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⑰The Chiplet Rebellion「勝利と敗北と、挑戦者の魂」【第二部】Silicon Ascension

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【第五章 観測者の独白】  
  

薄暗い部屋の中、一人の少女が監視カメラの粗い映像を見つめていた。

モニターの青白い光だけが、小柄な体躯を浮かび上がらせている。

短く切りそろえた黒髪が、画面の明滅を受けてわずかに揺れた。

上着には、何もついていない。
ジムのロゴも、どこかの陣営の紋章も、所属を示すものが何一つない。

ただの地味な一枚だった。

それは偶然ではなく、そういうものだけを選んでいるから、そうなっている。

「夜明けの名」を持つ少女。

少女がその映像を見つけたのは、偶然ではなかった。

正確に言えば、探していた。
いや、探していたというより、「ある」と知っていたから、そこへアクセスしただけだ。

画面の中の映像は粗かった。

解像度が低くて、人物の判別に少し時間がかかるくらい。

それでも分かった。

あの赤い義眼は、他の誰とも見間違えない。

「……始まったね」

誰に言うわけでもなく、呟いた。

隣に置いてあったペットボトルのお茶を一口飲んで、また画面に向き直る。

とっくにぬるくなっていた。
気にしなかった。

お茶の温度を気にするような夜では、今夜はない。

「クパティーノの連中が描いたシナリオでは、あの一枚の『リスト』で全部終わるはずだったんだよね」

「医療物資も、強化パーツの供給も根こそぎ抑えれば、あとは時間が解決する。肉体が自然に瓦解していく。きれいに、静かに、リングに上がる資格ごと消えていく。そういう計算だったんでしょ」

画面の中で、赤く発光する義眼が動いた。

「現実は、計算通りにならなかったけど」

少し間を置く。

「……というか、計算通りにならなかったというより。むしろ逆方向に加速してる。これ」

少女は眼鏡を押し上げた。

細い指が、フレームをそっと持ち上げる仕草。

癖なのか、考えをまとめるためのリセット動作なのか、本人にも分からなかった。

「正規の支援を奪われながら、自分で自分の肉体を切り刻んで。折れた部分をどこから調達したのか分からないジャンクパーツで無理やり繋いで。それでもう一度ここまで来た」

「すごい、って言いたいわけじゃない。すごいけど。でも、これもう……人体って呼んでいいか微妙だよ。厳密には」

淡々とした口調だった。
でも、次の言葉が少し詰まった。

「……かつての、白銀の守護者のあの動き。あの気高さ。もうあの映像の中にはないね」

それが惜しいのか、悲しいのか、ただの観察なのか。

自分でもよく分からなかった。

(……分からない、か)

少女は少しだけ、その感覚に引っかかった。

白銀の時代の華麟の映像を見るたびに、どこかが引っかかることは知っていた。

引っかかるのに、その感情に名前をつける気にはなれなかった。

名前をつけると、観測の精度が落ちる気がするから。

でも今夜は、その「引っかかり」がいつもより少し重かった。

ぬるいお茶をもう一口飲んでから。

「今の彼女を動かしてるのは、生存への執念と、秩序への怒りだけだ。それ以外、何もない。それ以外を全部、地下室に置いてきた」

そこまで言って、少しだけ黙った。

置いてきた、というより、燃やし尽くした、と言う方が正確かもしれないと思った。

人間はそういうことができる。
自分の中の何かを、意図的に殺すことができる。

それが怖いのか、面白いのか、まだ判断がつかなかった。

(……面白い、と思っているのか。私は今)

自分の感想に、少しだけ引っかかった。

面白い、という言葉は正しいのか。
それとも、別の何かに近いのか。

答えを出す前に別画面に目を向ける。

別角度のカメラ映像。

廃ビルの一室で、誰かと話している映像だった。

顔にモザイクがかかっている。

「……この接触先、まだ特定できてないんだよね。データが薄い。珍しい」

少し考えてから、別のウィンドウを開いた。

スクロールする指が速く動く。

三秒ほどで止まった。

「……まあいいか、今は」

また画面に戻る。

「力で押さえ込もうとすれば、より強くなって帰ってくる。歴史的にそうなってる。べつに格闘技に限った話じゃなく」

「経済制裁でも、技術封鎖でも、追放処分でも。完全に潰せなかったら、後で倍になって戻ってくる。そういう話、山ほどある」

「まあ、今回は少し極端だけど」

少しだけ笑った。
声には出なかった。

「十二サイクルという審判を前に、あれだけの接戦を演じた。それで追放という形で終わらせようとしたのが、そもそも設計ミスだったんじゃないかな。どうしたって、禁忌の方向に落ちていく。追い込めば追い込むほど、制御できない何かになっていく」

画面の中の義眼が、また光った。

少女はそれをしばらく見つめてから、
ぽつりと言った。

「綺麗なリングで行われる競技の話じゃ、もうないね。これ」

それは独り言だったが、答えは自分の中にすでにあった。

「生存を賭けた、ただの話だ」

ウィンドウを二つ閉じた。

残った画面には、赤い義眼だけが映っていた。

少女は、しばらくその赤を見つめていた。

華麟のことを考えていたのかもしれない。
あるいは、そうではないのかもしれない。

自分がこれをただ「観測している」だけなのか、それとも何かを探しているのか、境界線が今夜は少しぼやけている気がした。

観測することに、どこかで飽き始めているのだろうか。

そう考えて、すぐに打ち消した。
飽きているわけではない。

ただ、画面の外側に出たいと思う瞬間が、以前より増えている。

それだけのことだった。

(……本当に、それだけのことか)

自分に問いかけて、答えを出さないままにした。

「……観測できる範囲の話じゃ、なくなってきてる」

眼鏡を外して、目を閉じた。

三秒。

暗闇の中で、今夜見たものを静かに並べた。

化け物になりながらも前へ進む者。
完璧な設計の上に立ち、揺るがない者。

そしてその二つの間で起きていること。

この先に何があるのか、データはまだ答えを出していない。

ただ、その先に自分がいる場所がある気はしていた。

どういう形かは、まだ分からない。
でも、ないとは思えなかった。

また眼鏡をかけた。

「マキナは、どう動くつもりなんだろ。首の皮一枚で王座を守って、あの後。何を考えてるのか、データに出てこない。会見も出ない、声明も出ない、なんにもない」

「沈黙ってのも、一つの答えなんだろうけど」

独り言が続く。

「沈黙で解決できる状況なら、いいんだけどね」

少女は全てのモニターを消した。
部屋が暗くなっていく。

そのまましばらく、暗いまま座っていた。

考えているのか、ぼーっとしているのか、外からは分からない。

本人にも、今はどちらか判断がつかなかった。

ただ、何かが動き始めているという感覚だけは、確かにあった。

それがいつ、どんな形で自分の前に現れるのか。

それは今夜、この暗い部屋ではまだ分からない。

部屋の外、恐らく遠くから声が聞こえる。

「暁雷(シャオ・ライ)! そろ……間だ。これ以上……ると間に合……ぞ!」

声が遠くて途切れ途切れに聞こえるが、自分を呼んでいるのは明白だった。

少女は立ち上がって、上着を羽織る。
そう。ジムのロゴも、陣営の紋章も、何もついていない地味な上着。

その方が都合がいいから、そういうものだけを選ぶようにしていた。

目立たない方が、見える範囲が広くなる。

それが今の自分の唯一のルールだった。

ドアを開けると、廊下の蛍光灯が目に刺さった。

「……眩しい」

そう言いながら、廊下を歩いていった。

特に行き先は、決めていなかった。

今夜はまだ、自分がどこへ向かっているのかを、決める必要がなかった。

ただ、いつかは決める日が来る。

その予感だけが、廊下の白い光の中でじわりと広がっていた。

まだ先の話だ。

でも、遠くはない気がした。 
  

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