第4回:キャリアを加速させた「転換点」たち 〜私が執行役員になるまで〜
前回の第3回では、新人研修での失敗と現場配属後の泥臭い奮闘、そしてデスマーチ案件を経験する中で、IT業界の厳しさと面白さの両面を肌で感じた話をしました。
技術的な自信はまだまだでしたが、この3年間で、エンジニアとして、そして一人のビジネスパーソンとして、確実に多くのことを学び、成長できたと実感しています。今回は、そんな僕のキャリアを大きく加速させた、いくつかの「転換点」についてお話しします。
1つ目の転換点:『7つの習慣』との出会い
入社して2年半ほど経った頃、会社の新しい研修制度の取り組みで、3日間の「7つの習慣」研修を受講する機会を得ました。
この本は、当時の上司から「必読書だぞ」と言われて一度は読んでいたのですが、正直、その時はサラッと流し読みした程度で、深く理解できていませんでした。
しかし、3日間の研修は、僕に内省する時間を与えてくれました。音楽業界からIT業界へと飛び込んできたこれまでの経験、そしてこれから自分がどうありたいか、という「ありたい姿」を改めて深く考えるきっかけになったんです。
これ以降、『7つの習慣』の全てではないにしろ、少しずつ意識してその習慣に取り組むようになりました。
そして今でも思うのですが、あの時の学びは絶大な効果を発揮していると確信しています。まさに、これが僕のキャリアにおける『1つ目の大きな転換点』でした。
リーダーとしての挑戦と、諦めない大切さ

入社3年目の頃、某大学のシステムを任されることになりました。僕がリーダーを務め、社員メンバー1人、パートナー2名の計4名体制で新規開発を進めることになったのです。
お金の話以外は全て、大学側(お客様)との窓口を担当。全工程の開発管理も行いました。 なんとかスケジュールには間に合ったものの、リリース後に想定外の事態やバグも見つかり、何回も徹夜作業をすることにもなりました。
大変な思いもしましたが、要件定義からリリース、そして運用まで、一つのシステムを自分の管理のもとで対応したことは、僕にとって本当に大きな経験となりました。
この時点ではコーディングをメンバーに任せる状態だったので、技術力には依然として自信が持てませんでしたが、プロジェクト全体を見る力が少しずつ養われていったのだと思います。
この頃、基本情報技術者試験にもチャレンジし、なんとか合格できました。実は、忙しさや勉強不足で、過去2回は落ちていたんです。それでも諦めずに毎年チャレンジし続けた結果、3回目でようやく合格。この経験を通じて、「諦めないこと」がどれほど大事かを改めて痛感しました。
この時の上司からも、少なからず影響を受けました。とにかく仕事はできる人でしたが、人格が崩壊していると言われるような、良くも悪くも強烈な個性を持った人でした。合わない社員はメンタルを病んでしまうようなタイプでしたが、僕はなぜか普通に接することができたんですよね。
彼は「とにかく技術力が大事だ」と説き、僕に『7つの習慣』を勧めてくれたのもこの人でした。お客様に対しても言うべきことは言う人で、煙たがられることもありましたが、常に学び続ける姿勢や、言うべきところはしっかり言うというスタイルは、僕の仕事観に影響を与えました。
2つ目の転換点:知識の「点」が「線」になる瞬間

入社4年目あたりに、技術的な理解が一気に深まる、まさに『2つ目の大きな転換点』を経験しました。
それまで勉強してなんとなく覚えていた知識の「点」が、急に「線」で繋がり始めるような感覚です。
「あ~これってそういうことだったのか~!」
と完全に腹落ちする体験が、割と頻繁に起こるようになったんです。
全てを理解したわけではないのですが、これまでモヤモヤしていた概念がクリアになる瞬間。
IT未経験者は最初の内は勉強が辛いと思うかもしれませんが、知識の点を集め、線でつながるこの領域までたどり着けると、技術勉強も驚くほど楽しくなってくると思います。
その後も、いくつかのプロジェクトでリーダーを経験し、4〜6名体制で安定して開発案件を回せるようになっていました。しかし、この頃、また一つ大きな学びを得る出来事が起こります。
JUnit大炎上:前提条件確認の教訓

もともと単体テストは試験項目を書いてエビデンスを取る方法でやっていた案件だったのですが、工程の終盤になって「JUnitで単体テストコードを書いて、それを納品することが必須」だと判明したんです。
これは、うちから一社先の会社がJUnitについて正しく理解していないまま進めていたことが原因で、断ることができないとのこと。
残された時間も少ないのに、急遽全ソースに対してJUnitで単体テストを実施する方針に…。 他のチームからもヘルプで入ってもらったり、毎日終電までの作業、休日出勤もして、何とかやり切りました。
このプロジェクトで、前提条件や納品物の確認がいかに重要かということを身をもって学びました。
役員からの突然の提案:管理職への道

2014年、入社して8年目。僕は33歳になっていました。
その年の人事考課の時期になり、既に一般職としては最上位の職位についていた僕は、今年は無理だとしても、マネージャー職への昇格を意識するようになっていました。
とはいえ、うちの会社のマネージャー職は特殊で、現場でのプロジェクト管理はもちろん、営業職も兼ねなくてはなりません。その分、結果を出せば報酬も高額になるポジションです。
営業の経験など当然なかったですし、「もう何年か勉強して、経験を積んでから昇格を目指そう」と考えていたので、その年は昇格希望を出しませんでした。
人事考課の自己評価も提出してしばらくした頃、役員の一人から個別に連絡がありました。「話したいことがあるから飲みに行こう」とのこと。
役員に呼び出されるようなことをした覚えはなかったので、内心ビビりながら当日を迎えました。
話を聞くと、
なんと「今回の人事考課でマネージャー職に昇格してみないか?」という提案だったんです。
全く予想していませんでした。自分がまだ経験を積む必要があると考えていたのに、今このタイミングでマネージャー職になるチャンスが来るとは。
突然のことでその場ではっきりした回答ができず、1週間考える時間をもらうことに。この時は本当に悩みました。昇格のチャンスをもらえたことは素直に嬉しかったけれど、自分がその領域の仕事でちゃんと成果を出せるかが全く未知数だったからです。
数日考えた結果、結局「やってみないと分からない」という結論に至りました。全く自信はなかったけれど、思いがけず巡ってきたチャンスを最大限活かすことにしたんです。
気持ちを固め、その役員に「今回の昇格のお話し、受けさせて頂きます!精一杯頑張ります!」と伝えました。こうして僕は管理職になったのです。
マネージャーとしての躍進、そして執行役員へ

マネージャー職になってからは、文字通り仕事の次元が一つ上がりました。
自分のプロジェクトの収支管理、体制拡大のための営業、プロジェクト管理、毎月の営業会議への参加など、やるべきことが激増しました。
どうすれば売上を拡大できるか?ということも真剣に考えるようになりました。今までは自分のプロジェクトがうまくいけばそれで良かったのですが、会社全体の売上拡大戦略を意識して、実行していく必要があったのです。
タスク量も激増しましたが、ここで『7つの習慣』で学んだ「優先順位決め」や「主体的に動くこと」が本当に活きたと思います。
マネージャー1年目の年間売り上げは3000万円でしたが、2年目の時には8000万円まで増やすことができました。お客様との信頼関係も築けていて、まずまずの結果だったと思います。 そして、マネージャーになって2年が経った頃、またしても僕に転機が訪れます。
社長が引退するにあたり、今の会社を分社化することになったのです。分社後の各社の代表は、今の役員が務めることになりました。
そして僕はその時に執行役員として任命されたのです。
これも、まさか!という感じでした。
マネージャー職になってまだ2年程度だったこともあり、執行役員というポジションがどんなものか、正直想像ができていませんでした。
でも、今回も「やってみなければ分からない!」という精神でチャレンジすることにしたんです。
このストーリーは、僕がIT業界に足を踏み入れ、執行役員になるまでの道のりを全5回でお届けしています。
次回、第5回「執行役員としての今、そして未来への提言 〜未経験転職者と若手エンジニアへ〜」では、執行役員としての日々と、これからIT業界を目指す方、そして若手エンジニアの皆さんに伝えたいメッセージをお話しします。どうぞお楽しみに!
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