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【前編】【未来人はどこにいる】タイムマシンと「過去へ戻れない」最後の壁

【語り部の部屋】
   

ようこそ……。

今夜も、よくいらっしゃいました。

「あのとき、別の言葉を選んでいたら」

「もう一度だけ、あの日に戻れたなら」

あるいは。

「この先に何が待っているのか、少しだけ先に見てこられたなら」
  

    

そんなことを……

考えたことはありませんか。

人は昔から、時間を移動する物語を作ってきました。

でも今夜は、物語ではありません。

タイムマシンの、作り方です。

未来へ行きたければ、
光に近い速さで動けばいい。

過去へ行きたければ、
時間そのものを、輪のように曲げればいい。

言葉にすれば、驚くほど簡単ですね。

言葉で言うのは……ね。

そう。タイムマシンというものは、口で語るぶんにはあまりにも簡単なのですよ。

困難なのは、それを実現することです。

では今夜は、
その困難の裏側に何が待っているのか。
それを順番に見ていきたいのです。

さあ、ページを捲りましょう。
まだ見ぬ未来と、戻れない過去の向こう側へ。
    

【第一章:未来へ行く方法は、すでに分かっている】
   

まず、良い知らせからお伝えします。

未来へ行くタイムマシンは、すでに原理としては存在しています。

アインシュタインの特殊相対性理論が、そのことを教えてくれます。

高速で移動する者の時間は、静止している者に比べてゆっくりと進みます。

……これは、比喩でも、
思考実験でもありません。

実際に、精密な原子時計を使った実験で確かめられています。

高速で飛ぶ飛行機に載せた時計は、地上の時計より、ほんのわずかに遅れて時を刻みます。

もし、あなたが光速に近い速さで宇宙を旅し、そして地球へ戻ってきたとします。

あなたにとっての旅はほんの数年だったとしても、地球では、何十年、何百年という時間が過ぎているかもしれません。

……つまり、これは。

未来へ向かう片道のタイムマシンなのです。

……ただし、

未来へ行くという言葉から、少し誤解を取り除いておきましょう。

あなた自身の時間が、急に先へ飛ぶわけではありません。

船の中では、心臓も動きます。時計も進みます。食事をして、眠り、歳を取ります。

あなたにとっては、
いつもと変わらない時間です。

……ただ。

船の外に残した世界だけが、あなたよりも速く老いていくのです。

出発したときには幼かった者が、帰ってきたときにはあなたより、年上になっているかもしれません。

あるいは帰る場所そのものが、もう残っていないかもしれない。

……未来へ向かうタイムマシンは。

時間を飛び越える機械ではありません。

あなたを残して、世界のほうを先へ進ませる機械なのです。

実は、これはすでに私たちの日常の中でもごくわずかに起きています。

人工衛星は地上よりも速く移動しています。

しかも、地上より弱い重力の中を飛んでいます。そのため、衛星に載せられた時計は、地上の時計とはほんのわずかにずれて進みます。

そのずれを補正しなければ、位置情報を示す衛星測位システムは、一日のうちに数キロメートル単位で狂ってしまうといわれています。

……私たちは今この瞬間も、時間の遅れという現象に、支えられて生きているのです。

そして、強い重力の近くでも、同じように時間は遅くなります。

ブラックホールのすぐそばに滞在すれば、あなたは同じように未来へ向かって進むことができます。

もし、ブラックホールの近くにある安定した軌道を一年だけ巡り、無事に地球へ戻ってこられたなら。

その時地球では、あなたの一年をはるかに超える年月が、すでに過ぎ去っているでしょう。

……未来行きの切符はもう、この宇宙に用意されているのです。

  

  

【第二章:簡単なのは、言うことだけ】
   

では、その切符を、手に入れましょう。

……ここで、最初の壁にぶつかります。

光速に近づくということは、思っている以上に過酷です。

物体を加速させるにはエネルギーが必要です。

そして、その物体の速度が光速に近づくほど、さらに加速させるために必要なエネルギーは急激に増えていきます。

理論の上では、質量を持つ物体を光速そのものにまで加速させるには……。

無限大の量のエネルギーが、必要になります。

光速は、ただの速度制限ではありません。

近づくことはできても、追いつくための代金が無限になってしまう境界なのです。

言葉にすれば、ただの一文です。

「光速に近づけば良い」

けれど、それを実現するために宇宙船を加速させ続けることは、人類がまだどんな技術をもってしても成し遂げたことのない境地です。

大きく加速すれば、体には強いGがかかります。 血液は偏り、意識を保つことさえ難しくなるかもしれません。

また、宇宙空間には、目に見えないほど小さな塵が漂っています。

光速に近い速度で進む船にとっては、その小さな塵一粒であっても、途方もない運動エネルギーを持った凶器に変わります。

宇宙を飛び続ける船体には、宇宙線と呼ばれる高エネルギーの放射線も絶えず降り注ぎます。

地上にいる私たちは、地球の大気と磁場に守られていますが、その外側には、そういう防御はありません。

そして、目的の場所へたどり着いたとしても、いつかは減速もしなければなりません。

……宇宙には、空気抵抗も、地面との摩擦も、ほとんどありません。

加速をやめても、船はそのまま進み続けます。

止まるためには、行きに使ったのと同じように、今度は反対向きへ力を加える必要があります。

……加速に必要だった、あの途方もないエネルギーが、今度はそのまま、減速のためにも必要になります。

……未来行きの切符は、確かに存在します。

けれど、その代金を支払える者はまだ、この世界のどこにもいないのです。

    

【第三章:では、光より速く進めば】
   

ここで、
少し意地悪な問いを立ててみましょう。

もし、光速の壁を飛び越えてしまうことが出来たなら、どうなるでしょうか。

……未来を通り越して、一気に過去へ届いてしまうのではないか。

そう考えたくなりますね。

……残念ながら、そう単純な話でもありません。相対性理論が示しているのは、もう少し込み入った事実です。

もし、この宇宙で超光速の移動や通信が可能になってしまうと。

観測する者によっては、出来事の起きる順番が入れ替わって見えてしまう場合があります。

普通なら、原因が先にあって、結果が後に起きます。

けれど、超光速のやり取りを許してしまうと、この前後関係そのものが崩れてしまう状況を理論上、作り出せてしまうのです。

……想像してみてください。

あなたが送った質問に対する返事が届きます。
まだ、あなたが質問を送る前に。

これは、ただの言葉遊びではありません。

因果律、つまり原因が結果より先に来る、
という、この宇宙の最も基本的な決まりごと
が、壊れてしまうことを意味しています。

物理学が、超光速の移動をこれほどまでに固く禁じているのは、速さそのものが問題なのではなく。

この宇宙の、時間の順序が保てなくなってしまうからなのです。

……ここで、少しだけ正直な話をしておきましょう。

あくまで理論の中には、超光速で動くと仮定される「タキオン」と呼ばれる粒子の存在が数式の上では語られることもあります。

けれど、これまでのところそのような粒子が実際に見つかったという確かな報告は一つもありません。

宇宙は、私たちが因果律を壊せる場所を今のところ、どこにも用意していないようなのです。

  

【語り部の部屋:前編の幕】
   

さあ、今夜はここまでにいたしましょう。

未来へ行く方法は、すでに分かっています。

ただし、その代金は途方もなく高額です。

そして光速を超えるという道は、宇宙の因果関係そのものを壊しかねません。

……けれど、今夜、私が本当にお話ししたかったのはここから先です。

もし遠い未来に、人類の技術が今よりずっと進むのだとしたら。

たとえば、何千年、何万年もの時が過ぎ、文明が発達していったなら。

このエネルギーの壁も、因果律の壁も、
いつか乗り越えられる日が来るのではないでしょうか。

……もし、そうだとしたら。

その時、一つの素朴な疑問が浮かびます。

その何万年も先の未来からやってきた旅行者が、この現代に一人もいないのはなぜでしょうか。

……都市伝説としては、時代に不釣り合いな品を持った人物の話や、未来から来たと名乗る人物の噂が、確かに語り継がれています。

けれど、それらのどれも、科学的に確かな証拠を持ってはいません……。

続きは、次の夜に。

過去へ通じる、もう一つの道の話と。

なぜ、未来人がこの時代に姿を見せないのかという話を……。
   

どうか今夜は、ごゆっくりお休みください。


それでは……良い、夢を……。
   

  
  【後編】はこちら ⇩⇩

  
  
  

単話完結のお話を纏めました ⇧⇧⇧

こちらもご覧頂ければ幸いです。⇧⇧⇧


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