」って顔をしてたと思う。
でも、来てくれたことが嬉しくて、どうにか平常心を装った。
少しして、母が紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
いつもならしゃべり倒す母なのに、その日は何も言わずにすぐに部屋を出ていった。
……空気、読んだのかな。
「ねえ、今も熱あるの?」
ユキがそう言いながら、自分の前髪をかき上げて、私のおでこにおでこをぴたりとくっつけてきた。
ユキの顔が近すぎて、私はなぜか目を閉じてしまった。
すると、ふいに――唇に、なにかが触れた。
(・・・この話、続きます ↓ )
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