アライアンス戦略——なぜ大手製薬は外部と組むのか #26
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前回まで、特許切れとバイオシミラーによって、主力品の独占がいずれ失われることを見てきた。その売上を埋め、次の成長を作るために、いまの製薬企業に欠かせない手段が、外部との提携——アライアンスである。
製薬会社のニュースを見ていると、
「最大〇〇億円規模のライセンス契約」
「大手製薬とバイオベンチャーが提携」
といった発表をよく目にする。
しかし、発表される総額の多くは、将来の開発成功、承認取得、売上達成を前提とした最大値である。
したがって、総額だけでは契約の実態は分からない。
誰がどの権利を持つのか。
誰が費用とリスクを負担するのか。
契約時点で確定している支払いはいくらか。
そして、契約後に本当に開発が進むのか。
この記事では、製薬企業がなぜ外部と組むのか、そしてアライアンスニュースをどう読めばよいのかを整理する。
外部イノベーションが重要になった理由
かつての製薬会社には、
「自社の研究所で見つけた薬を、自社で開発し、自社で販売する」
というイメージが強くあった。
ただ、McKinseyの分析によると、2018年以降に生まれた新薬の収益の70%超が、ライセンスや買収などを通じて外部から獲得した製品に由来する。
つまり、いまの製薬企業にとって、外部イノベーションは単なる補助策ではなく、成長戦略の重要な一部になっている。
製薬企業が外部と組む背景には、大きく3つの理由がある。

内部R&Dだけでは限界がある
1950年代以降、研究開発費10億ドルあたりの新薬承認数は、およそ9年ごとに半減してきたとされる。
つまり、同じ金額を投じても、以前ほど簡単には新薬につながらなくなっているという見方である。
この現象は、しばしばEroom's Lawと呼ばれる。
Moore's Law の逆向きのような言葉で、研究開発費あたりの新薬創出効率が長期的に低下してきたことを指す。
もちろん、新薬の数が毎年単純に減っているという意味ではない。
年によって承認数は増減し、近年は承認数が増えた時期もある。
ただ、開発費や求められるエビデンスの水準などを考えると、新薬を生み出し、承認まで届けるハードルは高くなっている。
背景として指摘される代表的な要因には、次のようなものがある。
既存治療が充実し、新薬が超えるべき基準が高くなっている
安全性・有効性・品質に対する要求が高い
臨床試験が大規模化・複雑化している
疾患の細分化により、対象患者の選定が難しくなっている
このような環境では、自社研究だけで十分な数の有望なパイプラインを維持するのは簡単ではない。
イノベーションが社外にも広がっている
もう一つの理由は、革新的な技術が大手製薬の外から生まれることが多くなっている点である。
抗体医薬、ADC、細胞治療、遺伝子治療、核酸医薬、AI創薬、新しいDDS技術などでは、大学発の研究やバイオベンチャーが重要な役割を果たしている。
これは、大手製薬に能力がないという話ではない。
大手製薬は、創薬、臨床開発、製造、薬事、販売に幅広い能力を持っている。
ただし、細胞治療、遺伝子治療、RNA医薬、ADCなどでは、それぞれ異なる技術、人材、製造設備が必要になる。
そのため、重要な技術や知財が社外にある場合、すべてをゼロから社内で構築するより、外部企業と組むほうが速いことがある。
アライアンスは「時間を買う」手段でもある
アライアンスの意味は、技術や薬剤候補を外から取り込むことだけではない。
大手製薬にとっては、時間を買う手段でもある。
自社でゼロから探索研究を始めると、臨床試験に入るまでにも長い時間がかかる。
一方、すでに前臨床、Phase 1、Phase 2まで進んだ外部資産を導入できれば、パイプラインの空白を埋めるまでの時間を短縮できる。
特許切れが迫る企業にとって、これは単なる研究戦略ではない。
次の成長を間に合わせるための、時間戦略でもある。
なお、これは大手製薬だけの都合ではない。バイオベンチャー側にも、大手と組む理由がある。
有望な技術や薬剤候補を持っていても、後期の臨床試験、薬事対応、製造、グローバル販売には、大きな資金と経験が必要になる。
大手製薬と組むことで、資金だけでなく、開発・薬事・販売の実行力を借りることができる。
つまりアライアンスは、大手が一方的に買う話ではなく、資金・技術・実行力の分業として成り立っている。
アライアンスの主な形態
外部資産を取り込む方法には、M&Aもある。
ただし、M&Aは「会社を買う」戦略である。
この記事では、会社そのものを買収するのではなく、他社と組む方法としてのアライアンスを扱う。
代表的な形態は、次の3つである。実際の契約では、これらが組み合わされることも多い。
ライセンス契約
共同開発・共同販売
共同研究・オプション契約

① ライセンス契約
アライアンスの代表的な形態が、ライセンス契約である。
ライセンス契約とは、ある企業が持つ薬剤候補、技術、特許、販売権などを、別の企業が使えるようにする契約である。
権利を外部に出すことをアウトライセンス、外部から導入することをインライセンスという。
本記事では、以降「権利を出す側」「導入する側」と表記する。
たとえば、バイオベンチャーがPhase 1やPhase 2で有望なデータを出したとする。
しかし、その後の大規模試験やグローバル販売を自社だけで行う力は十分ではない。
そこで、大手製薬がその薬剤の開発・販売権を取得する。
バイオベンチャーは、契約時にアップフロント収入を受け取り、その後、開発、承認、売上に応じてマイルストーンやロイヤリティを受け取る。
これが、ライセンス契約の基本構造である。
② 共同開発・共同販売
次に多いのが、共同開発や共同販売である。
共同開発では、複数の企業が開発費用やリスクを分担する。
共同販売では、上市後の販売活動を複数社で担う。
また、同じ共同開発でも、臨床試験、製造、承認申請、販売をどちらが主導するかは契約ごとに異なる。誰が費用と実務を担うのかを見ると、両社の役割分担が分かる。
そのうえで見ておきたいのが、どの地域で誰が権利を持つかである。
たとえば、次のように地域ごとに権利が分かれることがある。
米国はA社
欧州はA社とB社
日本・アジアはB社
製薬業界では、米国市場の権利が特に重要である。
米国は世界最大の医薬品市場であり、薬価水準も高い。
そのため、米国での開発・販売権を誰が持つかは、契約の価値を大きく左右する。
共同開発・共同販売のニュースを見るときは、「誰と誰が組んだか」だけでなく、どの地域の権利を誰が持つのかを見ると理解しやすい。
③ 共同研究・オプション契約
近年よく見られるのが、共同研究やオプション契約である。
共同研究では、大手製薬とバイオベンチャーが、特定の技術や標的に基づいて研究を進める。
まだ薬剤候補が確定していない早い段階で組むこともある。
オプション契約では、大手製薬が将来の権利取得の選択肢を持つ。
たとえば、初期データが良ければ、一定の条件でライセンス権を取得できる、という形である。
これは、大手製薬にとっては、リスクを抑えながら有望技術に早くアクセスする方法である。
一方、バイオベンチャーにとっては、研究資金を得ながら、将来の大型契約につなげる手段になる。
まだ不確実性が高い技術では、いきなり大型買収やフルライセンスを結ぶより、共同研究やオプション契約から始めるほうが自然な場合がある。
契約条件から何を読むか
アライアンスのニュースが出たとき、多くの人が最初に見るのは「総額〇〇億円」という数字である。
しかし、この総額だけで契約の価値を判断するのは危険である。
たとえば、2023年のMerckと第一三共のADC提携では、契約総額は最大220億ドルとされた。
そのうち、アップフロントは40億ドル、24か月以内の継続支払いは15億ドルである。
この事例では、契約時の40億ドルに加え、比較的近い時期に支払われる15億ドルも大きい。Merckが、第一三共のDXd技術を用いた対象3資産を高く評価していたことがうかがえる。
一方で、総額220億ドルのすべてがすぐに支払われるわけではない。
残る最大165億ドルは、将来の販売実績に応じて発生するマイルストーンである。
このように、アライアンスニュースでは、総額だけでなく、アップフロントとマイルストーンの内訳を見る必要がある。
製薬業界の契約金額には、主に次の3つがある。
アップフロント:契約時点で支払われる一時金
マイルストーン:開発・承認・販売の進捗に応じて支払われる金額
ロイヤリティ:上市後の売上に応じて支払われる収益配分
順番に見ていく。
アップフロント
アップフロントとは、契約時に支払われる一時金である。
これは、基本的に契約締結時点で確定している金額である。
そのため、プレスリリースを見るときは、まずアップフロントを確認すると、契約時点で導入する側がどの程度の資金を確実にコミットしているかを把握しやすい。
アップフロントが大きければ、導入する側がその資産を高く評価している可能性がある。一方、導入する側にとっては、開発結果が出る前に大きなリスクを負うことでもある。
マイルストーン
マイルストーンとは、開発や承認、販売の進捗に応じて支払われる金額である。
たとえば、次のようなタイミングで支払われる。
Phase 3開始時
Phase 3成功時
承認申請時
承認取得時
一定売上達成時
ここで注意したいのは、マイルストーンは必ず支払われるわけではないという点である。
開発が失敗すれば、将来のマイルストーンは発生しない。
承認が遅れれば、支払い時期も遅れる。
売上が伸びなければ、販売マイルストーンも発生しない。
つまり、プレスリリースに書かれる「最大〇〇億円」は、すべての条件を達成した場合の最大値である。
現時点で確定している金額ではない。
ロイヤリティ
ロイヤリティとは、上市後の売上に応じて支払われる収益配分である。
たとえば、ライセンスを受けた大手製薬が薬を販売し、その売上の一定割合を元の権利者に支払う形である。
ロイヤリティ率は、次のような要因によって変わる。
開発ステージ
対象となる地域
開発費や販売費の分担
資産の競争力や差別化
一般に、開発初期の資産は不確実性が高いため、ロイヤリティ率は低くなりやすい。一方、上市に近く、差別化の強い資産では高くなることがある。
ただし、ロイヤリティ率だけを単独で見ても十分ではない。
アップフロント、マイルストーン、開発費の分担、地域権利とセットで見る必要がある。
また、共同開発・共同販売契約では、売上に対するロイヤリティではなく、開発費や販売利益を一定割合で分ける「プロフィットシェア」が採用されることもある。
「総額〇〇億円」に注意する
成功確率の異なる将来のマイルストーンをすべて合計し、契約の「最大総額」として示す金額は、俗にBiodollarと呼ばれる。
たとえば、最大総額1,000億円の契約でも、アップフロントが50億円で、残りが将来のマイルストーンであれば、契約時点で支払いが確定しているのは原則として50億円である。
これは極端な例ではない。EYの集計によると、2025年のアライアンス案件では、アップフロントが契約の潜在総額に占める割合は平均で約7%にとどまった。つまり、発表される「総額」の9割以上は、まだ支払われていない、将来の条件付きの金額である。
残りの金額を評価するには、条件を達成する確率と、支払いまでの時間を考える必要がある。
ニュースの「総額」は最大値である。
見るべきは、「確定した支払い」と「条件」と「時間軸」である。
この視点を持つと、アライアンスニュースを少し冷静に読める。

外部資産を「選び、育てる力」は会社ごとに違う
アライアンス戦略には、単なる資金力だけでなく、外部資産を選び、社内に取り込み、市場まで届ける力が表れる。
製薬業界では、外部提携やライセンス、買収などの案件を探し、評価し、交渉する機能をBD(Business Development)と呼ぶ。
ただし、契約後の成否はBDだけで決まるわけではない。提携先との関係管理や、研究開発、薬事、製造、販売の実行力も必要になる。
本当に見たいのは、取った資産がその後どうなったかである。
その力を見るうえでは、次の点を確認したい。
会社の重点領域に合う資産を導入しているか
契約後に開発が進み、承認・上市まで届いているか
導入した製品が会社の成長に貢献しているか
開発中止、契約解除、減損が繰り返されていないか
この中でも特に見ておきたいのは、取った資産が市場に届いているかである。
契約時のニュースは華やかでも、その後に開発中止、契約解除、減損が続くようであれば、目利きや実行力には疑問が残る。
逆に、取得した資産が実際に開発され、承認・上市につながっている企業は、外部イノベーションを活かす力があると評価しやすい。
事例:AstraZenecaとEnhertu
外部資産を選び、育てる力を見る事例として、AstraZenecaと第一三共のEnhertuがある。
AstraZenecaは2019年、第一三共が開発していた抗体薬物複合体(ADC)のEnhertuについて、共同開発・商業化契約を結んだ。
ここで重要なのは、AstraZenecaが単に完成した製品の販売権を買ったわけではない点である。両社はその後、複数のがん種で臨床開発と適応拡大を進め、Enhertuを世界的な製品へ育ててきた。
この事例が示すのは、アライアンスの成否は、契約時の金額だけでは決まらないということである。
自社の戦略に合う資産を選び、提携先と開発を進め、承認・上市、さらに適応拡大までつなげられるか。
外部イノベーションを活かすには、契約を結ぶ力だけでなく、契約後に資産価値を高める力が必要になる。
契約終了・権利返還のリスク
アライアンスは、必ずしも最後まで続くとは限らない。開発中止や戦略変更によって、契約が終了したり、権利が元の企業に返還されたりすることがある。
主な理由は次のとおりである。
有効性や安全性の問題による開発中止
競合環境の変化による優先順位の低下
導入する側の戦略変更
上市後の販売不振による権利返還
アライアンス契約では、契約時にアップフロントが支払われることが多い。
その後、開発が失敗すれば、導入する側にとっては支払済みのアップフロントや開発費を回収できない可能性がある。
また、取得した資産の価値が下がれば、減損が発生することもある。
一方、権利を出す側にとっても、大手が開発を中止すれば、将来のマイルストーンやロイヤリティの期待が消える。
特に、特定の提携に大きく依存しているバイオベンチャーでは、契約終了が企業価値に大きな影響を与えることがある。
アライアンス戦略では、「組む判断」だけでなく、「続ける判断」「撤退する判断」も重要である。
まとめ
製薬企業のアライアンス戦略は、外部の技術やパイプラインを取り込むための重要な手段である。
背景には、内部R&Dだけでは十分なパイプラインを維持しにくくなっていること、そしてイノベーションが社外にも広がっていることがある。
ニュースを見るときは、発表された総額だけに注目しないことが大切である。
見るべきは、次の点である。
契約時点で支払いが確定している金額はいくらか
将来の支払いは、どの条件を達成すると発生するのか
誰が開発費と失敗リスクを負担するのか
どの地域で、誰が開発・販売権を持つのか
契約後に開発や適応拡大が進んでいるか
製薬企業を見るうえでの問いは、ここに集約される。
この会社は、外部の技術や資産を見極め、取り込み、育てる力を持っているか。
アライアンスニュースは、契約時点の発表だけで完結しない。
その後の進捗を追うことで、その会社の戦略や目利き力が少しずつ見えてくる。
次回は、アライアンスよりさらに大きな外部調達手段であるM&A戦略を見ていく。
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本記事の「権利を出す側・導入する側」という視点は、個別企業の記事と合わせて読むと、より具体的に見えてくる。
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参考資料
EY, Firepower Report 2026(2025年のアライアンス案件で、アップフロントが契約の潜在総額に占める割合 平均約7%)(https://www.ey.com/en_us/firepower-report)
McKinsey & Company, “External innovation: Biopharma dealmaking to boost R&D productivity”
McKinsey & Company, “Innovation sourcing in biopharma: Four practices to maximize success”
Scannell et al., “Diagnosing the decline in pharmaceutical R&D efficiency,” Nature Reviews Drug Discovery
Merck / Daiichi Sankyo, “Global Development and Commercialization Collaboration for Three DXd ADCs”
AstraZeneca / Daiichi Sankyo, Enhertuに関する共同開発・商業化契約の発表
AstraZeneca Annual Report
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