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バイオ医薬品の特許の崖はなぜ緩やかなのか——バイオシミラーと12年の壁 #25

このシリーズのラインナップは→ 第1回の記事でご確認いただけます。


前回は、低分子薬の特許切れを見た。
ジェネリックが参入すると価格競争が急速に進み、先発品の売上が短期間で急減することがある。

しかし、バイオ医薬品は違う。

バイオ医薬品にも特許切れはあり、バイオシミラーが参入すれば売上にも価格にも影響は出る。だが、低分子薬のジェネリックのように、短期間で一気に市場が崩れるとは限らない。

その理由は、大きく二段階に分けて考えるとわかりやすい。

第一に、製造の難しさ、承認審査、データ独占、周辺特許によって、バイオシミラーが市場に出るまでに時間がかかる
第二に、市場に出たあとも、薬局での代替ルールや保険制度、医師・患者の判断によって、すぐには置き換わらない

つまり、崖が始まる時期が後ろにずれやすく、始まったあとの傾斜も緩やかになりやすい。バイオ医薬品の独占喪失は「崖がない」のではなく、崖の形が違うのである。



低分子 vs バイオ医薬品——なぜ「別ゲーム」なのか

低分子医薬品(化学合成薬)は、分子量が小さく、通常は決まった化学反応で合成できる。
「同じ化学構造=同じ薬」という関係が成り立ちやすいため、ジェネリック企業は同じ有効成分を別のプロセスで合成し、生物学的同等性を示せばよい。

ここでいう生物学的同等性とは、簡単に言えば「体内で同じように吸収され、同じように効くと見なせること」である。

一方、抗体など多くのバイオ医薬品は、低分子薬よりはるかに大きく、複雑な構造を持つ。
生きた細胞を使って製造され、折りたたみや糖鎖修飾などを経る。

そのため、細胞株の選択、培養条件、精製方法が少し違うだけでも、最終的なタンパク質の構造や品質特性が微妙に変わることがある。

モノクローナル抗体(mAb:特定の標的に結合する抗体医薬品)を例にとると、リツキシマブ(Rituximab)の分子量は約14.4万ダルトンである。
一方、アスピリン(アセチルサリチル酸)は約180ダルトンだ。

分子量だけで見ても、約800倍の差がある。
もちろん、薬の複雑さは分子量だけで決まるわけではない。だが、バイオ医薬品が低分子薬とはまったく異なるスケールの分子であることは、この数字からもわかる。

そのため、バイオ医薬品では、低分子薬のように「化学構造が完全に同じなら同じ薬」と単純に言い切りにくい。

そこで必要になるのが、バイオシミラー(Biosimilar:先行バイオ医薬品と非常によく似た後続品)という考え方である。

バイオシミラーでは、先行品と「完全に同一」であることではなく、

「非常によく似ている(Highly Similar)」こと

を示す必要がある。

この違いが、低分子ジェネリックとは異なる競争構造を生む。


バイオシミラー承認——「簡略化」はされるが、ジェネリックほど簡単ではない

米国には、バイオシミラーのための351(k)という簡略承認経路がある。一からすべての有効性・安全性を証明する必要はないが、低分子ジェネリックほど単純ではない。

バイオシミラーでは、参照製品と非常によく似ており、臨床的に意味のある差がないことを、複数のデータで示す必要がある。
これを支える考え方が、Totality of Evidence(証拠全体の積み重ねで判断する考え方)である。

主に確認されるのは、次の3つである。

  • 分析的類似性: 純度、不純物、糖鎖、立体構造、生物活性などを比較する

  • PK/PD: 体内での動きや作用が参照製品と大きく違わないかを見る

  • 免疫原性・安全性: 免疫反応や安全性に意味のある差がないかを見る

バイオ医薬品では、わずかな構造差や不純物の違いが免疫反応に関わる可能性がある。
そのため、バイオシミラーでは「似ている」だけでなく、安全性上意味のある違いがないことを慎重に確認する必要がある。

近年は分析技術の進歩により、比較臨床試験の必要性を見直す動きもある。
それでも、バイオシミラー開発には、低分子ジェネリックより多くの時間・コスト・製造能力が必要になる。

この開発負担が参入企業を限り、価格競争を段階的にする一因となる。


データ独占12年——特許とは別の壁

バイオ医薬品を見るときに見落としやすいのが、データ独占期間である。

特許とデータ独占は別物である。

特許は発明を守る制度であり、データ独占は、承認審査で使われた先発品のデータに後続品が依拠することを制限する制度である。

米国では、バイオ医薬品に対して、特許とは別に12年のデータ独占期間(正式にはReference Product Exclusivity=参照製品独占期間)が認められる。

最初の4年間は、バイオシミラー企業は申請を出せない。
そして、初回承認から12年が経過するまで、FDAはそのバイオシミラーを承認できない。

つまり、基本特許が切れていても、この12年の壁が残っていれば、バイオシミラーは市場に出にくい。

この独占期間が重要なのは、特許とは別の「参入タイミングの時計」として働くからである。低分子薬では物質特許が明快な壁になりやすい一方、バイオ医薬品では製造方法、品質特性、用途など複数の要素が絡み、単純に基本特許の満了日だけでは参入時期を読みにくい。だからバイオでは、特許満了日だけでなく、12年の参照製品独占がいつ終わるかも合わせて確認する必要がある。

さらにバイオ医薬品では、基本特許だけでなく、製法、製剤、投与方法、用途などの周辺特許が重なりやすい。
このように多数の特許で製品を囲い込む状態を、Patent Thicket(特許の藪)と呼ぶ。

バイオ医薬品を見るときに重要なのは、単なる基本特許の満了日だけではない。

  • 基本特許はいつ切れるのか

  • 周辺特許はどれだけ残っているのか

  • データ独占期間はいつ終わるのか

この3つを合わせて見る必要がある。

なお、欧州では一般に「8+2年」の仕組み、日本では再審査期間が後続品参入のタイミングに影響する。
国によって制度は異なるため、地域ごとの確認が必要である。


承認されても、すぐには置き換わらない

バイオシミラーには、承認されて市場に出たあとにも、切り替えを遅らせる壁が残る。

第一に、薬局での代替ルールである。

低分子ジェネリックでは、薬局で先発品からジェネリックへ代替されることが多い。
一方、米国のバイオシミラーでは、すべてが自動的に代替されるわけではない。

薬局での代替には、FDAによるInterchangeable(代替可能)指定や、州ごとの薬局法が関係する。

ただし、Interchangeable指定がなくても、医師が処方して切り替えること自体は可能である。この指定は、安全性や有効性の優劣を示すものではなく、主に薬局で処方医に確認せず代替できるかに関する制度上の区分にすぎない。

第二に、患者支援プログラムである。

先発企業は、自己負担軽減プログラムや患者サポートを通じて、患者や医師が先発品を使い続けやすい環境を作ることがある。
これは患者の治療継続を支える仕組みである一方、競争環境という観点では、先発品の継続使用を後押しする面もある。

第三に、保険者やPBMによる採用判断である。

バイオシミラーが安くても、保険のフォーミュラリー(保険が優先採用する薬のリスト)で優先されなければ、患者や医師が実際に選びやすいとは限らない。逆に、大手PBM(薬剤給付管理会社)がバイオシミラーを優先採用すれば、市場シェアが急速に動くこともある。

こうした制度や商流の違いにより、承認されたバイオシミラーが直ちに先発品を置き換えるとは限らない。


ヒュミラ(アダリムマブ)——「特許の砦」はどう機能したのか

世界で最も売れたバイオ医薬品の一つが、ヒュミラ(アダリムマブ)である。
関節リウマチ、乾癬、炎症性腸疾患など、幅広い自己免疫疾患に使われてきた。

ヒュミラの特許切れは、バイオシミラー市場の「試金石」として業界から注目された。

ヒュミラの米国での基本特許は2016年に切れたが、AbbVieは製法・製剤・用途・投与方法など100件を超える関連特許を積み重ねていた(前述のPatent Thicketの典型例)。これらを背景とする訴訟と和解により、米国でのバイオシミラー発売は2023年に設定され、実際の競争開始まで約7年を要した。

さらに、2023年の参入後も、置き換わりは一気には進まなかった。バイオシミラーが安くても、PBMのフォーミュラリーで優先されなければシェアは動きにくいからだ。しかも先発企業がリベートを広げれば、シェアを保ったままでも実質価格と売上は先に下がりうる。


価格低下——低分子の崩落とは別の話

バイオシミラーが参入すれば、値引きやリベートを含む実質価格に下押し圧力がかかる。ただし、低分子ジェネリックのように、シェアと価格が短期間で一斉に崩れるとは限らない。

投資家が分けて見るべきなのは、バイオシミラーの数量シェア・先発品の実質価格・先発品の売上である。置き換えが遅くても、リベートの拡大によって実質価格と売上が先に下がることがあり、置き換え率だけでは売上の崖の大きさは判断できない。

一方、もとの薬剤費が高いため、価格低下率が比較的小さくても、医療費削減額は大きくなり得る。

低分子薬では、参入後にシェアと価格が一気に崩れることがある。一方、バイオ医薬品では、参入時期、浸透速度、実質価格、売上が別々に動く。これが、冒頭で述べた「崖の形の違い」である。


【2026年の論点】IRAが生む、もう一つの非対称性

ここまで見てきたのは、バイオシミラー参入による独占喪失である。これとは別に、2026年時点では、製品の収益性を左右するもう一つの時計がある。米国のIRA(インフレ抑制法)によるメディケア薬価交渉である。

IRAは、米国の公的保険であるメディケア(主に高齢者向け)が、支出の大きい一部の薬について、初めて価格を直接交渉できるようにした制度だ。交渉で決まった価格(MFP)が適用されれば、少なくともメディケア向けの単価は引き下げられる。ただし、企業の売上全体への影響は、メディケアへの依存度や従来のネット価格によって異なる。

ここで、低分子とバイオの間に制度上の差がある。

  • 低分子薬:承認から少なくとも7年で交渉対象に選ばれうる。交渉価格が実際に適用されるのは、最短で承認から約9年

  • バイオ医薬品:承認から少なくとも11年で選ばれうる。交渉価格の適用は、最短で承認から約13年

つまりバイオ医薬品は、低分子薬より4年長く、価格交渉が及ばない期間を持つ。

投資家は、特許やバイオシミラーだけでなく、メディケア交渉価格が適用され得る時期も確認する必要がある。目安は低分子薬で承認から最短約9年、バイオ医薬品で約13年であり、とくに低分子薬では、特許満了前に価格の転換点が訪れる可能性がある。


投資家への示唆——バイオ医薬品をどう分析するか

バイオ医薬品を見るときに確認すべきポイントは、大きく6つある。

  • 独占期間:米国の12年参照製品独占、日本の再審査期間などが残っていないか

  • 特許の厚み:周辺特許や訴訟によって参入が遅れないか

  • 参入企業数:実際に複数のバイオシミラーが参入できる市場か

  • 代替のしやすさ:薬局や医療現場で切り替えやすい制度になっているか

  • 市場浸透の壁:保険償還、PBM、医師・患者心理が浸透を妨げないか

  • 政府の価格交渉:前述のIRAにより、バイオ医薬品は承認から少なくとも11年後に交渉対象に選定され得る(メディケア交渉価格の適用は最短で承認から約13年後)

バイオ医薬品では、特許満了日は出発点にすぎない。見るべきなのは、法的に参入できる日、実際の発売日、保険で優先採用される日、そして市場シェアと実質価格が動き始める日である。

いつ、どの地域で、何社が参入し、誰が切り替えを決めるのか。

この問いが、バイオ医薬品の独占喪失を読む鍵になる。


次回——失う売上を、どう補うのか

低分子薬もバイオ医薬品も、いずれは独占を失い、売上が削られていく。では、製薬企業はその目減りをどう補うのか。

次回は、外部から有望なパイプラインを取り込むアライアンス戦略——ライセンス契約、マイルストーン、ロイヤリティをどう読むか——を見ていく。


参考資料

  • FDA “Biosimilar Development, Review, and Approval”
    バイオシミラー承認プロセスの規制要件に関する資料

  • FDA “9 Things to Know About Biosimilars and Interchangeable Biosimilars”
    バイオシミラーとInterchangeable(代替可能)バイオシミラーの違いに関する資料

  • FDA “Reference Product Exclusivity for Biological Products”
    米国における12年のReference Product Exclusivity(参照製品独占期間)の根拠資料

  • BPCIA(2010)“Biologics Price Competition and Innovation Act”
    米国のバイオシミラー制度を定めた法律

  • EMA “Biosimilar medicines: overview”
    欧州におけるバイオシミラー規制の概要

  • EMA “Data exclusivity”
    欧州におけるデータ独占の考え方に関する資料

  • PMDA / 厚生労働省 バイオ後続品関連資料
    日本におけるバイオ後続品の評価・再審査期間に関する資料

  • IQVIA “The Impact of Biosimilar Competition in Europe”
    欧州市場におけるバイオシミラー競争と医療費削減効果に関する分析

  • Grabowski H et al. “Implementation of the Biologics Price Competition and Innovation Act”
    BPCIAが市場に与える影響を分析した論文

  • Reuters “AbbVie wins appeal in antitrust case over Humira patent thicket”
    ヒュミラのPatent Thicket(特許の藪)に関する報道

  • IQVIA / AAM “Adalimumab Biosimilar Launch Tracking”
    Caremarkのフォーミュラリー変更後のアダリムマブ・バイオシミラー利用拡大に関する分析

  • AbbVie “Full-Year and Fourth-Quarter 2023 Financial Results”
    バイオシミラー参入後のヒュミラ売上減少の実績

  • CMS / HHS “Medicare Drug Price Negotiation Program”
    IRA(インフレ抑制法)による薬価交渉制度。低分子7年・バイオ11年の選定可能時期、およびMFP適用までの最短約9年・13年に関する資料

  • Congress.gov “EPIC Act of 2025(S.832 / H.R.1492)”
    低分子とバイオの交渉時期の差(ピル・ペナルティ)是正をめぐる法案の内容と審議状況


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それでは、また次回の記事で。

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