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AIを「使わない」時代


こぼれ落ちるAIコンテンツ

今はAIの時代。
AIを活用し、効率化を図る時代。
それは間違いではないし、私もAIを活用してる。

その一方で、AIコンテンツで溢れ、人々の間で「どうせこれもコピペやAIだろう」という猜疑心が蔓延する時代でもある。

個性的な曲や文章を売りにしたかったオレはアルゴリズムが支配する世界に絶望していたけど、最近、これからは逆にAIを全く/ほとんど使わないコンテンツが強みを持って最終的には生き延びていくんじゃないかという希望的観測も持つようになった。

確かに2025年現在、Googleの検索結果はAIコンテンツだらけだ。そしてそれが今後も続くかもしれないし、続かないかもしれない。

一つ言えるのはこの状況が続こうが続かなかろうが、「普通の」AIコンテンツは価値が無くなっていくしすでに無くなってるということ。

このままありふれたAIコンテンツが優先的にGoogleやチャットボットに選ばれる場合、「あまりにも競争率が高すぎる」という意味で、「普通の」AI生成コンテンツを作成する意味はほとんどない。

AI以前でも、人手による「SEOに最適化しすぎた」サイトが上位を占めていた。AIで簡単に普通の記事などを時間をかけずに作れるようになった今、ますます競争は激化した。

さらに、それをSNSに投稿しても実際に閲覧数の大部分を占めるのはボットアカウント、つまりAIだ。もはや「AIの、AIによる、AIのためのネット」になりつつある。

人力コンテンツに最適化した検索エンジン

逆に、GoogleやChat GPTなどの仕様が大幅に改善されて、明らかに人力を尽くしたようなコンテンツや、SEOに最適化してないコンテンツを過大評価するようになった場合、やっぱり「普通の」AIコンテンツでは勝負出来なくなる。

GoogleやGPTではなく、掲示板系サイトや質問系サイトなど人が集まるコミュニティに投稿するとしても、そこでもAIコンテンツで溢れてきてて、「どうせこれもAIだろ」と避けられる。

だから結局、いくら「普通の」AIコンテンツを作っても何の意味も無いし99.9%無駄に終わるだろう。

AIを使うとしても、よっぽどマイナーなニッチに焦点を絞ったり、ネットの知識を集めるだけでは出来ないような専門的すぎて反吐が出るようなサイトやYouTubeチャンネルにしたり、独創的なコンテンツにする必要がある。

要するにAIだけではダメで、結局は人力や人間の発想力が必要になってくる。

ローカルエリア・ネットワークの未来

それでも「AIコンテンツか否か」 「ありふれてるか独創的or専門的か」に関わらず、Web全体が完全にパンクしてコンテンツ配信そのものが無意味な行為になるかもしれない。そうなったらもうリアル世界に回帰して人前で演説したり本を売ったり演奏したりする必要がある。

結局のところインターネットはローカルエリアネット(LAN)の延長線。今までSNSが担ってきた「本サイトへの入り口」という役割を、これまで以上にLANが担うことになるかもしれない。

リアルとWebの中間に位置する「友達の友達」的なつながり、くしくも廃れつつあるFacebookの初期のような限定的なネットワークや、そこから生じる口コミも重要な戦略になってくるだろう。

さらに、Chat GPTのように日常的にプライベートな会話をするチャットボットという「友達」が、コンテンツを他のユーザー(友達の友達)に紹介するという仕組みが生まれる可能性も高い。その場合も、実際の人間との会話から生まれたコンテンツや思想などが評価されるだろう。

そんなわけで、記事のタイトル「AIを使わない時代」は正確には「AIの登場によって、皮肉にも人間の個人的体験に基づいた知識や知恵、発想力が今まで以上に必要になる時代」ということになる。

SEOを気にした所でどうせ検索にはかからないし、逆にSEOを無視した記事が検索にかかる時代になるかもしれない。だから私もAIを使いつつ、即興の演奏や書き殴り記事に力を入れようと思う。


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