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#03 枚方からアメリカへ!挫折だらけだからこそ今がある

取材・文=さわ

三村未佳
マリンバ、ヴィブラフォン奏者、サウンドヒーラー、ピアノ教師。
大阪音楽大学大学院修了後、バークリー音楽大学卒業。
ニューヨークで約11年間音楽活動をした後、2019年からハワイでサウンドヒーリング、演奏、指導、音楽活動をしている。

枚方市出身、ハワイ在住のミュージシャン、三村未佳です。

バークリーの音楽大学へ留学し、ニューヨークで演奏活動、そしてハワイへ移住。

経歴だけを見ると、恵まれた道を歩んできたように思われるかもしれません。

でも、その裏側では、うまくいかないことや悔しい思いをすることもたくさんありました。

先生に認めてもらえない寂しさを感じたり、嫉妬に心が疲れてしまったり、夢の舞台を目の前で逃したり。

この記事では、そんな私の少しつらい過去と、そこから見つけ出した希望についてお話ししたいと思います。


挫折ばかりの人生だね

若い頃、尊敬する先生に「あなたは挫折ばかりの人生だね」と言われたことがあります。

母は私を私立の学校に入れたかったようです。でも、私立の幼稚園、私立小学校ともに受験しましたがすべて落ちました。

中学校も私立を受験したのですが、不合格。高校は音楽高校を受けましたが、それも落ちました。大学も第一志望だったところに行けませんでした。

先生はそれを指して、「挫折の人生だね」と言われたのだと思います。

でも、私自身は挫折したつもりは全くないんですよね。

受験に落ちても、結果的に入学した先の学校で楽しく過ごせたので、何も問題がなかったんです。

客観的に見ると、それが「挫折」に見えるのだ、驚いた記憶があります。

「なんであの子が…」渦巻く嫉妬の中で

講師として初めてお仕事をいただいたのは、私が音大生の頃。

私のマリンバの先生から「枚方に住んでる子で、マリンバをやりたい子がいるんだけど」と生徒をご紹介いただいたのが、きっかけです。

初めてのお仕事は得られたものの、大学での私はうまくいかないことばかり。本当につらい時期でした。

大学内には、常に「なんであの子が選ばれたの」といった周囲のバチバチした雰囲気がありました。

誰かがコンクールで入賞すると、表では笑顔で祝福しながら裏で悪口を言われたり。

また、私と一緒に入った子が先生のお気に入りで、私への態度と差があるように感じていました。

「先生に見てもらえていない」と寂しく思ったことも1度や2度ではありません。

ただ、それでも私は周りをライバル視して対立したくなかったんです。

そんな様子を見て、先生からは「もっと競争心を持ちなさい」と言われたこともあります。

でも、そのうち、演奏も人間関係も何もかもうまくいかなくなりました。

マイペースといえば聞こえは良いですが、無意識に感情を抑えこんでいたのかもしれません。

どこに向かって何を頑張ればいいのか、わからなくなってしまいました。

なんとか大学を卒業したものの、大学院に通っている頃は心が限界を迎え、毎朝「学校に行きたくない」と思うようになりました

いわゆる登校拒否状態です。

母に「辞めたい」と打ち明けましたが、「ここで辞めたら辞め癖がつく」「卒業したら何してもいいから」と説得され、重い足を引きずりながらも卒業まで通い続けました。

人生を変えた、ヴィブラフォンとの出会い

そんな時、転機が訪れました。

たまたまジャズでピアノとヴィブラフォンのデュオを聴いたところ、頭に電流が走ったかのようなすごい衝撃を受けたんです。

理屈じゃなく、「私はヴィブラフォンを演奏しなければならない」と直感的にそう感じました。

ジャズについて調べていると、憧れのミュージシャンは皆、アメリカのバークリー音楽大学の出身。

だから「私はバークリーに行くしかない」と。今思うと、これも何かに導かれるような直感だったと思います。

まずは1週間の夏期講習があることを知り、一人でアメリカへ。現地の空気の素晴らしさに触れて、正規入学を決めました。

新しい世界で見つけた「繋がり」

アメリカ時代の友人と

バークリーの生活は、日本の大学院とは何もかもが違いました。

私は英語が得意ではありませんでした。それでも、同じヴィブラフォンを専攻していたギリシャ人の女の子とすぐに仲良くなったんです。

彼女は、私が練習していると「ミカ!一緒に遊ぼう!」いきなり部屋に入ってくるタイプ。変に他人との境界がないんです。

彼女と仲良くしていると、今度はまた別のギリシャ人の人がやってきて、「ミカ!バンドやるから一緒にやらない?」と誘ってくれたことで、演奏の機会が急に増えました。

それからも、友達が友達を連れてきてくれることで自然に輪が広がり、私の隣にいつも誰かがいてくれるように。

当時、バークリー卒業生たちの多くは、ニューヨークへ行くことに憧れを抱いていたため、私も当たり前のように移住を決めました。

幻のカーネギーホール

身一つで向かったニューヨークですが、現地でのお仕事は、すべて人からのご縁からいただきました。

ヴィブラフォン奏者としての活動のほか、これまでの経験を活かしたマリンバを演奏する機会も多くありました。

仕事を辞める知人から音楽指導のお仕事を引き継がせてもらったり、人伝で乳幼児向けのリトミックを教える仕事を紹介していただいたり。

当時、関わってくださった方々には、今も感謝しかありません。

ただ、その頃もすべてが順風満帆だったわけではありません。実は、今までの人生で一番悔しい思いをしたのもこの頃です。

実は、私の夢の一つに、カーネギーホール(世界的に有名なニューヨークのコンサート・ホール)に出る、がありました。

そんな時、私がヴィブラフォンで参加していたバンドが、カーネギーに出演することになったのです。

カーネギーホールに出られる!!!

その知らせを聞いた時、全身に鳥肌が立つのを感じました。

でも…、私はそのステージに立てませんでした。

それは子供向けのイベントで、バンドは小編成。ヴィブラフォン奏者の私はそのメンバーに選ばれなかったのです。

ヴィブラフォンは楽器の移動が本当に大変で、車がないと運べなかったり、他の人より人手が必要だったりします。それで、省かれたのかもしれません。

同じバンドのメンバーなのに、私は出られない…

仲間の公演を観客席から泣きながら見ていました。今でも、思い出すと目頭が熱くなります。

苦労があったからこそ、人の気持ちに寄り添える

苦労やネガティブな経験は、他者の痛みに寄り添うために不可欠な要素であり、「陰」と「陽」の両方が揃って初めて一つになるのだと、今では思っています。

そう考えると、先生に「挫折ばかりの人生」と言われたことや、母に「卒業はしなさい」と言われて通学を続けたこと、一つひとつの経験が、私の人生を豊かにしてくれた「陰」の部分だったのかもしれません。

実際、簡単で真っ直ぐな道よりも、回り道の方が良い経験になることも多い気がします。

もし、あの頃のつらかった自分に声をかけるとしたら、「大丈夫。そのままでいいよ、楽しんで」ですね。

2019年、私はニューヨークからハワイに拠点を移しました。

有難いことに、ここでもすべて人からのご縁で、テレビや雑誌に出たり、イベントを主催したりなどの活動をさせてもらっています。

ナ・ホク・ハノハノ・アワード(Nā Hōkū Hanohano Awards)」というハワイのグラミー賞みたいな賞があるのですが、それを獲りたい、という新しい夢もできました。

あの時、カーネギーホールで流した涙が、「今度は自分の力で、誰もが認めるステージに立つ」という新たな夢の原動力にもなっています。

※枚方womanへの掲載をご希望の方はこちらから。
※編集後記が最下部にあります。もし良かったら読んでいただけるとうれしいです。

三村未佳さんへのご相談はこちらから。

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母娘で共演します!「レティチア」35周年記念コンサート

ピアノと音楽講師の母と

ピアノ・音楽講師であり、女性合唱団を主宰する母・三村勢津子。その母が指導するコーラスサークル「レティチア」の35周年記念コンサートが2026年4月に開催されます。

私もマリンバ、ヴィブラフォンで出演しますので、ぜひご来場のうえ、聞いていただけると嬉しいです。

事前予約は不要です。入場料は受付にてお支払いください。


〜枚方Woman編集部より〜
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【編集後記】

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