エミリー・ディキンソンのように没後に評価される詩集を出版しました。
このたびアマゾンのセルフ出版サービス、KDPを使って素晴らしい詩集を出版しました。
23年に出版してすぐ非公開にしたものに修正を加えた25年版。解説付き。表紙は薔薇の刺繍で「し」の文字を表現。(一輪の薔薇の刺繍をAIで作り、それを画像編集アプリで螺旋状に並べました)
詩の一覧
・昨日みたいな今日
・半分だけの、全力の愛情
・ジェントルマンが怖くて眠れない
・雪の感情
・好色漢
・鏡の記憶
・「台風22号」過去と現在、出会いと別れ
・AIになりたい
・虚ろな出会い
・大後悔時代
・好色彩
・パズルのカケラ
・行き違い交差点
・地雷道
・別れの夜明け
・フワンフワンな不安
・冷香
・雲の上の散歩道
21〜23年(30代後半)に書いた詩がほとんどで、今は足を洗ったが当時ハマっていたマッチングアプリや風イ谷の影響が強く、現実的な比喩表現とストレートな表現が混在してます。
これらの詩は元々は音楽のために書いてましたが全てを歌にするのは無理だからnoteに投稿したものの特に反響もないからnoteからは削除し、もったいないから詩集として出版しました。「冷香」だけはオリジナル曲として楽曲化されてます。
詩集は元々は音楽用に書いたものAIを使って詩を楽曲化するのも「台風22号」で試しましたがすぐに馬鹿らしくなってやめました。詩もAIで作れますが、これからの時代は「AIには書けない文章」のことをポエムと呼ぶことになっていくのでしょう。
AIが時代遅れでダサいものになった未来の世界では空前のポエムブームが起こり、オレの詩集は教科書として取り扱われることになるでしょう。
出版するにあたって
オレは多くの人々同様に、あるいは別の意味で亡くなって久しい。
思えば成人してからというもの、常に死ぬことばかり考えてきたものだ。それと同時に生きることも考えてきた。
オレにとって生きることは死であり、詩でもあった。
過酷で非情な現実と向き合って生きること、それは死ぬことに等しい。しかし生きるためにはそれを乗り越えていかなくてはいけない。
そんな現実から目を背けるかの如く、詩や音楽の世界へ没入する。かつてはそれを「生きること」、生きる道だと考えていたがそれはある意味死ぬことでもあった。
この世は現実から目を背かせる茶番で溢れている。そんな茶番劇の中で"生き生きと"生きる人たちや元気いっぱいな子供たちもまた、そういう意味ではすでに亡くなってると言えなくもない。
作品を作るのは生き甲斐ではあるが、作品を残して「死にたい」とか、「死を受け入れるための条件」みたいにもなっている。
何かを達成した人や何かを遺せた人は死を受け入れ、あっさりと自死することも多い。オレは何も達成出来なかったのでダラダラと未練がましく地縛霊のように生きている。
ダヴィンチの名言に「生きることを学んだつもりだったが単に死ぬことを学んだだけだった」というのがある。それは「知識を付ければ付けるほど、知れば知るほどこの世が歪んで見える」とか「考えれば考えるほど一般社会から乖離してしまう」「完璧を求めるほど云々」的な意味なのだろう。オレにとってももちろんそうだが、オレの場合はそれに加えて「芸術という現実逃避を生きる道として選択した時点ですでに亡くなっていた」という意味も含んでいた。(ダヴィンチや他のアーティストにとってもそうだったのかもしれない)
偉大な詩人の一人に、アメリカ人女性のエミリー・ディキンソンがいる。彼女は普通の人生を捨て、自室に引きこもって詩を量産していた。今彼女が生きていたらXでポエムを投稿しまくって「痛い人」扱いされてたんだろうか。オレはポエムが好きだ。そんなオレにとってはXポエムなど痛くも痒くもなかった。
彼女の詩は彼女の没後に評価され、今ではGoogleにも評価されている。一方でオレたち現代を生きる詩人たちのブログは冷遇されている。ポエムなどもはや検索にはかからない時代だ。くちおしや
オレは生前、「SEO泣かせの言葉遊び」という没後に評価される自由連想文シリーズを書いていたが、ポエムもまた"SEO泣かせ"のコンテンツだ。場合によってはキーワードスパムとも見なされかねない。
SEOの観点からみても「生きることを学んだつもりが死ぬことを学んだだけだった」と、今なら胸を張って言える。
10代の頃から詩を書いてきたが20代までの詩はすべて処分してしまった。当時のオレは今とは別の意味で亡くなっていたし、吟遊死人のような生活をたずさえていた。
オレは生まれてこのかた誇り高きポエミストであり続けたことを誇り高く思う。
オレの詩や音楽はエミリーやゴッホのように没後に評価されるだろう。 おかげで生前の評価を気にしなくて済んだよ。どうもありがとう。
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