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イヌ、ネコ、ウサギによる三面楚歌

オレは中年になってはじめて自分が「犬猫ウサギ」であることを知った。

動物病院に行っても「あなたは犬です」「猫の疑い」と診断されたり酷い時には「精神科へ行ったほうがいい」と言われることもあった。

やむを得ず精神科へ行き「祭りに参加せずにはいられない」と申告するとADHDですと言われ、尻尾を振りながら「オレは花火大会を遠くで眺めながらギターを弾き、自分の世界に没頭してます」と言うと「にゃん、にゃん、にゃん!」と診断されてしまう。

自分が犬なのか猫なのかも分からないまま30代の誕生日を迎えたオレは生後まもなく犬猫病院の敷居をまたいだ。世間体の為だけに生きているような受付の女性に「ハァハァ」と言うと「確かに男性のリビドーは気持ち悪いですが、女性が一方的に被害妄想する時代も終わりつつある気がします。そしてここはあなたのようなウサギが来る所ではない」とほだされてしまった。

そんなわけで自分も最近増加している「犬猫ウサギ性同一性障害」だということを中年になって初めて知った。中学生のうちに知っておけば今頃はMicrosoftの社員になって高給を得ていただろう。

思い返してみると、自分の中の犬・猫・ウサギに悩まされてばかりの人生だった。そしてまた他者の中の犬猫ウサギ保育園にも悩まされっぱなしだった。

結局、世の中の大抵の人は卯年なんだと思う。実年齢は戌年の人も、精神的には卯年の人も多い。寅年の人も、自分をしっかりと持っていないから阪神タイガースという、外部の組織に対して自分の居場所を求めがちだ。本当にマイペースな寅さんなら、たかだか球遊び程度で興奮しないはず。

ではウサギは全ての生命の始祖なんだろうか。オレとしてはウサギは神ではなく、神の使いだと思ってる。この世界に静寂と、「自分の中の臆病なインナーチャイルドと向き合う勇気」を届ける、配達員なんだと思う。ムーンチャイルド・デリバニーとでも名付けようか。

犬とは何か。
それは犬を飼うことで支配欲求を満たそうとする、サンダルの足音の大きさに誇りを持っている、自分の中の臆病性と向き合う勇気のないウサギなのだろう。

猫とは何か。
それは猫を被ったウサギでありながら、「自分は陰湿で根暗である」と自認しつつも、先天的には太陽のように陽気な性格を持っていた、記憶喪失のウサギなのだろう。だからウサギ以上にジャンプしてる。

ジャンプなのにジャンプしない。
そういう生活週刊病を患ったイメージキャラクター、それこそがウサギの極意なのだろう。

地球でにぎやかに暮らす犬たちを、猫が気まぐれに照らす。その一部始終を月ウサギたちが静かにピョンハネする。

世界なんてそんなものなんだろう。

飛び跳ね、弾け、そして混ざるがいい。

わん、わん、わん。

にゃー。

......。


あとがき
AIにはまだこういう文は書けないだろう。オレもまだ少しは存在価値があるようだ。


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