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第2回:IT未経験者がぶつかる最初の壁 〜入社3ヶ月研修と、Java資格取得の泥臭い日々〜

前回は、憧れだった音楽の道を離れ、年収264万円という現実と向き合い、未来への不安からIT業界に飛び込むことを決意した経緯をお話ししました。

特に、福本伸行先生の漫画「最強伝説黒沢」に背中を押され、「まだ若いんだから、違う世界にチャレンジしてみるべきじゃないか!」と奮い立ったあの瞬間は、僕の人生の大きな転換点となりました。

音楽一筋で生きてきた僕にとって、全くの未経験であるIT業界への転職活動は、想像以上に険しいものでした。そして、ようやく掴んだ面接のチャンス。しかし、そこには思わぬハプニングが待ち受けていたのです。


音楽業界の異端児、IT企業へ

当時26歳。これまでの人生で、就職活動なんてまともにしたことがありません。SPIなんて言葉すら知らず、もちろん対策もなし。世間では「IT業界は人手不足!」なんて言われていましたが、書類審査は連戦連敗でしたね。

僕の履歴書を見た採用担当者は、きっと頭の上に「?」を浮かべていたことでしょう。「音楽スタジオ?サウンドエンジニア?この人、うちで何がしたいんだ…?」って。 そんな中、今の会社の前身となる、社員数40名ほどのIT企業だけが面接の機会をくれました。

正直、他の会社は軒並み門前払いだったので、このチャンスは本当にありがたかった。面接が決まってから、僕は会社のホームページを穴が開くほどチェックしました。

そこで出会ったのが、社長の言葉。それが僕の心に、深く深く刺さったんです。 社長は「我々は技術者ではあるが、同時に商売人でもある。お客様のご用聞きではなく提案型のビジネスを展開する。ご満足頂いたうえで、しっかり報酬を頂いて、しっかり稼いで、しっかりと遊ぶ、実力があり結果を出せるならどんどん昇格できる。年功序列なし。」というスタンスを公言していました。

「これだ!」と思いましたね。稼げない現実、結果を出しても評価されない状況にモヤモヤしていた僕にとって、社長の言葉はまさに光明でした。「こんな人、いるんだ!」と、もう面接が楽しみで仕方がありませんでした。どんな人なのだろう、是非一緒に働きたい。面接前から、すでにそんな気持ちでいっぱいだったんです。


会えなかった社長と、掴んだ「ダメ元」のチャンス

面接当日、遅れないように早めに会社の前まで行き、場所を確認。近くのカフェで時間を調整しながら、面接で話す内容を最終確認していました。万全の準備で受付へ。

応接室に通されて待っていると、やって来たのは社長その人ではなく、別の役員の方でした。 「社長はノロウイルスで体調不良に。急遽、私が面接を担当することになりました」
その言葉を聞いた瞬間、正直「まじか…」と声が出そうになりました。高まっていた「社長に会ってみたい」という気持ちが、一瞬でしぼんでいくのを感じましたね。

緊張したものの、面接は何とか終え、思った通りの自己アピールはできたつもりです。でも、その後の適性試験が、もうボロボロ。SPIの存在すら知らなかったんですから、対策なんてするはずもなく、完全に撃沈。「あー、これは落ちたな…」と失意の中、家に帰りました。

しかし、どうしても諦めきれなかったのが、社長に会えなかったことへの心残りでした。帰り道、僕は一つのアイデアを思いつきました。「せめて手紙で、会えなかった悔しさとこの会社への思いを伝えよう」と。

翌日、転職エージェントに電話して、社長に手紙を書きたい旨を伝えました。すぐに便箋と封筒を買い、社長のスタンスにどれほど感銘を受けたか、そしてこの会社でぜひ一緒に働きたいという熱い気持ちを綴って送りました。

数日後、エージェントから連絡が。「1.5次面接をさせて頂くので、再度来社頂きたいとのこと」。 「よっしゃ!何とかチャンスを掴んだぞ!」 そう思いましたね。

そして、いよいよ社長との面接の日。緊張しながらも、これまでの思いを伝え、何とか自己アピールはできた、と胸をなで下ろしました。今にして思えば、音楽業界で何をしていたか分からない奴だが、熱意だけはありそうだな。まあ、ダメ元で採用してみるか。くらいに思われていたんだろうな、と。僕も面接をする立場になった今なら、よく分かります。

その面接の中で、社長から給与体系や年収、評価制度の概要などが説明されました。一通り説明し終えた後、社長は一呼吸置いて、僕にこう尋ねました。

「我々と一緒に働きますか?」

一瞬、面食らいましたね。でも、答えはすぐに口から出ました。 「はい!是非、一緒に働かせてください!」 こんな感じで、僕の転職活動は、たった一社の面接のみで幕を閉じました。


ITの洗礼、そしてJavaの壁

未経験の中途で入社したのは4月。
偶然にもその年の新卒4名と、僕の他に未経験中途がもう1人いて、計6名で新人研修を受けることになりました。

研修は、ITリテラシーやシステム開発の基礎、Javaの勉強、そして社会人としてのビジネスマナーなど、とにかく盛りだくさん。

慣れない業界で毎日が情報過多。カリキュラムは詰め詰めで、本当に忙しかったですね。 特に、会社から課せられたミッションは「新人研修中の3ヶ月でJavaの資格(SJC-A、当時はまだサンマイクロシステムズがOracleに買収される前でした)を取ること」

研修自体は何とかついていけたものの、開発演習では、もう思うように開発が進まない。お題となっている機能を全て実装できない日々が続きました。

エラーログを見ても何も分からない。「なんでこれがエラーなの!?」って、大量の英語に脳が拒否反応を起こしていましたね。まるで呪文を見ているようでした。

それでも、僕は「やるしかない」と自分に言い聞かせました。通勤電車の中でも、眠い目をこすりながらJavaの書籍を読み込み、家に帰ってからは「黒本」と呼ばれる問題集にひたすらチャレンジする毎日。

休みの日は、学生時代から付き合っている彼女と会う時間を減らして、資格勉強に充てました。幸い、音楽業界の仕事は週1日しか休みがなかったので、週2日休みがあるうちの1日を勉強に当てても、彼女からのお咎めはなく済みました(笑)。

やりたかった音楽の仕事を辞めてまでチャレンジしているのだから、手を抜くわけにはいかない。本気でやらないと、何の意味もない。そう心に誓っていました。

研修中は様々な座学や演習をこなしましたが、本当にギリギリでついていっている感覚。特に「コンストラクタ」が全然理解できなくて、ずっと首を傾げていたのを覚えています(今では何てことないんですけどね)。

新卒の中には、情報系を少しかじっていて余裕そうにしている子もいて(年齢的には3つ下)、そういった彼らを見ては焦りを感じたりもしました。

そして、3ヶ月の研修の最終日。満を持してチャレンジしたJavaの資格試験は…残念ながら失敗。合格ラインに数パーセント届かないという、なんとも悔しい結果でした。時間をかけてしっかり勉強しただけに、自分に対してかなりがっかりしましたね。Javaの試験は重箱の隅を突くような問題が多くて、初心者には本当に難しいんです。

不合格だったことを当時の社長に報告した時、「このくらいの資格を合格できないなら、覚悟が足りないのか?」という言葉をいただきました。 自分では音楽の道を捨ててまで転職したわけですから、十分な覚悟をしてきたつもりでした。その言葉は、正直かなりショックでしたね。 しかし、容赦なく3ヶ月の研修は終わりを迎え、僕は現場に配属されることになったのです。


新人研修でいきなり資格の壁にぶつかり、さらには社長からの厳しい言葉。ここから始まる現場での日々は、想像をはるかに超える「ITの洗礼」でした。 次回、第3回「現場配属からの奮闘記 〜終電帰りの日々で、何を学び、どう成長したか〜」では、まさに泥水の中でもがくような僕の毎日と、その中で見つけた小さな光、そして大きな学びについてお話しします。ぜひ、お楽しみに!

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