介護中です、と言えなかった私の話/暮らしと仕事と介護
最近、手に取った本。
voicyで紹介されているのを聞き、
実の両親も80歳になる今、心の準備も兼ねて読んでみました。
とはいえ、まったく準備がないわけではありません。
私は、認知症の義母が施設に入所するまで
生活を支える日々を過ごしてきました。
介護のはじまりは、ゆっくりと
今から13年ほど前、
夫の母・さなえさんの様子が明らかに危なっかしく感じるようになりました。
思えば、もっと前から小さな違和感はありました。
20年ほど前、義父が亡くなった年。
仕出し料理の人数に、亡くなった義父の分が含まれていたことがありました。
悲しみからなのか。
記憶が曖昧になっているのか。
聞くに聞けず、不安だけが残りました。
その後もさなえさんは一人暮らしを続け
私たちは“スープが冷めない距離”で暮らしていました。
さなえさんは自由に買い物をし
海外旅行にも出かける。
そんな日々が
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと変わっていきました。
夜中に突然い家にやってきて
「わからないことがあるから教えて」
と言ったり
「道に迷ってぐるぐる回ってやっと来た。
なんか聞きたいことがあったんだけど・・・忘れた」
と、息をあげながらやってくることが繰り返しありました。
あの頃、さなえさんは
「パニックになってしまって」という言葉をよく口にしていました。
家に行くと、テーブルの上に食パンがいくつも並び
掃除や洗濯をしている気配が消えていく。
暮らしは、静かに変わっていきました。
仕事をしながら、見守る
やがて
デイサービスやヘルパーさんの支援を受けることとなり
「誰にも迷惑をかけたくない」という
さなえさんの気持ちを尊重し一人暮らしを続ける選択をしました。
同居しても環境の変化を認識できないので
より混乱してしまい
介護が難しくなるという助言もあってのことでした。
ここから、見守り介護の始まりです。
キャリア研修の場では、
介護への不安の声をよく耳にします。
どうなるかわからない。
生活はどう変わるのか。
仕事は続けられるのか。
お金はどうなるのか。
不安になるのは当然です。
情報は、今はたくさんあります。
けれど環境も状況も人それぞれ。
だからこそ、私が強く思うのは
「介護中であることを、知っている人を増やすこと」
これがとても大切だということです。
私は、自分が介護中であることを
周りにあまり言えませんでした。
けれど夫は違いました。
仕事の関係者、ご近所、友人、親戚。
母が認知症であることを自然に話していました。
私は、内心
「関係ない人に言わなくてもいいのでは?」
と思っていました。
でも夫は言いました。
「話を聞いた人が、何か情報が入ったとき
“必要な人はいないか”と思い出してくれるから」
その視点を、私は持っていませんでした。
実際、こちらが介護中だと知っている人がいることで
暮らしは助けられました。
声をかけてくれたり
自治会の役員を2年遅らせてもらえたり
近所の方が様子を見に行ってくれたり
私は一人で抱え込もうとしていたけれど
“知っている人がいる”というだけで
支えは広がっていました。
言えない私
一方で私は
友人とのランチやお酒の席に行っても
何度もさなえさんの様子を探るために家に電話をし
早めに切り上げて帰ることもありました。
でも事情は、詳しくは話せない。
「そんなに大変ではない」と装っていました。
そのことに、少しずつ疲れていきました。
SNSを見る時間もなくなり
誘いにも応えられず
人との交流は減っていきました。
隠す必要はなかったのに
言いにくさが、自分を孤立させていたのだと思います。
だから今、思うのです。
介護中であることを、知っている人を増やすこと
「私は介護中です」と言えること。
それは弱さではなく暮らしを整えるための選択なのだと。
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